第47話 温かさという反論
私の突拍子もない提案に、エレオノーラは美しい柳眉を吊り上げた。
「正気なの、レティシア? 慈善バザーに屋台を出すですって? あなたは公爵夫人なのよ。物乞いのような真似をして、これ以上醜聞を増やすおつもり?」
彼女の言うことは、貴族社会の常識からすれば至極もっともだった。高位の貴婦人が、自らエプロンを締めて街角に立つなど、前代未聞だ。それは同情を買うどころか、アレスティード公爵家の品位を貶める行為だと見なされかねない。
「醜聞は、すでに立てられているわ。私が何もしなくてもね」と私は静かに答えた。「そして、言葉で否定しても、彼らは信じたいようにしか解釈しない。ならば、見せるしかないでしょう」
私は、窓の外で訓練に励む兵士たちに目を向けた。彼らが私の作った煮込み料理を、心から美味しそうに頬張る姿を思い出す。
「継母の言葉は、巧みで、人の同情を誘う毒よ。でも、それは実体のない幻。私は、幻を相手に戦うつもりはないわ。私が戦う相手は、人々の心の中にある『寒さ』よ」
私はエレオノーラに向き直り、続けた。
「言葉はいくらでも捻じ曲げられる。でも、凍える日に差し出された、一杯の温かいスープの真実は、誰にも嘘だとは言えないはずよ」
私の言葉に、エレオノーラは呆れたようにため息をついたが、その瞳の奥には、面白がるような光が宿っていた。「…本当に、あなたという人は、全く予測がつかないわね」。
隣で話を聞いていた侍女長のフィーは、目をきらきらと輝かせていた。
「素晴らしいです、奥様! さすが奥様です! 厨房の者たちも、喜んでお手伝いいたします!」
公爵への許可は、執事長のブランドンを通じて願い出た。彼は私の意図をすぐに理解し、眉一つ動かさずにこう言った。「規律の範囲でなら。ただし、護衛は必ずつけるように、と閣下より言付かっております」。その返答は、事実上の全面的な信頼と後援を意味していた。
*
数日後、領都の中央広場で開かれた慈善バザーは、冬の訪れを告げる冷たい風が吹く中、多くの人々で賑わっていた。着飾った貴族たちが談笑しながら品定めをする傍らで、寒さに身を縮めた平民たちが、少しでも安い品を求めて歩き回っている。
その一角に、私たちの小さな屋台はあった。公爵家の紋章はどこにも掲げていない。ただ、「温かいスープとパイの店」と書かれた、手作りの小さな看板があるだけだ。
私は侍女服を簡素にした動きやすい服装の上に、真っ白なエプロンをきつく締めた。隣には、同じようにエプロンをつけたフィーが、大きな鍋の中身をかき混ぜている。立ち上る湯気と共に、野菜と肉が煮込まれた、食欲をそそる香りが辺りに広がった。
「さあ、いらっしゃいませ! 体の温まるスープはいかがですか!」
フィーの元気な声が響く。しかし、初めは誰も近づいてこなかった。噂を聞きつけた貴族たちが、扇で口元を隠しながら、遠巻きにこちらを眺めている。彼らの視線は、珍しい見世物に対する好奇と、侮蔑の色が混じり合っていた。平民たちは、そんな貴族たちの様子を窺い、私たちに近づくのをためらっているようだった。
「…本当に、これで良かったのかしら」
フィーが不安そうな声を出す。その時だった。
一人の小さな男の子が、母親の手を振りほどいて、私たちの屋台の前まで駆けてきた。その目は、鍋から立ち上る湯気に釘付けになっている。
「おかあさん、いいにおい…」
私はしゃがみ込み、男の子と視線を合わせた。
「こんにちは。お腹は空いているかしら? とっても美味しいスープよ」
母親が慌てて駆け寄り、深々と頭を下げた。「も、申し訳ありません! この子ったら…!」
「いいえ、お気になさらず」と私は微笑んだ。「スープを一杯、いかがですか。銅貨三枚です。パンもつけますよ」
母親は戸惑いながらも、小さな銅貨を差し出した。私が木の器にたっぷりとスープを注ぎ、焼きたてのパンを添えて手渡すと、男の子は目を輝かせてそれを受け取った。そして、ふーふーと息を吹きかけながら、一口スープをすする。
「…おいしい!」
その屈託のない一言が、張り詰めていた広場の空気を、ふわりと解きほぐした。
*
その子を皮切りに、一人、また一人と、人々が屋台に集まり始めた。手のひらサイズの熱々なミートパイは、子供たちに大人気だった。冷えた手をさすりながらやってきた老人たちは、スープの入った器を両手で包み込み、その温かさに安堵のため息をついた。
私はひたすらスープを注ぎ、パイを包み、代金を受け取った。一人一人の顔を見て、「ありがとう」と声をかける。その光景は、どんな言葉よりも雄弁だった。
遠巻きに見ていた貴族たちの囁き声が、私の耳にも届いてくる。
「まあ…あの方が、本当に公爵夫人…?」
「なんてこと。ご自分の手で、あんな…」
「…でも、見て。あの子どもたちの嬉しそうな顔を」
「冷酷な方だなんて、とても思えませんわ…」
継母が流した毒は、目の前の現実の熱によって、ゆっくりと蒸発していくようだった。
用意したスープとパイが全て売り切れる頃には、屋台の前には長い行列ができていた。
全ての片付けを終え、エプロンを外した私の元へ、一人の初老の女性が近づいてきた。その質素だが清潔な身なりから、彼女がバザーの収益を当てにしている、孤児院の院長だとすぐに分かった。
「公爵夫人様。本日は、誠にありがとうございました。あなた様のおかげで、バザーは大変な盛況でございました」
彼女は深く頭を下げた。私は、今日の売上金が詰まった、ずしりと重い革袋を手に取った。そして、それをそのまま、彼女の前に差し出した。
「え…?」
院長は、何が起きたのか分からないという顔で、私と革袋を交互に見た。
「今日の売上は、全て寄付させていただきます。子供たちのために、温かい食事を作ってあげてください」
私の言葉に、院長は目を見開いたまま、震える手で革袋を受け取った。その目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
その瞬間だった。
どこからともなく、一つの拍手が起こった。それは、私たちのやり取りを見ていた、名もなき一人の市民からだった。その拍手は、一人、また一人と伝染していく。
それは、貴族たちの儀礼的な拍手ではない。凍えた手を擦り合わせ、心から送られる、無骨で、けれど何よりも温かい音だった。




