みじかい小説 / 016 / がたんごとん
玄関で見送る母に挨拶をして、今日も僕は仕事に向かう。
家から10分ほど車を飛ばして、最寄りの駅に到着。
ここは県庁所在地から離れたかなりの田舎だから、駅は勿論、無人駅だ。
人のいる駅で購入した定期券を鞄の中に入れたまま、僕は形ばかりの改札をくぐる。
朝のホームには、僕と同じような勤め人や、学生たちがちらほら見える。
今頃はみな各々のスマホに夢中で、自分のそばに誰かが近づいたって顔もあげやしない。
時間より少々遅れて汽車が到着。
勿論、一両編成、多くても二両編成だ。
汽車の額のプレートには「ワンマン」と書いてあったりする。
僕にとっては幼い頃から変わらない、馴染みのある車体だ。
都会では電車がいくらでも走っているものだから、子供のころから電車好きな子が育つらしいと誰かが言っていた。
僕が知っているのは電車ではなくて汽車だし、知っているのもこの路線だけだから、特別好きということもない。
ただ毎朝、毎晩、いつも同じ時間にやってきては、律儀に人を運んでいく鉄の箱。
僕にとってこの汽車はそんなイメージだ。
仕事を終えて、夕方18時の汽車に乗る。
ここでもやはり、いつもの汽車だ。
一日働いてくたびれた僕を、学生たちを、がたんごとんと運んでゆく。
ときどき都会に出張に行って都会の電車に乗る機会があるけれど、がたんごとんという衝撃の大きさが違うことに驚いた。
田舎は衝撃が大きく、都会は衝撃が小さいのだ。
汽車と電車の差なのだろうかと思うが、僕は特別電車に詳しいわけでもないのでよくは知らない。
ただ、がたんごとんと大きな衝撃とともに、山々や海辺を渡ってゆくこの路線を、僕はなんだか心地よく感じている。
特別好きというわけではない。
単に愛着を感じているのだろう。
今日も僕はおなかをすかせて無人駅に降りる。
また明日もよろしくな、と暗闇の中こうこうと光るいつもの車両に向かい内心つぶやきながら。
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