第7章 日常と火柱 ②
食事が終わっても、颯汰は涼子を相手に楽しそうにおしゃべりを続けている。
「涼子っておしゃれで可愛いよね。いつもこういう感じなの?」
「ありがとう。そうだね、割といつもメイクとかおしゃれはしているかな。その方が気分が上がるからね」
「そっか。俺もけっこう女子のファッションとかメイクは気になるんだよね。そういうのを見るのが好きなんだよ。俺がゲイっていうのもあるかもしれないけど」
「へぇ、そうなんだ。颯汰は男の子が好きなんだ。私も気持ちがわかるよ。私は女の子が好きなんだ。というより男の人にあんまり関心がないのかもしれない」
「なんだ。俺たち似たもの同士じゃん。よろしくね。涼子とは仲良くなれる気がするよ」
「私もそう思う。よろしくね、颯汰。夏実という共通のお友達がいる訳だしね」
「そうだな。夏実は俺にとっても大切な友達だ。おかげでいつも楽しいよ」
夏実は手持ちぶさたに離れて二人の様子を見ている。三人以上での会話が苦手なのだ。自分が何を話したら良いのか、どう振る舞えば良いのか分からず、困ってしまう。
涼子の恋愛対象が女性であることは知っていた。だから夏実はそのまま聞いていた。
昔から涼子にはその片鱗があった。女性の芸能人ばかりを好きになり、話題はよく身近にいる可愛い女子のことになった。一方で涼子から男の話を聞くことはほとんどなかった。むしろ身近な男子のことはあまり好きではなさそうだった。
夏実は涼子の同性愛的な話をよく聞いていたが、その好意が自分に向く可能性については考えることもなかった。夏実と涼子はあくまで小学生からの友達であり、そこに恋愛が生まれる可能性はないと無意識に思っていた。
涼子も夏実に対してそういう素振りを見せることはなかった。だからこそ子供の二人は仲が良くなれたのだと夏実は思っていた。そして自分が恋愛についてよく分かっていないという事情もそこにはあったと夏実は思う。
二人の話を聞いているうちに、夏実には眠気が襲ってくる。ソファに体を沈めながら、夏実はうつらうつらとしている。そしていつの間にか夏実は眠っている。
しばらくして夏実は不意に気がついて目を覚ます。目の前には涼子がいて、夏実のことをまじまじと覗き込んでいる。ソファで寝ていた夏実の体には毛布がかかっている。
涼子は夏実の目が覚めたことに気づくと、夏実に満面の笑顔を見せる。
「おはよう。よく眠れた?」と涼子が声をかける。
「おはよう。いっぱい寝ちゃった」と夏実は恥ずかしそうに返事をする。「ごめん、みんなでおしゃべりしていたはずなのに、気づいたら眠ってた」
「大丈夫だよ」と涼子が言う。「今ちょうど颯汰もお昼寝中だしね」
「そうなんだ」と夏実は言う。まわりに颯汰の姿は見当たらないので、おそらく隣の和室に移動しているのだろうと夏実は思う。
「ごめんね、颯汰とばかり話して。いつの間にか夏実を置き去りにしちゃってた。もっと夏実にも話しかけたらよかったね」
「そんなことない、謝らないで。勝手に置き去りになっちゃう私が悪いんだから」
夏実は自分のことが情けなくて、顔を赤らめて涼子に弁明する。
「でも大丈夫だよ、夏実。ここからは私と夏実の時間だよ」
涼子は眩しい笑顔とウインクを見せて夏実に言う。そんなことを真っ直ぐに言える涼子はやっぱりすごいなと夏実は思う。
「じゃあ、今から一緒にお散歩しようか」と涼子が提案する。
「そうしようか」と夏実は頷く。
二人は家を出て、近くの河川敷を歩いていく。川の音がさらさらと聞こえる。その音に夏実は耳を澄ます。きれいな音だと夏実は思う。
涼子と一緒に川の音を聞きながら歩いているうちに、心が洗われていく気がする。夏実は目を閉じて今の空気を全身に感じている。涼子が言う。
「川の流れる音がきれいだね。心が洗われる気がするよ」
涼子も同じことを感じていたんだと夏実は嬉しくなる。
「そうだねぇ。きれいだねぇ」と夏実は答える。
そうして二人はのんびりと歩いていく。二人の間に言葉は少ないけれど、穏やかな時間が流れていく。ある時、涼子がおもむろに口を開く。
「ねぇ」と涼子が足元を見ながら夏実に呼びかける。
「どうしたの?」と夏実は尋ねる。陰になっていて、涼子の表情を見ることはできない。
「ありがとうね。私なんかと一緒にいてくれて」涼子は俯いたまま言う。
涼子の声は少しだけ震えているように思える。
「なんかじゃないよ。涼子はとても素敵だよ」夏実は涼子を見てはっきりと言う。
顔を上げた涼子は、目を涙で潤ませながら笑顔を浮かべる。
二人はそれから無言のまま歩いていく。そこには二人だけの幸せな時間が流れている。
涼子がいてくれて本当に良かった。涼子がいたからこそ知ることができた喜びがある。夏実は心からそう思う。
二人が散歩から家に帰ってくると、眠そうな目をこすりながら颯汰が起きてくる。颯汰の無防備な可愛さを見て、二人はお互いに笑顔を浮かべる。
「おはよう。たくさん眠れた?」と涼子が呼びかける。
「うん……いっぱい寝た」と颯汰は目をこすりながら言う。颯汰はまだ眠そうに見える。
