第21話:夜明けのパッチ適用、そして……
明治という名の新しいOSが起動し、日本中に「週休4日」と「強炭酸」の喜びが広がった頃。
長崎の港を見下ろす丘の上で、サトウは自身の端末(と化した万年筆)を懐に収めた。
「……行くがけ、サトウ」
背後から声をかけたのは、坂本龍馬だった。
その手には、もはや彼の体の一部となった『リョーマ・エナジー』の空き缶が握られている。瞳はかつてのジャンキーのような濁りはなく、サトウのデバッグによって「真の夜明け」を迎えた、澄み切った色を映していた。
「ええ。この国のメインプログラムは、もう僕がいなくても自律稼働できます。勝先生や西郷さん、そしてあなたが『管理者』なら、もう致命的なエラーは起きないでしょう」
サトウが海の方を指差すと、そこには蒸気機関のみで構成されながら、現代の巡洋艦のような洗練されたシルエットを持つ海援隊の艦隊が並んでいた。物理プッシュ通知とリョーマカーで培われた技術は、すでに世界の海をリードするスペックに達している。
「坂本さん。最後に一つだけ、パッチを置いていきます」
サトウは、小さな木箱を龍馬に手渡した。中には、一本の黄金色の液体が入った小瓶と、サトウの直筆による「最後の仕様書」が入っていた。
「それは……新しい汁かえ?」
「いいえ。それは『リョーマ・エナジー v2.0』――通称、**『サヨナラ・エディション』**です。成分はただの麦茶と砂糖。カフェインはゼロです」
龍馬はキョトンとした顔をした。
「カフェインが……ゼロ? そんなもんで、どうやってこの国を爆走させるぜよ。バグだらけの世の中に、勝てるわけがないろう」
「坂本さん、もう『無理なブースト』が必要な時代は終わりました。これからの日本に必要なのは、エナドリで削った命ではなく、穏やかな休息と、自然な発想です。その瓶を飲んだ時、あなたの脳は本当の意味で『自由』になります」
サトウは静かに微笑み、水平線の向こう側に現れた、自分にしか見えない「ログアウト・ゲート」へと歩き出した。
「坂本龍馬。あなたは最高のユーザーであり、最高の共同開発者でした。……日本のシステム、あとは頼みますよ。あ、あと……定時は絶対に守ってくださいね」
「……サトウ! おまん、名前も名乗らずに……! けんど、わかったぜよ! この国は、わしが世界一の『ホワイト・サーバー』にしてみせるきに! おまんの分まで、たっぷり休んで遊んでやるぜよ!」
サトウの姿が光の中に消えた瞬間、龍馬はその小瓶を煽った。
喉を焼く刺激も、脳を刺す稲妻もない。ただ、懐かしく優しい甘みが、エナドリに浸りきった体に染み渡った。
「……あぁ、これぜよ。これが……『バグのない世界』の味かえ」
龍馬の目から、一筋の涙がこぼれた。
それは、カフェインの副作用によるものではなく、サトウが最後に残した「安らぎ」という名のパッチが、彼の魂に正常適用された証だった。
○○大百科:リョーマ・バカンス
概要
幕末を爆速で駆け抜けた坂本龍馬が、サトウの引退後に始めた「一生続く有給休暇」のこと。
龍馬はお龍とともに世界中を旅し、各地で「エナドリの正しい飲み方(定時に飲むこと)」を広めて回った。
逸話
晩年の龍馬は、ハガキ職人となった西郷どんに対し、「西郷どん、まだハガキを書いてるのかえ? さっさと寝て明日遊ぶのがサトウとの約束ぜよ」とメール(初期型)を送ったという記録が残っている。
後日談
龍馬はその後、暗殺のバグを事前にデバッグして回避。お龍とともに世界を旅し、100歳まで生きた。彼は晩年、リョーマ・エナジーの製造を続けながらも、「一番旨いのは、サトウが最後にくれたあの甘い水ぜよ」と語り、週休4日の休日を愛したという。




