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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第96話 補給所

 翌朝、私はアレスティード公爵の名において、砦の三人の責任者を招集した。

 部隊を指揮する隊長。

 兵士たちの食事を預かる、無愛想な料理長。

 そして、私が備蓄庫で何度も顔を合わせた、痩せた初老の補給担当官。

 彼らは、砦の仮設執務室に集まると、硬い表情で私と、その隣に座るアレスを見つめていた。彼らの目には、新たな命令が下されることへの警戒と、面倒事を押し付けられることへの諦めが、混ざり合って浮かんでいた。

 私は、前置きもなしに、単刀直入に切り出した。

 「本日より、この砦の中に、新しい生産施設を立ち上げます」

 私の言葉に、三人の顔に、あからさまな困惑の色が広がった。

 「せい、さん、しせつ、と申されますと……?」

 隊長が、訝しげに問い返す。

 私は、机の上に、一枚の羊皮紙を広げた。そこには、私が昨夜のうちに書き上げた、新しい携帯保存食の、基本的な製造工程が、図解で示されていた。

 「携帯保存食の、生産ラインです。ここで製造したものは、まず、あなた方自身の食料となります。そして、余剰分は、公爵家の公認商品として、砦を訪れる商人や旅人に、正式な価格で販売します」

 「販売、ですと……? 我々は兵士です。商売人ではありませぬ」

 補給担当官が、弱々しく反論した。

 「ええ、存じています。ですから、これは商売ではありません。あなた方の、新しい任務です」

 私は、きっぱりと言い切った。そして、この計画の、最も重要な核心部分を、彼らに告げた。

 「そして、この任務によって得られた利益は、経費を差し引いた後、全て、製造に関わった兵士たちに、『特別手当』として、現金で分配します」

 その瞬間、部屋の空気が、ぴしりと凍り付いた。

 三人は、信じられない、という顔で、私とアレスを交互に見ている。

 最初に口を開いたのは、それまで黙って腕を組んでいた、料理長だった。

 「……奥様。あんた、俺たちが、誰と取引して、どうやって日々の慰めを得ているか、知ってて、そいつを言ってるのか?」

 その声には、脅しと、試すような響きがあった。

 「ええ。知っています。『塩の道』のことでしょう?」

 私の、あまりにもあっさりとした肯定に、今度こそ、三人は言葉を失った。

 私は、続けた。

 「私は、あなた方の取引を、非難するつもりはありません。ですが、あなた方に、新しい選択肢を、提案しに来たのです」

 私は、椅子から立ち上がると、彼らの前に立った。

 「あなた方は、これまで、自分たちの命を維持するための大切な塩や豆を、安値で手放し、その代わりに、一時の慰めを得てきました。それは、いわば、自らの体を切り売りしているのと同じです。ですが、これからは違う。あなた方は、自分たちの労働で、正当な対価を得るのです。その金で、堂々と、好きな酒を買い、菓子を食べる。誰にも、何も、遠慮する必要はない。どちらが、あなた方にとって、より誇りのある生き方だと、お思いになりますか?」

 私の問いに、誰も、答えることはできなかった。

 最後に、アレスが、静かに、しかし、決定的な一言を告げた。

 「これは、命令だ。だが、強制はしない。参加するかどうかは、各兵士の、自由意志に任せる。ただし」

 彼は、三人を、射抜くような鋭い視線で見つめた。

 「この計画を、妨害する者がいれば、それが誰であろうと、容赦はしない」

 その言葉が、この議論の、最終的な結論だった。



 その日の午後、私は、砦の使われていない倉庫の一つを、作業場として借り受けた。

 そして、協力者を募った。

 しかし、私の呼びかけに、応じる兵士は、一人もいなかった。彼らは、遠巻きにこちらを見ているだけで、誰も、一歩を踏み出そうとはしない。長年の密輸組織との関係は、彼らにとって、断ち切ることのできない、腐れ縁となっているのだ。

 「……まあ、こんなものでしょう」

 私は、ため息をつくフィーに、静かに言った。

 そして、私自身が、袖をまくり、作業台の前に立った。

 まずは、見本を作る。私が、一人で。

 乾燥野菜を、決められた分量で混ぜ合わせ、粉末にした豆と麦を、ふるいにかける。その手際の良さに、遠くで見ていた兵士たちの間に、小さなざわめきが起こった。

 私が作業を始めてから、一時間が過ぎた頃だった。

 倉庫の入り口に、一つの人影が現れた。

 料理長だった。

 彼は、しばらく、私の作業を、腕を組んで黙って見ていたが、やがて、我慢しきれないといった様子で、口を開いた。

 「……ちげえ。豆の粉は、そうじゃねえ。先に、乾煎りしねえと、青臭さが残る」

 「……教えて、いただけますか?」

 私がそう問い返すと、彼は、悪態をつくように、頭をがしがしと掻いた。

 「ああ、もう、じれってえな! 貸してみろ!」

 彼は、私の隣に立つと、乱暴な手つきで、私の手から、木べらをもぎ取った。

 それが、最初の、一人だった。

 料理長が加わったのを見て、補給担当官が、おずおずと、倉庫に入ってきた。そして、私の作った材料リストと、備蓄庫の在庫を照らし合わせ、より効率的な材料の配合を、小声で提案し始めた。

 その日の夕方には、彼らに釣られるように、さらに三人の若い兵士が、作業に加わっていた。

 五日後、私たちの手で、最初の携帯保存食が、百食分、完成した。



 その翌日、砦に、王都から来た、正規の商人キャラバンが立ち寄った。

 私は、彼らの代表である商人を呼び止めると、完成したばかりの携帯食を、十食分、提示した。

 「これは、アレスティード公爵家が、その品質を保証する、新しい商品です。試してみては、いかがですかな?」

 私の隣で、補給担当官が、慣れない口調で、売り込みをかける。

 商人は、半信半疑で、その携帯食を買い取っていった。

 そして、私たちは、その場で、現金を受け取った。

 銀貨が、十枚。

 私は、その銀貨を、ためらうことなく、この五日間、作業に協力してくれた五人の兵士たちの前に、差し出した。

 「約束通り、あなた方の、最初の特別手当です。一人、二枚ずつ、公平に分けてください」

 兵士たちは、信じられない、という顔で、その銀貨を見つめている。

 料理長が、代表して、その銀貨を受け取った。彼は、自分の手のひらの上にある、二枚の銀貨を、しばらく、じっと見つめていた。

 そして、そのうちの一枚を、指で、強く、弾いた。

 チリン、という、硬く、澄んだ音が、静かな倉庫に響き渡る。

 その音を聞いて、倉庫の外で、遠巻きに様子を窺っていた、他の兵士たちの間に、明らかに、大きな動揺が走った。

 料理長は、何も言わなかった。

 ただ、その銀貨を、自分のポケットの中に、ゆっくりと、しかし、確かな手つきで、しまい込んだ。

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