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第4章 女たちの絆 ③

 明里にはやがて親友ができた。名前は関口梓と言った。明里と同い年のシングルマザーだった。梓とは教団内部で出会った。信者たちの集会があり、教団本部を訪ねた時に梓がいた。梓は入信したばかりの新しい信者だった。たまたま席が隣同士になった。

「初めまして、三浦明里と言います。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。関口梓と言います。えっと、二十五歳です」

 明里には梓が少し緊張しているように見えた。

「えっ、そうなんですか? 梓さんと同い年です! 私も二十五歳なんです。と言っても私はシングルマザーなんですけどね」

 明里は自虐の苦笑いを浮かべて言った。

「あっ、私もシングルマザーです。明里さんと一緒ですね。なんだか嬉しい」

 梓はほっとしたような笑顔を見せた。

「実は私、入信したばかりで、ちょっと緊張しています。私なんかが居てもいいのかなというか。お恥ずかしいですが、宗教のことまだあんまりよく分かっていなくて。これから勉強しなきゃなんですけど」

 梓は遠慮がちにそう言った。

「梓さんはどうして入信しようと思ったんですか? 私はお世話になった人たちが信者だったからという理由で。実は私も詳しいことはよく分かっていないんですよね」

「私も同じような理由です。子育てのこと何も分からなかった時に手を差し伸べてくれた方たちがいて。その方たちが信者だったので、仲間になりたくて私も入信したんです」

「なんだか私たち似ていますね! 梓さん、これからよろしくお願いします」

「あっ、こちらこそよろしくお願いします、明里さん。これからいろいろ教えて下さると嬉しいです」

 梓は隣の席に座っている明里に深々と頭を下げた。

「そんなに畏まらなくても良いですよ! なんせ私たちは同い年なんですから。いきなりで申し訳ないですけど、連絡先を交換しませんか? 私、梓さんと仲良くなりたくて」

「私の方こそいいんですか? 私も明里さんと仲良くなれたら嬉しいです」

 笑顔を浮かべて、梓はそう言った。

 明里はまず梓を食事に誘うことにした。明里が選んだのはイタリアンレストランだった。

「今日は来てくれてありがとう」と明里は言った。

「こちらこそ誘ってくれてありがとうございます」

「敬語じゃなくていいよ。梓さんと仲良くなりたくて誘ったんだから」

「そういうことなら……明里さんよろしくね」

 二人はたわいのない話で盛り上がった。二人には共通点が多いことが分かった。

「まさか、私たちに同じ趣味があったなんてびっくり。ずっと同じミュージシャンを追いかけていたなんてね」と明里が言う。

「本当にびっくりした。同い年やシングルマザーという共通点だけじゃなくて、趣味まで同じだったなんて。私たちって似た者同士ですね」梓は嬉しそうにそう言った。

 それから明里と梓は二人で会うようになった。二人での食事から始まり、やがて仕事と子育てに忙しい合間を縫って、二人は互いの家を行き来するようになった。

 出会った当時の明里は七歳の小学生、梓は四歳の幼稚園児の子供を抱えていた。

「初めまして。お邪魔します」と明里は言った。明里が初めて梓の家を訪ねた時だった。

「ようこそ。いらっしゃい。ゆっくりしていってね」と梓は嬉しそうな笑顔で言った。

 梓は小さなアパートに住んでいた。そこで当時四歳の息子の子育てをしていた。

 明里は部屋を見渡して言った。

「ここに梓は住んでいるのか。感慨深いなぁ」

「そう? いたって普通の部屋だと思うけど。適当に座っていいよ」

 梓がそう言ったので明里はソファに座った。そのすぐ隣に梓も座った。

「なんというか、梓も生活しているんだなと言うか。梓って美人だから、普段はあんまり生活感がないんだよね」

「そうなんだ。自分ではあんまり分かんないや。私、美人でもないしね」

「いやいや、梓は美人だよ。めちゃくちゃ綺麗。初めて会った時、見惚れちゃったもん」

「そう言われると照れちゃうよ。というより明里の方こそ美人だよ。明里を見ていて綺麗だなって思うもん」

「そう? 私って美人? なんかありがとう」

 明里は照れてそう言った。

「ふふふ、なんだか面白いね。お互いに褒め合って私たち気持ち悪いかも」

「確かに。面白いかも。でも、梓が綺麗なのは紛れもなく本当だからね」

「ありがとう、そう言ってくれて。そんなふうに言ってくれるのは明里だけだよ。普段は仕事と育児が忙しくて、あんまり自分の身なりを気遣っている余裕がないからさ。むしろ同世代と比べて、しおれていると思っちゃうんだよね」

