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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第39話 二度焼きは、逆転の合図

 私の言葉に、厨房の時が止まった。

 神様がくれた、贈り物?

 誰もが、私が何を言っているのか理解できないという顔で、凍りついた野菜と私の顔を交互に見ている。無理もない。彼らにとって、これは悪意の塊であり、絶望の象徴なのだから。

 「奥様……ご冗談を」

 若い料理人の一人が、か細い声で呟いた。その声には、かすかな期待よりも、深い失望の色が滲んでいた。奥様は、あまりの衝撃におかしくなってしまわれたのではないか、と。

 私は凍ったカボチャを高く掲げたまま、皆に向かってはっきりと告げた。

 「冗談ではありません。これは好機です。この野菜は、ただの野菜ではない。最高の煮込み料理になるための、完璧な下ごしらえが済んだ、極上の食材なのです」

 「下ごしらえ……でございますか?」

 一番に我に返ったフィーが、訝しげに問い返す。

 私は頷き、前世の記憶から引き出した知識を、この世界の言葉に置き換えて説明を始めた。

 「野菜を凍らせると、中の水分が膨らんで、内側から壁を壊します。だから、解凍すると水分が出て、しんなりしてしまう。でも、それは悪いことばかりではないの」

 私は一度言葉を切り、全員の目を見渡した。

 「壁が壊れているということは、どういうことか。――火の通りが、驚くほど早くなる。そして、味が、驚くほど染み込みやすくなる、ということです」

 厨房に、ざわめきが広がった。それは、まだ半信半疑ながらも、一筋の光を見出した者たちのどよめきだった。

 「我々には時間がありません。ですが、この『下ごしらえ』のおかげで、通常の半分以下の時間で、野菜に味を染み込ませることができる。これは、妨害ではありません。天が与えてくれた、近道ですわ」

 私は凍ったカボチャを調理台に置き、力強く言った。

 「さあ、皆さん。感心している暇はありませんよ。これから、この氷の悪意を、史上最高の熱々のグラタンに変えて、兵士たちの胃袋に叩き込んでやりましょう!」

 私のその言葉が、号砲となった。

 「……承知いたしました!」

 フィーの張りのある声が響く。彼女の瞳には、もう迷いはなかった。

 「みんな、聞いたわね!奥様のご指示よ!ぼさっとしてないで、手を動かす!」

 その一喝で、凍りついていた料理人たちの魂に、再び火が灯った。

 「はい!」

 地響きのような返事が、厨房を揺らした。



 そこからの厨房は、まさに戦場だった。

 「槌を持ってきて!氷ごと叩き割ります!」

 私の指示に、屈強な見習い料理人が大きな木槌を手に飛んでくる。凍った野菜は、布に包んで木槌で叩き、一口大に砕いていく。ガツン、ガツン、と鈍い音が響き渡る。それは、悪意を打ち砕く、小気味よい反撃の音だった。

 「大鍋を全て火にかけて!塩漬け肉と干し肉の出汁を、今すぐ沸騰させて!」

 砕かれた氷の野菜は、解凍を待たずにそのまま熱湯の煮えたぎる大鍋へと放り込まれていく。ジュワッ、という激しい音と共に、白い湯気が天井へと立ち上った。

 「すごい……本当に、あっという間に火が通っていく……」

 鍋の見張りをしていた料理人が、驚愕の声を上げる。私が言った通り、細胞壁の壊れた野菜は、貪欲に出汁を吸い込み、驚異的な速さで柔らかくなっていく。

 「味見を!塩加減は?スパイスは足りている?」

 「はい!完璧です!むしろ、いつもより味が濃く感じます!」

 時間は、ない。だが、私たちの動きには一切の無駄がなかった。絶望的な状況が、逆にチームの集中力を極限まで高めていた。誰もが自分の役割を理解し、次の指示を待つのではなく、自ら考えて動いている。

