第6章 少年と老人 ④
彼女は隣に座っている隼人に言った。
「ここを立ち退かされた後、彼は私のせいで死んでしまったの」
「どういうこと?」と隼人は彼女に聞いた。
「私はある人たちに傷つけられた。そのことを彼に打ち明けたら、怒って私のために乗り込んでくれた。でも彼は返り討ちに遭ってしまった。そして死んでしまったの」
彼女の名前は関口梓。彼女は教団幹部に強姦されたのだった。
梓はある日、教団本部に呼び出された。ある特別な研修目的だと聞いていた。梓は疑問に思いながら教団本部を訪れた。一体どんなことをするのだろう。
梓は殺風景な小部屋に通された。そこで手持ち無沙汰にしばらく待っていると、やがて教団幹部である三人の男が現れた。そして彼らのうちの一人が言った。
「これから特別な施術を行う。君には服を脱いでもらいたい」
「えっと、それは絶対にしなければいけないことですか?」梓は困惑しながら言った。
「そうだ。これは特別な施術なんだ。誰にだってする訳じゃない。君は特別に選ばれたんだよ。感謝しなさい」幹部の一人はさも当然かのようにそう言った。
「それでも嫌です。そう言ったらどうしますか?」梓は警戒感を出しながらそう言った。
「信者である以上、君に選択肢はないのだよ」男はきっぱりとそう断言した。
そして男たちは強引に梓の服を脱がせようとした。
梓は精一杯に助けを呼んだけれど、その声は誰にも届かなかった。
梓は裸にされた。そして床に寝かせられた。梓は一所懸命に抵抗しようとしたけれど、男三人の力にはなす術がなかった。
そして梓は強姦された。彼女には抵抗する力もなく、涙を流すことしかできなかった。男たちは入れ替わりに彼女の中に入ってきた。彼女にとってそれは苦痛以外の何ものでもなかった。そこに快楽は一切なかった。ただ心身の強い痛みだけが彼女を襲った。
その後、男たちは言った。
「これは大切な施術だったんだ。君はこうして浄化された。感謝したまえ。ちなみに今回のことは誰にも言ってはいけないよ。あくまでも秘密の施術だからね。まあ、誰に言ったとしても信じてくれないだろうけど。証拠は何もない訳だしね」
そうして梓は帰された。彼女は帰り道、悔しさでずっと泣いていた。
私は彼らに汚された。私の尊厳を破壊された。私はそれに抵抗したけれど、どうしようもなかった。私はなんて弱いんだろう。私はなんて穢らわしいんだろう。
梓はその日のことを誰にも打ち明けることができなかった。
自分のことで誰にも心配をかけたくなかったし、自分の恥や屈辱を誰かに明かすことにはためらいがあった。そうして彼女の口は重く閉ざされてしまったのだった。
しかし、梓はこの老人には打ち明けることができた。なぜかは自分でも分からなかったけれど、この老人には謎の安心感があった。
梓はその日、河川敷を歩いていた。彼女は肩を落とし、目には涙がにじんでいた。
そんな梓に老人は声をかけた。
「どうしたんだ? 大丈夫?」
そう声をかけられて、梓は止めどなく涙があふれてきた。梓は老人の胸に寄りかかり、声を上げて泣いた。そして梓は涙ながらに老人に言った。
「実は私、レイプされたの。私はある宗教の信者なんだけど、そこの男たちに襲われた。それがつらくて泣いているの。ごめんね、急にこんなことを言って」
「どう言うことだ?」老人は唖然として彼女に聞いた。彼の理解が追いつかなかった。
「言った通りよ。私は彼らに傷つけられた。だから私は教団を辞めようと思う」
老人は、彼女にふさわしい言葉を見つけられなかった。ただ小さくうなり声を出すことしかできなかった。そして彼はひたすら怒りに燃えた目をしていた。
やがて老人は教団本部に乗り込んだ。
「関口梓のことで言いたいことがある」
老人は玄関ホールで胸を張ってそう声を上げた。突如現れた薄汚い身なりの老人にその場は騒然となった。そこにたまたま梓を強姦した教団幹部の一人が居合わせた。
