第7章 日常と火柱 ③
ピザを食べ終わって店をあとにすると、二人は夜の散歩に出かけることになる。
「ねぇ、せっかくだからちょっとお散歩しない?」と涼子が訊く。
「良いよ、そうしよう。いっぱい食べた分、少しは運動もしないとね」と夏実は応える。
二人はとくにおしゃべりをすることもなく、夜の暗い道を歩いていく。
話題はとくにないけれど、お互いに話さなくても居心地のいい時間が流れる。
夏実は涼子の手を握ってみる。涼子はそれに対して何も言わずに、夏実の手を強く握り返してくれる。
二人はそのまま歩いていく。夏実は心臓の鼓動が高まって、気がつくと緊張している。
涼子と手を繋ぐと、どうしてこんなに胸がドキドキするのだろう。今までどんな男の人と手を繋いでも、こんなに胸がドキドキすることはなかったのに。
夏実は何も言えないまま、涼子と手を繋いでいる。二人の間に何も言葉が交わされないことが、夏実は次第に気まずくなってくる。
何でもいいから何か話してくれないかな。涼子に期待するけれど、彼女は何も話そうとしない。
ただ、涼子は夏実の手を固く握っている。まるでどこにも離さないと語るかのように。
二人が繋いでいる手には次第に汗がにじんでくる。それでも二人は手を離さない。
「ねぇ!」とある時、涼子が声を上げる。
驚いた夏実は、目を丸くして涼子の横顔を見つめる。
「一緒に星を見に行こうか」と涼子が言う。涼子はまっすぐに夜空を見上げている。
「いいよ、そうしよう。一緒に星を見に行こう。私、いい場所を知っているから」
夏実はそう言って、自分がいつも散歩している山道に涼子を連れていく。
二人はしっかりと手を握ったまま、明かりを灯して暗い山道を歩いていく。
森の中では轟々と風が鳴っている。それに合わせて木がわさわさと揺れている。生き物たちの声がする。鳥や虫、そして野獣たちの声にならない声が聞こえる。
やがて二人の歩いている道が開ける。そこは山中の沢になっている。夏実が初めて颯汰と出会った場所だった。頭上には美しい夜空が広がっている。
何度も散歩で来たことのある沢だけど、夜はいつもと違った雰囲気の場所に見える。
夏実は白いTシャツを着て、グレーのショートパンツを履いている。涼子は青色のワンピースを着ている。そして二人とも足にはサンダルを履いている。
二人は手を繋いだまま夜空を見上げる。町なかと違い、無数の星が鮮やかに目に映る。
「綺麗だ……」と思わず夏実は声を漏らす。まるで自分が満天の星空に吸い込まれていくような感覚になる。そして私は世界と一体になるのだ。なんて素敵なことだろう。
「ほんとにね……」と涼子もため息をつく。星空を見上げている涼子の瞳は、いつも以上に輝いて見える。なんて美しいんだろう。夏実は涼子の瞳を見てそう思う。
二人はしばらく満天の星空を見上げている。ある時、夜空を見上げたまま涼子は言う。
「ねぇ。私、このまま夏実と一緒に遠くに行ってしまいたい」
夏実はそれに対して何と言えばいいのか分からない。
「そうだねぇ……」夏実は何とか言葉を絞り出す。
「ごめんね。いきなりこんなことを言って、困らせて」
涼子は笑顔を作りながらそう言う。まるで自分でも何を言っているのだろうと困惑しているかのように。
「別に困ってないよ」と夏実は応える。
「ありがとう。何だか全部を投げ出してどこかに消えてしまいたいなって思って」
涼子がそう言う。夏実は何も言わずに、言葉の続きを待っている。
「−−−−それでも」と涼子は続きを口にする。「夏実とはそれでも一緒にいたいんだ」
夏実はその言葉を心の奥深くに受け止める。夏実の中に温かな気持ちが広がっていく。
「私もだよ。私も、涼子とはずっと一緒にいたいなって思ってるよ」
涼子の表情が、ぱあっと明るくなるのが分かる。それを見て、夏実も嬉しくなる。
「ありがとう!」と涼子が言う。そして涼子は力強く夏実を抱きしめる。
夏実も同じくらいの力で涼子を抱きしめる。二人はしばらくそのまま抱き合っている。
しばらくして体を離すと、夏実が言う。「ねぇ、一緒に水浴びしない?」
「いいね! 楽しそう!」と涼子が言う。
二人は肩に触れ合いながら、お互いに見つめ合っている。
やがて二人は手を繋ぐと、川面に向かって走り出す。そしてそのまま、水の中に入っていく。水しぶきが上がって、全身に水の冷たさを感じる。
「それ!」そう言って涼子は夏実に水をかける。
「やったな!」と言って夏実は笑顔でやり返す。
