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第9章 悲しみを乗り越えて ③

 田中颯汰は気づいてしまった。両親が所属している宗教団体の闇に。

 ある日、颯汰は目撃してしまう。ある女性信者の遺体が燃やされるところを。

 颯汰は「何をしているの」と皆に尋ねる。

 ある教団幹部がそれに答える。「ご遺体の火葬をしているのだ」と。

 颯汰は亡くなった信者を知っていた。たまたま集会で一緒になって話したことがあった。そしてその信者が若くて健康な女性であることを知っていた。だから颯汰は訊いた。

「どうしてその人は亡くなってしまったの?」

 その教団幹部は答える。

「実はもともと心臓に不整脈を抱えていたんだ。それで睡眠中に突然死してしまったんだ」

 その時の颯汰は納得してしまう。

「そうだったんだ。可哀想に。俺も祈りを捧げていいかな」

 颯汰はその女性に黙祷を捧げる。

「天国で安らかに過ごせますように」

 その女性の名前は関口梓と言った。

 それから颯汰はたびたび目撃することになる。まだ若いはずの信者やその関係者が次々と火葬されていくところを。

 その度に颯汰は疑惑を深めていくことになる。この宗教団体に何か良くないことが持ち上がっているのではないか。

 そして颯汰はついに遭遇する。ある亡くなった男性信者の妻が、教団本部に乗り込んでくる。その女性は密かに毒殺されてしまう。

 教団内を散策していた颯汰はその場面を目撃する。そしてその女性は例によって火葬に付されることになる。

 そこで颯汰は理解する。今までの火葬は、連続殺人の証拠隠滅だったのではないか。

 颯汰は人の目を盗んで警察にそのことを通報する。

 しかし颯汰は気づかれていた。殺人現場を密かに目撃していたことを。

 颯汰はその日、両親と共に教団本部に呼び出される。そして両親に大事な話があるからと、颯汰はある部屋に隔離される。

 そこで颯汰は亡くなってしまう。死因は一酸化炭素中毒だった。

 その部屋は厳重に密閉されていて、そこでは練炭が炊かれていた。

 しばらく両親を待っていた颯汰は、この部屋の状況を不意に理解してしまう。不自然に密閉された部屋と、夏なのに炊かれている練炭。

 颯汰を大きな恐怖が襲う。自分はまさに殺されようとしているのだ。

 颯汰は扉を叩いて必死に声を上げる。

「助けて。誰かここから俺を出して」

 しかし、その声は誰にも届かない。次第に颯汰の体は力が入らなくなっていく。意識が薄れていくことが颯汰には分かる。

 ああ、俺も死んでしまうのか。死ぬ前にもう一度、おばあちゃんの家に行きたいな。

 そこで夏実や涼子とまた一緒に楽しく遊びたいな。

 颯汰にとって人生でいちばん幸せな時間はそれだった。家や学校や教団内部で息苦しい時間が続く中で、夏美たちと過ごす時間が唯一、颯汰が安心できる時間だった。

 最後にもう一度、みんなと会いたい。颯汰は薄れゆく意識の中で、夏実たちとの時間を回想しながら人知れず涙を流していた。

 そして颯汰は亡くなった。颯汰も今までの信者と同じように火葬に付されることになる。

 その場面を奇しくも夏実と涼子は目撃する。そして颯汰の魂が火柱と共に天に昇るのを、意図せず見送ることになる。

 それは颯汰にとっての鎮魂となる。颯汰は最期に大好きな夏実や涼子に見送られて、旅立つことになる。それが颯汰の死の真相だった。

 やがて教団本部に警察が乗り込むことになる。田中颯汰や齋藤秀一などから複数の通報があり、警察は水面下で密かに捜査をしていた。

 そして証拠を掴んだ警察は、教団幹部を逮捕するために本部に乗り込んだのだった。

 教団は犯罪組織として国から解散命令を受け、壊滅することになる。その情報は新聞の一面やトップニュースとして報道される。

 それを山奥で人知れず生活していた齋藤秀一は知ることになる。

 秀一はようやく決意する。山を降りよう。すでに教団はなくなった。もう自分が怯えて生きる必要はない。

 齋藤恵子と三浦彩香の遺骨を大切に抱えて、秀一は東京の生活に戻ることにした。秀一が山を降りるその日を迎える。そこで秀一は運命的な巡り合わせをする。

 秀一が暮らしていた山小屋に現れたのは、小林夏実と佐藤涼子の二人だった。

 目を大きくした涼子が、秀一に声をかける。「お久しぶりです。カフェのお兄さん」

 秀一も驚いた表情で、涼子に話しかける。

「まさかこんなところで会えるなんて。久しぶり、涼子ちゃん」

「両親のカフェのお客さんなの」涼子は夏実に説明する。「そうなんだ」と夏実は頷く。

「お兄さんはどうしてこんなところにいるんですか?」と登山姿の涼子は尋ねる。

「うまく説明できないんだけどね、実はある宗教団体から逃げてきたんだ」

 山を降りるために同じく登山姿の秀一は、頭を掻いて恥ずかしそうに答える。

「それってあの町にいた宗教団体のことですか? 警察に捕まって解散した……」

「そうだよ。とある理由から彼らに関わって、重大な秘密を知ってしまったんだ」

「私たちもです。私たちもあの人たちの秘密を目撃してしまって、逃げてきました」

 そして涼子は、隣の夏実に視線を向けながら言う。

「紹介します。私の大切な親友の小林夏実ちゃんです」

「よろしく、夏実ちゃん。君が涼子ちゃんを笑顔にした、例のお友達なのかな」

「そうです」と涼子が胸を張る。「よろしくお願いします」と緊張しながら夏実は答える。

「実は俺、これから山を降りるところなんだ。今までこの山小屋で暮らしていたけれど」

「そうなんですね。やっぱりあの人たちが捕まったからですか?」と涼子が言う。

「そうだよ。いつまでも山にこもっていられないからね。東京に帰ろうと思うんだ」

「私たちもです。もうすぐこの旅が終わったら東京に行こうねと話していました。私たち一緒に暮らすことにしたんです。これからの人生のパートナーとして」

 そう言って涼子は笑顔で夏実を見つめる。夏実も涼子を見つめて笑顔で頷く。

 二人は固く手を繋いでいる。その指には二人ともお揃いの指輪をはめている。

「それはとても素晴らしいことだ。二人ともおめでとう。末長くお幸せに」

 そう言った秀一の表情にはこれ以上ない笑顔が広がる。

「僕たちはみんな新たな人生の門出にいるわけだ」

「そうですね。これからお互いに頑張っていきましょう」涼子の表情にも笑顔が広がる。

「夏実ちゃんも、涼子ちゃんとお幸せにね」秀一は夏実に優しく声をかける。

「ありがとうございます。涼子と一緒に幸せになります」夏実はそう言って礼をする。

 そうして三人は山を降りる。未来への希望を抱き、おしゃべりに花を咲かせながら。

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