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幕末デバッガー ~エナドリで志士をデバッグ、週休4日のホワイト日本が爆誕した件~  作者: さじ


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第1話:そのバグ、幕末につき

もし、幕末に「効率化の鬼」である現代のSEが迷い込んだら? 坂本龍馬という最高のハードウェアに、現代のソフトウェア(知識)をインストールしたらどうなるか。 そんな妄想を全力でデバッグ(執筆)していこうと思います。

「……システムエラー。あるいは、極めて深刻な通信障害か」


 俺、サトウは、自分の掌を見つめてそう呟いた。

 指先に残っているはずの、愛用しているメカニカルキーボードの小気味よいクリック感はない。代わりに伝わってくるのは、ざらりとした、そして少し湿り気を帯びた砂の感触だった。


 鼻を突くのは、サーバーラックが吐き出す無機質な排熱の匂いではない。むせ返るような潮の香りと、生命の腐敗と再生が混ざり合った、百五十年以上前の「未デバッグな」大地の匂いだ。


 俺はゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡した。

 視界を遮る高層ビルも、空を網の目のように切り裂く電線もない。あるのは、どこまでも高く、さらに残酷なまでに澄み渡った群青色の空と、太平洋の荒波が打ち寄せる海岸線だけだった。


「まいったな。ここには質問サイトも、G〇ogle先生も、Chat〇PTもいない。完全にオフラインの地獄だ。いや、地獄ですらないな。ただのローカル環境だ」


 俺は無意識にポケットを探った。

 指先が触れたのは、二つの異物。一つは、もはや電波を拾うことのない文鎮と化したスマートフォン。そしてもう一つは、深夜残業の合間に飲もうとして突っ込んでいた、最後の一缶のエナジードリンク――赤い牛のマークが描かれた『レ〇ドブル』だった。


 本職はシステムエンジニア。趣味は歴史のif空想。

 そんな俺が、どういう因果か、物理法則のバグに巻き込まれて幕末の土佐に放り出された。

 これは夢か、それとも高度な仮想現実か。頬を抓ってみるが、痛みは4K解像度よりも鮮明に脳に伝わってくる。


「……あー、クソ。現状分析アセスメントを始めよう。まずは生存確認、および周囲の状況確認だ」


 俺は立ち上がり、砂を払った。

 機能性を重視したワークパンツに、通気性の良いTシャツ。この時代において、俺の格好は「異形」そのものだろう。だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


 少し歩くと、岩陰に一人の男が座っているのが見えた。

 ボサボサの、手入れなど微塵もされていない天然パーマの頭。

 汚れの目立つ袴を履き、その視線は遥か水平線の先、異国へと続く海を射抜いている。

 教科書で見た写真よりもずっと大きく、それ以上に「熱い」。


 一目でわかった。

 あれは、本物の――坂本龍馬だ。


 だが、その背中はどこか重苦しく、漂う空気は疲弊しきっていた。

 俺はエンジニアとしての職業病だろうか、彼という存在を一つの「システム」としてスキャンせずにはいられなかった。

 

 彼というハードウェアは、間違いなく時代を超越したスペックを持っている。だが、あまりにも多くの問題を一度に解こうとしすぎて、処理能力が限界オーバーフローを迎えている。

 古い慣習。行き詰まった政治。情報の遅延。

 それらすべてを一人でデバッグしようとして、リソースが底を突いているのだ。


 龍馬は、自分の背後に立つ俺の存在に気づくと、ゆっくりと首を巡らせた。

 その眼光は、鋭い刀の先を突きつけられたような錯覚を俺に抱かせた。


「……おまん、誰ぜよ。そんな妙な格好をして……異国のスパイかえ?」

「スパイじゃありません。ただの、仕組みを作るのが仕事のサトウです、坂本さん。……今のあなた、完全に『行き詰まって(バグって)』ますよ」

「ばぐ……? なんぜよ、それは。……ほう、おまん、わしの名を知っちゅうがか。……なんとも、妙な男が現れたものぜよ」


 龍馬は力なく笑った。その笑みには、自分の理想と、それを阻む「古い仕組み」に挟まれ、身動きが取れなくなっている男の悲哀が混じっていた。

 

「日本を洗濯したい、でしょう? でも、洗濯板が割れてるし、水も濁ってる。何より、あなた自身の電力が足りてない。……これを、飲みませんか。俺が持ってきた『燃料』です」


 俺はポケットから、あの『赤い缶』を取り出した。

 歴史を改変していいのか? そんな倫理観は、目の前の「推し」がリソース切れで壊れそうなのを見た瞬間にゴミ箱へ放り投げた。


 俺はプルタブに指をかけ、一気に引き上げた。

 ――プシュッ!