二人とも服を着たままびしょ濡れになっていく。二人の黄色い笑い声が聞こえる。
月明かりが二人を照らす。二人とも水をかけ合いながら、心からの笑顔を見せている。
そして二人は仰向けになって、小川の流れに身を任せる。水の冷たさが心地いい。
そのまま、二人は夜空を眺めている。優しく手を握り合いながら。そこには二人だけの時間が流れている。こんな時間が永遠に続けばいいのにと夏実は思う。
「こんな時間が永遠に続けばいいのに」と涼子が言う。
「そうだね」と夏実が言う。「このまま二人で生きていけたら幸せだろうね」
そう言った後で、夏実は顔が赤くなる。何を言っているんだと自分のことが恥ずかしくなる。そんな夏実の様子を見て、涼子は声をあげて楽しそうに笑う。
「ありがとう、夏実。そう言ってもらえて私はすごく嬉しい。私も二人で生きていけたらとっても楽しいんだろうなって思うよ」
しばらくして二人は川面に起き上がる。びしょ濡れになったお互いを見て、二人は声を上げて笑う。
「涼子、めちゃくちゃセクシーだよ。水も滴るいい女だよ」と夏実が言う。
「夏実こそ、下着が透けてエッチだよ」と涼子も言い返す。
「いやん」そう言って夏実はふざけて胸を隠すような振りをする。
「見て。セクシーお姉さんだよ」そう言って涼子は胸を強調したポーズを取る。
「そう言うことにしておこう」そう言って夏実は頷く。そうして二人は笑い合う。
それから、二人とも夜空を眺めてぼんやりと過ごす時間が流れる。
水に濡れたことで、次第に二人は寒気がしてくる。夏実はくしゃみをする。
「そろそろ行こっか」と涼子が言う。「ちょっと寒くなってきたしね」
「そうだね、二人で帰ろう。おばあちゃん家に」と夏実も言う。
そうして二人は帰路につく。お互いに手を握り合いながら。
帰り道の途中、円形に開けた草原がある。そのそばにある山道を二人は歩いていく。
二人は草原の方に目をやる。その場所が妙に明るくなっているのが見てとれる。
夏実はそこに大きな火柱を見る。赤々と燃える炎が天に昇っていくのを目にする。
それは美しい光景だと夏実は思う。立ち昇っていく炎はまぶしく輝いている。
草原の中央には木片が何層にも積まれている。火柱はそこから天に昇っている。
そして火柱の周囲には複数の人間がいる。彼らは炎を囲むように立って、白装束を着ている。不思議な人たちだと夏実は思う。彼らはそこで何をしているのだろう。
夏実は立ち昇っている火柱を見て「きれいだなぁ」としばらく見惚れている。夏実の隣では同じように涼子が火柱を見つめている。
涼子も「きれいだね」と言葉を漏らす。夏実は口を開いたまま、火柱を眺めている。
「これは何だろう?」と涼子が言う。「きれいだけど、何だか不思議な光景。あの人たちは一体、何をしているのかな?」
「何だろうね。私もよくわかんない」と夏実は言う。「それにしても、すごくきれいな光景だね。ずっと見ていられる。あの人たちはちょっと不気味だけど」
二人は天に立ち昇る大きな火柱をしばらく見ている。白装束の人たちの何人かが途中でこちらの方を見たけれど、炎に見惚れていた二人はそのことに気づかない。
しばらくして二人は火柱が見える草陰をあとにする。美しいものを見て、いかにも満足したように。そして二人は祖母の家に帰っていく。
水に濡れた二人は帰ると一緒に風呂に入る。二人はそこでお互いの裸を見せ合う。
涼子は肉付きのいい引き締まった体をしている。一方の夏実は不健康に痩せている。
それでも涼子は夏実に言ってくれる。「スタイルがいい素敵な体だね」
「そんなことないよ」夏実はそう言いながらも、涼子の言葉をありがたく思う。「涼子こそ素敵な体をしているよ。私と違ってとても健康的に見える」
「ありがとう。夏実にそう言ってもらえると嬉しい」と涼子が言う。
そして二人はお互いの体に触れて、その形や感触を確かめ合う。
くすぐったくなって、二人は笑い合う。次第にそれは快感となって、二人の吐息は熱くなっていく。
でもそれ以上のことはしない。それが性的な関わりにならないように、二人は無意識に自制している。私たちはあくまで友達なのだ。その思いが二人の根底にはある。
風呂から上がると、二人は着替えて夏実の部屋に移動する。夏実のTシャツとパンツを涼子は借りる。まるで夏実に包まれているような気がして、涼子は嬉しくなる。
そして二人はお互いを温め合うように、寄り添い合って眠りにつく。