男はその正体を隠して老人に近づいた。そして梓を強姦した同じ部屋に老人を案内した。そこで男は老人に言った。
「改めて要件を伺ってもいいですか?」
「関口梓という女性を知っているよな」
「さあ、私どもは把握しておりません」
「名簿も開かずによく否定できるな。何かやましいことがあるのだろう?」
「我々にやましいことは何もありません」
「彼女がここの人間に強姦されたんだ。だから私はここに乗り込んできた」
老人は怒気を含んだ声でそう言った。
「そうですか。少しお待ちいただいてもいいですか?」
そう言って男は部屋から出ていった。そしてまもなく男は他の二人を連れて戻ってきた。
「その関口梓という人間が我々の誰かに強姦されたという話は、誰から聞いたのですか?」
「関口梓本人からだ。彼女は犯人の顔を覚えている。彼女をここに連れてくれば、誰から強姦されたのか分かるはずだ。だから犯人は自分から名乗り出ろと、皆に伝えてくれ」
「分かりました。対応を検討いたします。後日その旨をお伝えするので、今日はひとまずお帰りいただいてもいいですか?」
「分かった。返事を待っている。私はいつも〇〇という河川敷にいる。名前は関口一郎。関口梓の祖父だ」
そして一郎は部屋を後にしようとした。しかし、一郎はそこで帰らぬ人となった。
教団幹部の一人が、その場にあった鉄パイプで突発的に一郎を殴り殺した。このままではどうなるのか分かったものではない。その危機感が男を殺人に駆り立てた。
後日、関口梓は教団本部に呼び出された。訪問されたあなたの祖父が教団本部内で突然死した。あなたには身元確認をしてほしい。そういった内容の連絡が彼女に届いた。
梓は状況が信じられないまま教団本部を訪れた。そこで梓は、棺の中で眠っている一郎を目にしたのだった。
「私は彼のことを確かに知っています。でも、本当に彼が私の祖父なのですか?」
教団幹部の一人は梓に言った。
「彼は自分で話してくれましたよ。名前は関口一郎であり、あなたの祖父であると」
梓は悄然としてその事実を受け入れた。一郎が私の祖父なのであれば、彼に感じていた言葉にできない親近感も説明がつく。
そして一郎は教団内で火葬に付された。それは教団幹部の一部と梓だけが知る、秘密裏に行われた葬儀だった。
教団本部の裏庭で一郎の棺は燃やされた。その遺体は火柱として天に昇った。
葬儀の後、梓は遺骨を受け取り、教団本部を後にした。そして梓は河川敷に立ち寄り、一郎が普段いた場所に献花をした。そこで梓は、町田隼人と遭遇したのだった。
梓はその後、教団本部に戻った。今後のことを話し合うためだった。
そこで梓は問いただした。どうして一郎は死んだのか。幹部たちはあくまで突然死だと言い張った。我々は自前の医療施設を持っていて、そこには医療スタッフの信者が働いている。彼の突然死は疑いようのないことだ。
梓はそこに不自然を感じた。
自分が強姦された後、怒りで教団に乗り込んだ祖父がたまたま突然死するなんて。
「私は教団の信者を辞めます。そして今回の出来事を公表します」
梓はそう幹部たちの前で宣言した。そのために梓は、教団内部で殺された。それは事態を重く見た幹部の一人による凶行だった。そして梓も秘密裏に火葬されたのだった。
こうして、関口梓は姿を消した。その真相に迫ろうとした三浦明里も殺された。
明里の行方を追って教団本部を訪れた齋藤恵子も姿を消した。そして恵子の店の常連であり、彼女に好意を抱いていた男性信者も、恵子の行方を追ったことで姿を消した。
それからドミノ倒しのように教団の犠牲者が増えていった。男性信者の妹夫婦、そして彼らの友人たち。鈴木哲郎と田中寛子はやがてその事実を知った。そして自分たちも姿を消されると悟った彼らは、自分たちから消息を絶った。




