第4章 女たちの絆 ④
しばらくして梓は失踪した。それは明里にとって非常なショックを受ける出来事だった。
ある日を境に、梓とは連絡が取れなくなった。梓の家に何度も行ったが、その度に梓は留守だった。明里はとても不安になった。梓はどこに行ってしまったのだろう?
教団の皆に聞いてみたが、梓の行方に心当たりのある者はいなかった。そして彼らは皆が妙によそよそしくなっていた。
そのことが明里は気になったが、まずは梓の行方を知ることが先決だった。
梓の家では姉だという人物と出会った。
彼女によると今までずっと疎遠だったのに、突然に姿を現して、息子を無理やり預けて行ったという。その直後に梓は姿を消した。
明里は梓を探しながら、内心ではショックを受けていた。
どうして私には何も言わずに姿を消してしまったのだろう? 梓とは何でも話せる仲になっていると思っていた。
もし梓に何かがあったのなら、私には相談して欲しかったのに。
梓はなかなか見つからなかった。明里は悲しかった。梓のような親友とは、もう二度と出会えないと思っていた。それくらい梓のことが好きになっていた。つらい時はお互いに支え合って生きていきたい。私はそれくらいの気持ちでいた。それなのにどうして。
そのうち教団で異変を感じるようになった。最初は梓がいなくなったことを形だけでも皆が心配してくれた。しかし教団の皆はやがて梓を、最初からいない者として扱うようになった。それが明里にはとても不自然なことに思えた。
最初から関口梓などという人間はいなかった。あなたは誰の話をしているのだ。そんな人物は誰も知らない。教団の皆がそんな言動を示すようになった。それは明里を混乱させることになった。みんなどうしたの? なんでみんな梓にそんなに冷たくなったの?
明里は教団の皆のことを心から善人だと信じていた。だからこそ明里は教団に居場所を感じていたのだった。それなのに梓がいなくなった途端、皆が梓に対して非情な振る舞いを見せるようになった。明里は疑問が芽生えるようになった。
私はこのまま彼らを信じても良いのだろうか?
私は今まで、彼らに助けられてきた。それは本当に感謝している。
おそらく、私ひとりではここまでやって来れなかった。彼らの支えがあったからこそ、今はこうして生きていられるのだと思う。
それでも。私にとって大切な人である梓を、彼らは蔑ろにした。まるで、最初から存在しなかったかのように冷たい態度を見せた。
それは私にとって到底、許せるものではない。
梓はどうして姿を消してしまったのだろう。彼女はどこに行ったのだろう。
彼女の身に何が起こったのだろう。それを私は知りたいと思う。
私は梓に会いたい。会いたくて仕方がない。梓がいないことがたまらなくさみしい。
そして、私には何も言ってくれなかったことがとてもつらい。梓は、何を感じていたのだろう。何を思って、姿を消してしまったのだろう。
私は、梓に会わなければならない。会って話をしなければならない。そのために私は、どうしても梓を見つけ出さなければならない。明里はそう考えた。
明里は私立探偵の力を借りることにした。関口梓という人の行方を探してほしい。私の大切な親友なんです。調査結果が出るまでに二週間を要した。そして探偵は言った。
関口梓さんは教団本部を最後に姿を消しました。彼女がいるとしたら、教団本部の中だと思われます。そこから彼女の痕跡は途絶えました。
梓が教団本部にいる。それは明里に一種の希望と不安をもたらした。そこに行けば梓に会えるかもしれない。でも梓は無事でいるのだろうか。
明里は教団本部に乗り込むことにした。そこに行けば何かが分かるかもしれない。梓がどうして姿を消したのか。そして梓は今、何をしているのか。
明里は教団の幹部に直接ただした。関口梓は今どうしているんですか? その幹部(教団の支部長)は最初、明里の問いかけを誤魔化した。関口梓って誰のことだ。私はそんな人のこと知らない。
でも明里は引き下がらなかった。私と一緒に、梓と話したことがありますよね。行方を知らないのならともかく、存在自体を知らないなんてあり得ない。すると幹部は言った。
そこに深入りしてはならない。自分の命が大切なのであれば。
どうしてそこで命なんて話が出てくるんですか? 梓は無事なんですか? 今どこにいるんですか? 明里はなおも幹部に問いただした。幹部は冷たくこう言った。