「とりあえず顔を洗ってきな。目が覚めるよ」と夏実が言う。
「分かった……行ってくる」と言って、颯汰はふらつきながら洗面所の方に消えていく。
しばらくして颯汰が帰ってくる。さっきとは打って変わって、颯汰はキリッとした表情を見せる。
「もう目が覚めたよ。大丈夫」そう言って颯汰は手でグーサインを見せる。
「今からおやつを食べようか」と夏実が提案する。
「そうしよう」涼子と颯汰はお互いに頷く。
「おばあちゃん。今からおやつ食べるね。涼子のお土産」と夏実は秋恵に呼びかける。
「私はいらないから三人でいっぱいお食べ」秋恵は隣の和室から声を出す。
そして三人はおやつを食べる。涼子が家から持ってきたマカロンと紅茶を机に並べる。
「やっぱり涼子はおしゃれだな」と夏実はつぶやく。
私なら絶対に買ってこない組み合わせだと夏実は思う。ポテトチップスとかコーラとかを買ってきてしまう。涼子はやっぱり素敵だなと夏実は思う。
「まぁね。私はおしゃれなんだよ」涼子はあえて自慢げな素振りを見せる。
「自分で言うなよ」と颯汰が言い返す。その場に三人の笑いが起きる。
おやつの後は三人で夏実の部屋に引きこもる。部屋にはゲームやマンガがたくさんある。その中から涼子が格闘ゲームを選んでくる。それをみんなですることになる。
三人でゲームに盛り上がる。相変わらず颯汰は強い。一方で涼子は夏実以上に弱かった。
「また俺が勝ったぜ。涼子めちゃくちゃ弱いな。夏実よりも弱いとかある意味、才能だと思うよ」
「うるさいな。だって私、普段はゲームしないもん。弱くても仕方ないでしょ」
「俺だって、普段はゲームしないよ。家にゲームがある訳じゃないし。このゲームするのだって初めてだもん。それでもこんなに差がつくんだから、やっぱり涼子は弱いよ」
「夏実ぃ、颯汰がいじめてくるよぉ。助けてぇ」と涼子は大袈裟に泣きつく。
「よしよし、涼子。かわいそうだねぇ。颯汰、かわいい涼子をいじめちゃダメでしょ」
夏実は涼子の頭を撫でながら、颯汰のことをからかう。
「ちぇ、大きな子供二人で結託しやがって。はいはい、俺が悪かったですよ」
颯汰は両手を上げながら頬を膨らませてふてくされる。そうして三人は笑い声を上げる。
なんて楽しい空間なんだろうと夏実は思う。
「三人でいると、とっても楽しいね」と涼子が言う。
「本当にね」夏実はしみじみと言う。
「もっといっぱい遊ぼうぜ」と颯汰は言う。
「そうしよう」夏実と涼子が応える。
ゲームに疲れてくると三人は各々にマンガを読み出す。夏実は前に読みかけたマンガの続きを読み直す。颯汰は前とは違うマンガの一巻を読み始める。
涼子は夏実が読みかけたマンガの一巻を手に取る。そして意外と涼子が一番、マンガに熱中しているように見える。
「そのマンガ面白い? 私、そのマンガが一番、好きなんだ」と夏実が訊く。
「うん、すっごい面白い。マンガってこんなに面白いんだね!」と涼子は答える。「今までそんなにマンガを読んでこなかった自分が、ちょっと恨めしいくらいだよ」
「ここにあるやつは何でも読んで良いからね。全部、私のやつだから遠慮しないで」
「ありがとう。お言葉に甘えてたくさん読むね。いくつか借りて行っても良い?」
「良いよ。むしろ涼子にいっぱい借りてもらえると私は嬉しい」
マンガを通して涼子との間に新しい絆が出来るようで、夏実は本当に嬉しかった。
それからしばらく三人はマンガに読みふける。気がつくと外は薄暗くなっている。
「そろそろ颯汰は家に帰らなきゃだね」と夏実が言う。
「そうだな……」とつぶやく颯汰の表情は何だか晴れない。三人での時間が終わることが名残惜しそうに見える。
「またいつでも会えるよ!」と涼子が言う。
「そうだよ、またいつでもウチに来な」と夏実も言う。
夏実と涼子は二人で玄関の外まで颯汰を見送る。
「バイバイ、また会おうね」と二人が言う。
「おう……」それだけ颯汰は言って、後ろを振り返らずに帰っていく。
その後ろ姿を二人はしばらく見守っている。
晩ごはんは二人で食べることにする。もともと自分たちで作る予定だったけど、二人は外食の気分になっている。
「何だか、どこかに食べに行きたいな」居間に戻った夏実がそう言い出す。
「そうだねぇ、私も何だかそんな気分」と涼子が応じる。
「せっかくだから二人で行っておいで」と秋恵は二人を送り出してくれる。
二人は近所にあるピザ屋に出かける。以前から夏実が気になっていたピザ屋だった。
アンチョビが乗ったチーズをたっぷり使ったピザを二人で分けることにする。
「このピザ、すっごくおいしいね!」と一口食べた涼子が言う。
「ほんとに。今まで食べたピザの中で一番おいしい」と夏実も口にする。
二人はピザを頬張っていく。あっという間に二人はピザを平らげてしまう。
「いやぁ、おいしかったねぇ」とお腹をさすりながら涼子が言う。
「おいしかった。お腹が妊婦みたいになっちゃった」と夏実が応える。
「ほんとだ! 二人ともお腹がパンパンだね!」と涼子は屈託なく笑う。
その笑顔を見た夏実もつい頬が緩んでしまう。涼子の笑顔は素敵だなと夏実は思う。




