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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第58話 道を行く者に、温かい一杯を

 私の提案した「地域分散型備蓄システム」は、アレスティード公爵の絶対的な後押しを得て、驚くべき速さで実行に移された。

 これまで変化を頑なに拒んできた官僚たちも、主君の決定には逆らえない。彼らは不承不承ながらも、私の作成した計画書通りに、各地区への物資の移送と管理体制の構築を始めた。その様子は、まるで凍り付いていた巨大な歯車が、ぎしぎしと音を立てながらも、ゆっくりと回り始めたかのようだった。

 一つの改革が、動き出す。その手応えを感じながらも、私の思考はすでに次の段階へと進んでいた。

 公爵の執務室。大きな机の上には、領都とその周辺地域を示す詳細な地図が広げられている。私と公爵、そして執事長のブランドンは、新しく設置される備蓄拠点の最終確認を行っていた。

 赤いインクで印がつけられた十か所の拠点。それらは、災害時に領民を守るための、いわば点在する小さな砦だ。

 私は、その赤い点を結ぶように、街道の道を指でなぞった。そして、気づく。

 点と点の間。拠点から拠点へと至る、長い道のり。そこは、依然として無防備なままなのだ。

 「閣下」

 私は、地図から顔を上げて、向かいに座るアレスティード公爵を見つめた。

 「この備蓄システムは、街にいる人々を守るためには完璧です。しかし、この道を行く人々は、どうなるのでしょう」

 私の言葉に、公爵は黙って先を促す。

 「冬の間、この地を行き交う商人や旅人たちは、常に吹雪の危険に晒されています。彼らの物流が滞れば、この領地の経済そのものが凍り付いてしまう。兵士のための『即席シチューの素』は、あくまで個人の備え。拠点という『点』の安全を確保した今、私たちが次にすべきは、この『線』、すなわち街道の安全を確保することではないでしょうか」

 私の脳内では、二つの成功体験が、一つの新しい計画へと結びついていた。兵士たちのための兵站改革と、災害時の炊き出し。その二つを組み合わせれば、もっと大きなことができるはずだ。



 私は、新しい計画の構想を、熱を込めて語り始めた。

 「街道沿いに点在する、古い兵士の詰所。あれを改築し、新たな機能を持たせるのです。私はそれを、『温補給所ホット・ステーション』と名付けたいと思います」

 「ホット・ステーション……」と、公爵が興味深そうに繰り返した。

 「はい。そこでは、常時、温かいスープとパンを提供します。厳しい冬の道を行く兵士はもちろんのこと、一般の商人や旅人も、銅貨数枚を支払えば、誰でも利用できるようにするのです。吹雪に遭った時、誰もが駆け込める避難場所。冷えた体を温め、空腹を満たすための中継地点。それが、この領内の主要な街道に、等間隔で設置されるのです」

 私の計画は、それだけでは終わらない。

 「そして、その運営は、民間の手に委ねます。具体的には、退役して仕事のない元兵士や、戦で夫を亡くし、女手一つで子供を育てている未亡人たちに、その仕事をお願いするのです」

 その言葉に、それまで黙って聞いていたブランドンが、はっとしたように顔を上げた。

 「それは……」

 「はい」と私は頷く。「これは、ただのインフラ整備ではありません。領地に忠誠を誓い、あるいは家族を捧げた人々に対し、新たな仕事と、そして誇りを取り戻してもらうための場所でもあるのです。彼らならば、責任感を持って、この重要な拠点を守り抜いてくれるはずです」

 物流の活性化による経済効果。街道の安全確保による軍事的利益。そして、新たな雇用の創出による社会的安定。私の提案は、その三つの柱によって支えられていた。

 執務室に、沈黙が落ちる。

 アレスティード公爵は、地図の上で赤い点を結ぶ街道を、じっと見つめていた。その瞳が、何を考えているのかは分からない。

 やがて、彼は顔を上げ、私にただ一言、告げた。

 「やれ」

 その短い言葉が、私の計画に命を吹き込んだ瞬間だった。



 公爵の承認を得た計画の進行は、迅速を極めた。

 市参事会に反対する者など、もはや一人もいなかった。あの雪嵐の一件と、その後の公爵の絶対的な態度は、保守的な官僚たちの心を完全に折っていたのだ。

 私は、建築ギルドの親方と膝を突き合わせて設計図を引き、古い詰所を効率よく、かつ頑丈に改築する計画を立てた。厨房には、私が考案した、少ない薪で効率よく調理できる新型のかまどを導入する。

 そして、ブランドンと協力し、温補給所で働く人々の選定を始めた。

 応募してきた者の中には、先の戦で片腕を失い、日雇いの仕事しかできずにいた初老の元兵士がいた。また、幼い子供を抱え、先の見えない暮らしに不安を抱いていた若い未亡人もいた。

 彼らは、私が仕事の内容を説明すると、誰もが目に涙を浮かべて、深く頭を下げた。それは、ただ給金を得られることへの感謝ではなかった。自分たちが、再びこの領地のために役立てるという、その喜びの涙だった。

 雪解けが始まり、街道のぬかるみが乾き始めた頃。

 領都から北へ向かう最初の街道沿いに、記念すべき第一号の「温補給所」が、その姿を現した。



 それは、決して大きくはないが、北の厳しい自然に耐えうる、がっしりとした木造の建物だった。屋根には、石を焼いて作った温かい色の瓦が葺かれ、太い煙突からは、薪の燃える香ばしい煙が、白い湯気と共に立ち上っている。

 建物の前には、素朴だが、温かみのある文字で書かれた看板が掲げられていた。

 『温補給所 一号店 旅の方へ、温かいスープあります』

 私が中へ入ると、真新しい厨房で、片腕の元兵士が大きな寸胴鍋をかき混ぜ、未亡人が焼き立てのパンを棚に並べていた。二人の顔には、以前のようなくたびれた影はなく、生き生きとした活力が漲っている。

 「奥様! どうです、いい匂いでしょう!」

 元兵士が、誇らしげに胸を張る。

 その時、店の扉が、ぎい、と音を立てて開いた。

 入ってきたのは、荷馬車を引く、一人の年老いた商人だった。長旅で疲れ切った顔に、冬の寒さが染みついている。彼は、物珍しそうに店内を見回し、おずおずと尋ねた。

 「ここは……本当に、旅の者でも休めるのかね?」

 「ええ、もちろんですとも!」

 元兵士が、威勢のいい声で答える。「さあ、旦那! まずは、この熱いスープで体を温めてくれ!」

 商人は、差し出された木の椀を受け取ると、一口、また一口と、夢中になってスープを啜り始めた。その強張っていた顔が、みるみるうちに和らいでいく。

 「ああ……温かい……生き返るようだ……」

 その光景を、私は壁際から、静かに見つめていた。

 この小さな建物から立ち上る湯気と煙は、ただの煙ではない。

 それは、この北の厳しい大地に、新しい時代が来たことを告げる、温かい狼煙なのだ。

 私のささやかな革命が、また一つ、確かな形になった瞬間だった。

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