「そんなことない。梓の美しさは普段そうやって頑張っているからこそだよ。私は今の梓が好きだよ」

「ありがとう。私も頑張っている明里のことが好きだよ。最近は明里がいるから頑張ろうって思えるんだ」

「私なんかが梓の役に立っているなら良かった。私の方こそ梓がいるから頑張れているよ。ありがとう」

 明里と梓は気がつくと互いの手を握り合っていた。相手を励ますかのように。そして、相手の存在を認め合うかのように。

 ある日も明里は子供を連れて梓に会いに行った。

 土曜日は互いの仕事が休みだったから、その日に会うことが多かった。

 友達に会うという目的の他に、家事や育児に追われている梓の手伝いをするという目的もあった。かつて自分が色々な人にしてもらったように。

「こんにちは。明里です。梓、来たよ」

 明里は玄関ベル越しに声をかける。いつもは梓の声が聞こえてからドアが開くけれども、今日は無言のままドアの鍵が外された。

 おかしいなと思いながら梓の家に入ると、部屋の中は電気が消されたままだった。梓は背中ばかりを見せてなかなか明里の方を振り返らなかった。

「どうしたの? 大丈夫、梓?」

 明里は心配そうに声をかける。梓が鼻を啜る音だけが聞こえる。いつもより梓の背中が小さく見える。よく見ると肩が小刻みに震えていることが分かる。

 明里はどうしたらいいのか分からずに戸惑っていた。隣では娘が不思議そうに梓のことを見上げている。やがて梓はようやくこちらを振り返った。梓は頬に涙を流していた。梓は涙を手で拭きながら言う。

「ごめんね、今日はこんなみっともない状態で。適当にゆっくりしていってね」

「私がいても大丈夫? 誰かがいたらつらくならない?」

「ううん。いいの。むしろ明里にはここにいて欲しい。今日はちょっと弱っているから」

「もし梓さえ良かったら話を聞くよ?」

「ありがとう。でもなんだか今日はうまく話せそうにないや。明里にはただ、そばにいて欲しい。ごめんね、こんなことをお願いして」

「全然いいよ。そんなことならいつでも言って! 私なんかで良ければ一緒にいるよ」

「ありがとう、明里……」

 そう言って梓は声を上げて泣き出した。明里は梓の隣で背中をさすりながら、ただ梓のそばにいることにした。今まさにつらい思いをしている梓を、孤独にしないように。

 梓が泣いていた理由は分からずじまいだったけれど、この出来事は二人の絆を強くすることになった。明里につらいことがあった時には、梓にそばにいてもらうこともあった。梓の前では遠慮なく涙を流すことができた。あるいは屈託なく笑うことができた。

 そうして二人は親友と呼べる間柄になった。明里にとっては人生で初めての唯一無二の存在だった。こんなに他人のことを愛おしく思えるのは梓しかいない。そう思えるような存在だった。もちろん明里が一番に愛していたのは娘だったけれど。 

 明里と梓は二人で出かけたこともあった。子供たちを恵子に預けて、日帰りの温泉旅行に出かけたのだった。二人は電車を何本か乗り継いで、有名な温泉の駅まで行った。電車の中で二人はずっと話していた。