 静寂が支配していた慶応の砂浜に、未知のガス開放音が響き渡る。立ち上るのは、人工的で、どこか薬品めいた甘い香り。この時代には存在しない、化学的に調合された「覚醒の予感」だ。


「……なんぜよ、今の音は。おまん、その筒の中で何かを爆発させたがかえ?」

「冷めてるうちに、一気にいってください。あなたの脳内にある、バラバラのパズルを繋ぎ合わせるためのブーストです」


 龍馬は、その液体を喉に流し込んだ。

 直後、龍馬の身体が微かに震えた。疲労で麻痺していた彼の神経系が、未知の劇薬によって強引に叩き起こされたのだ。


「……っ!! なんぜよ、これは……!」


 龍馬の瞳から、濁った疲労が急速に引いていく。糖分と高濃度のカフェインが、枯渇していた脳細胞に強引に火をつけたのだ。サトウの目には、龍馬という天才が、燃料を得てついに全開稼働を始めたように見えた。


「脳みそが、真っ白な光に洗われちゅうようぜよ……! 見える、見えるぜよ、サトウ! わしが何をすべきか、どこへ動くべきか! 霧が晴れたどころじゃない、脳の中に太陽が昇ったようぜよ!」


 龍馬が叫んだ。その声には、先ほどまでの悲哀はない。


「覚醒しましたね。じゃあ、その熱が冷めないうちに、次のツールです。墨を磨る時間も、筆を洗う時間も、情報の伝達を遅らせる『ラグ』でしかありません」


 俺は万年筆を差し出した。


「これはインクを内蔵しています。思ったことを、思った瞬間に書き殴れる。――あなたの思考速度に、ようやく道具が追いついたんですよ」


 龍馬はひったくるように万年筆を受け取ると、狂ったように紙を埋め尽くし始めた。

 筆では不可能な極細の文字が、紙の上を爆走していく。これまでの十倍の速度で、新しい日本の設計図が書き上げられていく。


「これぜよ! これこそがわしの求めていた速さなぜよ! 筆を運ぶのがもどかしくて仕方がなかったが、これなら……わしの魂をそのまま紙に叩きつけられる!」


 俺は龍馬が飲み干した空き缶を拾い上げた。


「……坂本さん。俺がこの世界の仕組み(OS)を整えます。あなたは、その上で最高の主役として走ってください」


 龍馬は顔を上げず、ペン先を走らせながら力強く答えた。


「……おう。やってやろうじゃないか、サトウ。おまんとわしで、この古臭い日本を根底から書き換えて(デバッグして)やるぜよ!」


 俺は拾い上げた空き缶を、松林の影へと無造作に放り投げた。

 これが一五〇年後、日本の精密加工技術の「聖遺物」として発掘されることなど、今の俺には知る由もない。


○○大百科:坂本龍馬(覚醒済み)

**坂本龍馬(覚醒済み)とは、幕末の志士であり、世界初にして史上最強の「エナドリ・ジャンキー」**である。


概要

慶応年間の土佐にて、謎の人物・サトウから「聖なる缶」を授与され、その中身を摂取したことで覚醒した状態を指す。

摂取直後、龍馬の脳内では未曾有の化学反応が発生。当時の志士の平均を遥かに凌駕する**「通常の十倍」**の速度で思考・行動するモンスターと化した。

この時、龍馬が「この汁を量産して日本中に配れば、夜明けが爆速になるぜよ!」と叫んだことが、後の世界的大ヒット飲料『リョーマ・エナジー』誕生のきっかけとなった。


特徴・スペック

万年筆無双(物理): サトウから提供されたオーパーツ「万年筆」を装備。従来の十倍の筆記速度を実現したが、あまりの速さに当時の飛脚が次々とオーバーフロー(過労)を起こし、歴史上類を見ない「パケット詰まり」を全国規模で引き起こした。


土佐弁3.0: サトウが持ち込んだ未知の概念を独自に消化した結果、言語体系が変異した状態。「夜明け」を「起動ブート」、「洗濯」を「デバッグ」と呼称する。


謎の教育方針: 後世の研究者からは「サトウはなぜ『民主主義』より先に、『進捗』や『仕様変更』といった特殊な用語を優先的に教え込んだのか」という議論が絶えない。


関連項目

聖なる赤缶(国立サトウ博物館所蔵)


S-TECH(サトウのメモから生まれた時価総額世界1位の企業)


お龍(日本初のアイドルのページへ)

お読みいただきありがとうございます! 次回の第2話は、このポイ捨てされた「缶」が150年後の現代でとんでもないことになっている掲示板回をお届けします。

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