彼女のことはもう忘れなさい。それはもう終わったことなのだ。
明里は納得できなかった。教団に対する怒りが湧いてきた。そして心の中で誓った。梓のことは必ず救い出す。今はきっと狭いところに閉じ込められているんだ。この教団本部のどこかに。明里は梓が狭いところで息苦しそうにしている情景をイメージした。
明里はその幹部に宣言した。そのような対応を教団が取るのなら、私はこのことを世間に言いふらします。教団が本当はどんなにひどいところなのか。そして、梓が教団内部で行方不明になっていることを。明里はそう言って教団本部を後にした。
明里はそれでもまだ教団の善意を信じていた。こちらが強く出たら、教団はきっと誠意を見せてくれるはずだ。明里は教団の人たちが今まで自分を支えてくれたことを思い出していた。その時の彼らの優しそうな笑顔を思い出していた。
きっと最後には教団は誠意をもって謝ってくれるはずだ。そして梓と再会させてくれるはずだ。明里はそう信じていた。
明里はある日、教団に呼ばれて本部に出向いた。子供はスナックのママである齋藤恵子に預けて行った。今日だけちょっと出かけるから、子供のことを預かってくれないかな。大切な話をつけてくる。そう言った明里の表情は何かの決意に満ちていた。
しかし明里はそれから帰ってこなかった。明里もまた教団本部で姿を消してしまった。そして彼女の痕跡はなかったことにされてしまった。三浦明里という信者など、最初から存在しなかった。教団の信者たちは明里のことをそう扱うようになった。
こうして三浦明里は子供を残して失踪してしまったのだった。関口梓と同じように。
齋藤恵子は子供の世話をしながら、三浦明里の帰りをずっと待っていた。でも、翌日になっても、何日たっても明里は帰ってこなかった。
恵子は最初から悪い予感を抱いていた。もう二度と明里は帰ってこないんじゃないか。そう不安にさせるような何かの決意が、明里のまっすぐな表情からは見てとれた。
恵子はそれを気のせいだと思っていた。でも実際に明里がいつまでも帰ってこないと、悪い予感が現実のものになってしまったのだと悟った。
どうしてあの時、私は明里を止めなかったのだろう。話をもっと聞いておかなかったのだろう。こうなることを心のどこかで予感していたというのに。
恵子は明里をまるで実の娘のように思っていた。それほどに明里のことが大切な存在となっていた。明里が置いて行った子供はまるで自分の孫娘のようだった。
恵子は明里の娘を大切に育てながら、明里が帰ってくるのを辛抱強く待っていた。もう良いじゃない。あの子は子供を置いて蒸発してしまったのよ。恵子はいろんな人からそう言われることもあった。
でも恵子は信じていた。明里はそんな子じゃない。少なくとも明里が見せたあの目は、何かを決意したような目だった。いい加減に子供を置いていこうとする目ではなかった。何かやむを得ない理由があって、明里は姿を消したのだ。そうとしか考えられなかった。
そしてそう考えるたびに、またもや恵子を嫌な予感が襲うのだった。明里は何か犯罪のような大変なことに巻き込まれているのではないか。そのために姿を消したのではないか。
だとすれば私が明里を探さなければいけないのではないか。今まさに何かの渦中にいる明里を救い出せるのは私だけではないのか。
明里がどこに向かったのか、恵子には何となく察しがついていた。彼女は明らかに教団と何かで揉めているような雰囲気があった。姿を消す前の明里はいつも教団のことで文句を言っていた。教団本部に乗り込まないといけない。そのようなことも言っていた。
恵子は最初から宗教のことが嫌いだった。明里のことは好きだったけれど、宗教からは早く足を洗ってほしいと思っていた。教団と揉めているのなら尚更だと思っていた。
失踪する直前、明里は言っていた。いつかは教団を辞めることになると思う。でも今はまだできない。梓を見つけ出して一緒に辞めてやるんだから。
教団と何かがあって明里が失踪したのは、おそらく間違いのないことだと恵子は思っていた。でもだからと言ってどうすればいいのかは分からなかった。ただ一つ、教団本部に明里を探しに行くという以外には。
恵子は明里の娘を連れてある田舎町を訪れていた。その町のはずれに教団本部があった。そしてその町には、小林夏実の祖母が暮らしている家があった。