「温泉、楽しみだね! 私は今日をずっと待っていたんだよ」と明里が言った。

「私もずっと楽しみにしていた。明里と二人きりなんてすごくワクワクするよ」

「ほんとにね。子供を預けてきたのは心苦しいけど、日常を忘れて今日は楽しもう」

「そうだね。明日からまた頑張るよ。でも今日はいっぱい美味しいものを食べたい」

「何が食べたい? やっぱりカニかな? カニが有名なところだもんね」

「そうだね。私はあったかいしゃぶしゃぶで食べたい」

「そうしよう! 楽しみだなぁ」

 明里は足をぶらぶらと揺らしながら楽しそうに言った。

「ゆっくり温泉につかって日頃の疲れを癒したいな」

 梓はぼんやりと思いを馳せるように言った。

「着いた!」と駅の外に出た明里は両手をあげて言った。

「着いたねぇ」と梓も目を細めて言う。

 温泉街に降り立った途端、二人は独特の風情を感じることができた。

 二人は荷物を背負ったまま温泉街を歩いていく。駅前から続く通りにはたくさんの店が軒を連ねていた。お土産の店があれば食べ物の店もあって、明里と梓は目を輝かせる。

「ねえ見て! でっかいカニがあるよ!」と明里は楽しそうに言う。

「本当だ。美味しそうだねぇ」と梓もさらに笑顔になる。

「温泉に入ったらカニを食べに行こうね」と明里が改めて言う。

「うん。そうしよう」と梓は同意する。

 二人はやがてこの日の目的である日帰りの温泉にたどり着く。昔ながらの建物の大きな構えを見上げて、二人は「おぉ」と思わず声を上げる。

「すごいね。立派な建物だ」と明里が感嘆する。

「ね、すごいねぇ」と梓も言葉を漏らす。

「それじゃあ、入るか」明里がそう言うと、二人は建物の中に足を踏み入れた。

 二人は更衣室に入り、さっそく服を脱いでいく。十代の頃と比べて肉付きの良くなった体を見て、明里は少しだけがっかりする。それに比べて梓は贅肉のない引き締まった体をしていた。

「私ちょっと太っちゃったかも。梓はスタイルが良いね」

 そう言って明里は梓の腹に触れてみる。

 梓は一瞬だけ体をビクッと震わせたが、そのまま明里を受け入れた。

「そんなことないよ。もともと不健康に痩せているだけだよ。明里の方がバランスが良いと思うよ」梓は嫌味ではなく、素直な目でそう言った。

「ありがとう。そう言ってくれるとちょっとホッとするかも。じゃあ温泉に入るか」

 明里がそう言って、二人は浴場の中に入った。

 まずは体をシャワーで洗い流して、それから二人で温泉に入る。

「はぁ、あったかい。気持ちいいね」と明里が言う。

「本当に。極楽だよ」と梓も言う。二人は黙ったまましばらく温泉に浸かっている。

 やがて明里が言う。「ねぇ、露天風呂の方にも行こう」

「そうするか」と梓は言う。二人は寒さを堪えながら露天風呂に移動する。

「寒い! めちゃくちゃ寒いよ」

「そうだねぇ。凍えそうだよ」

 二人は肩まで露天風呂に浸かる。

「はぁ」と二人とも声を漏らす。

「生き返るよぉ」と明里は嬉しそうに言う。

「本当。疲れが飛んで行きそうだね」と梓も気持ちよさそうに言う。

 二人は外の小庭を眺めながら露天風呂を楽しむ。

「実はね」と梓が切り出す。「最近の私、割と限界だったんだ」

 明里はそれを黙って聞く。梓は明里が話を聞いてくれる体勢になったことを感じる。

「最近、いろいろ忙しくてさ。仕事とか子育てとか。何がしんどいかと言われると難しいけど、だんだん余裕がなくなってきて。そうしたら、あんなに嬉しかったはずの子育てがつらくなってきて、それが私にとっては結構きついことだったんだよね。自分が決めた道のはずなのに、こうしてウジウジしている私が情けないというか。あの時の覚悟は何だったんだろうって思うと、自分のことが悲しくなるよ」

「そうだったんだ。教えてくれてありがとう」明里がそう言うと二人は肩を寄せ合った。

 それから二人はお互いのことを心ゆくまで話し合った。それは大切な思い出となった。

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「隣では娘が不思議そうに梓のことを見上げている」って、いうところ、娘は明里の子供であってる?
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