 「兵舎のオーブンは全て、最高火力で予熱を!」

 「チーズとパン粉の準備はできたか!」

 「耐熱皿をありったけ並べろ!」

 指示が飛び交い、湯気が立ち上り、熱気が渦を巻く。この厨房は今、一つの巨大な生き物となって、逆境という名の食材を調理していた。

 やがて、味の染み込んだ野菜が鍋から引き上げられ、ずらりと並べられた耐熱皿へと移されていく。その上に、たっぷりのチーズと、香草を混ぜ込んだパン粉が惜しげもなく振りかけられた。

 「よし、オーブンへ!」

 私の号令で、熱気を帯びた耐熱皿が次々と兵舎の巨大なオーブンへと滑り込んでいく。

 あとは、焼き上がりを待つだけ。

 約束の時間まで、残りわずか。厨房の誰もが、固唾を飲んでオーブンの扉を見つめていた。



 兵舎の食堂は、不満と空腹の入り混じった重い空気で満たされていた。約束の時間を過ぎても、昼食が運ばれてくる気配はない。

 「どうなってんだ、遅いじゃないか」

 「公爵夫人の料理ってのも、大したことないのかもな」

 そんな囁きが、あちこちから聞こえ始めていた。

 その時だった。

 食堂の扉が大きく開かれ、湯気の立つ耐熱皿を山と積んだワゴンが、何台も滑り込んできた。そして、その湯気と共に、兵士たちの空腹を猛烈に刺激する香りが、ホール全体に広がった。

 チーズの焼ける香ばしい匂い。ハーブとスパイスの食欲をそそる香り。野菜と肉が煮込まれた、深く豊かな香り。

 不満を口にしていた兵士たちが、一斉に口をつぐみ、香りの源へと視線を向けた。

 「お待たせいたしました!本日の特別料理、『二度焼きの凍結野菜グラタン』です!」

 フィーの張りのある声と共に、熱々のグラタンが兵士たちの前に次々と配られていく。表面は黄金色の焼き目がつき、ぐつぐつと音を立てて泡立っている。

 兵士の一人が、恐る恐るスプーンを入れた。カリッ、という小気味よい音と共に焼き目が割れ、中からトロトロになった野菜と肉が顔を出す。

 彼はそれを、ふうふうと冷ましてから、大きな口で頬張った。

 次の瞬間、彼の目が見開かれる。

 「……う、うまい……!」

 その一言が、狼煙だった。

 堰を切ったように、食堂のあちこちでスプーンと皿が触れ合う音が鳴り響き始める。

 「なんだこれ!野菜がトロトロだ!」

 「味が、めちゃくちゃ染みてる……!」

 「熱くて、美味くて、力が湧いてくるようだ!」

 そして、誰かが叫んだ。

 「いつもの煮込みより、断然美味いぞ!」

 その声に、あちこちから同意の声が上がる。もはや、そこに不満を口にする者はいなかった。誰もが夢中で、熱々のグラタンをかきこんでいる。おかわりを求める声が、次から次へと上がった。

 私は食堂の入り口の影から、その光景を静かに見つめていた。

 ボルコフの卑劣な妨害は、結果として、私の料理の評判を、兵士たちの胃袋に、これまで以上に深く、熱く刻み込むことになったのだ。



 その日の夜。

 全ての片付けを終えた厨房は、心地よい疲労感と、静かな達成感に満たされていた。

 窓を開けると、兵舎の方から、まだ陽気な兵士たちの声が風に乗って聞こえてくる。今日のグラタンがいかに美味かったか、自慢げに語り合う声。そして、時折混じる、大きな笑い声。

 私はその温かい音をBGMに、一杯のハーブティーをゆっくりと口に運んだ。

 悪意は、打ち砕いた。

 そして、この温かい場所は、私が、私たちの手で、守り抜いた。

 その事実が、体の芯までじんわりと染み渡っていく。

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