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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第38話 凍てついた悪意

 軍医ダニエルが嵐のように去った後、私の心には確かな手応えが残っていた。自分の持つ力が、呪いではなく、誰かの役に立つ可能性を秘めている。その事実は、私の背中をそっと押してくれるようだった。

 今日は、その力を多くの人々のために使う、大切な日になるはずだった。

 兵舎での、新しい煮込み料理の大規模な試食会。数百人もの兵士たちが、今日の昼食を心待ちにしてくれている。厨房は朝から活気に満ちていた。フィーが指揮を執り、若い料理人たちが手際よく下ごしらえを進めている。スパイスの香ばしい匂いと、野菜を切るリズミカルな音が心地よく響く。

 「奥様!あとは主役の冬野菜が届けば、完璧です!」

 フィーが、頬を上気させながら報告に来る。私もエプロンの紐を締め直し、頷いた。

 「ええ。腕が鳴るわね」

 屋敷の誰もが、この試食会の成功を信じて疑っていなかった。私たちが積み上げてきた温かい食卓が、兵士たちの士気をどれほど高めるか。その成果を示す、晴れの舞台になるはずだった。

 その時までは。



 昼餉の時間が迫り、誰もが少しそわそわし始めた頃、裏口の方がにわかに騒がしくなった。食材を運んできたはずの荷馬車の御者が、血相を変えて厨房に駆け込んできたのだ。

 「お、奥様!大変です!荷が……荷が!」

 彼の言葉は恐怖に引きつれて、意味をなさなかった。私とフィーは顔を見合わせ、急いで外へと向かう。

 そこに広がっていたのは、信じがたい光景だった。

 荷馬車の幌は引き裂かれ、積まれていた木箱のいくつかは無残に壊れている。そして、その荷台から、ありえないほどの冷気が立ち上っていた。まるで、真冬の氷室をそのまま持ってきたかのような、肌を刺す冷気。

 「……何があったの?」

 私の問いに、御者は震えながら答えた。

 「森の道で……突然、何者かに。魔法でした。あっという間に……」

 私は壊れた木箱の一つに近づき、中を覗き込んだ。

 そこにあるべき、色とりどりの冬野菜はなかった。代わりにあったのは、分厚い氷の塊。カボチャも、人参も、芋も、全てが不自然な氷の中に閉じ込められ、カチカチに凍りついていた。それは自然の凍結ではない。魔力によって、細胞の芯まで強制的に凍らされた、悪意の結晶だった。

 厨房から様子を見に出てきた料理人たちが、息を呑むのが聞こえる。

 「ひどい……」

 フィーが、怒りに震える声で呟いた。

 犯人は、分からない。だが、誰の仕業かは明白だった。ギルド長ボルコフ。公の場で私を断罪できなかった彼が、最も卑劣で、そして最も効果的な手段で報復してきたのだ。

 約束の時間は、刻一刻と迫っている。厨房には、数百人分の食事を用意できるだけの食材の備蓄はない。この凍りついた野菜が、私たちの全てだった。

 「どうするんですか、奥様……」

 若い料理人の一人が、絶望的な声で言った。

 「こんなもの、解凍するだけで半日はかかります。到底、間に合いません……!」

 その言葉が、厨房の全員の心を代弁していた。皆の顔から血の気が引き、先ほどまでの活気は嘘のように消え失せている。兵士たちとの約束。積み上げてきた信頼。その全てが、この氷の塊と共に、音を立てて崩れ去ろうとしていた。

 私の信用は、失墜する。

 「公爵夫人の改革も、口だけだった」「肝心な時に、飯も食わせられないのか」。そんな兵士たちの嘲笑が、聞こえてくるようだった。

 私は、氷の塊と化したカボチャの一つを、両手でそっと持ち上げた。ずしりと重い。そして、手袋越しにも伝わってくる、魔力の残滓を帯びた刺すような冷たさ。

 この冷たさは、知っている。

 実家で、ただひたすらに「いい子」でいることを強いられていた頃の、私の心の温度だ。誰にも期待されず、ただ利用されるだけの日々。未来など何もないと諦めていた、あの頃の絶望。

 ボルコフの悪意は、私をあの頃に引き戻そうとしている。お前がどれだけ頑張っても、結局はこうやって全てを奪われるのだと、嘲笑っている。

 ふつふつと、腹の底から静かな怒りが湧き上がってくる。

 冗談じゃない。

 もう二度と、誰かの悪意に、私の食卓を壊させたりしない。もう二度と、あの冷たい場所には戻らない。

 私は静かに目を閉じた。

 絶望的な状況。だが、私の頭の中では、前世の記憶が猛烈な速さで検索を始めていた。

 冷凍。冷凍野菜。スーパーマーケットの冷凍コーナー。

 なぜ、冷凍野菜は便利なのか。カットされているから?長期保存できるから?それだけじゃない。

 凍らせることで、野菜の細胞壁が壊れる。だから、火の通りが早くなる。味が、染み込みやすくなる。

 ……味が、染み込みやすい?

 私は、目を見開いた。

 そうだ。これは、ただの妨害じゃない。

 これは、最高の煮込み料理を作るための、「下ごしらえ」だ。

 私は、凍ったカボチャを高く掲げ、絶望に沈む料理人たちに向き直った。

 「皆様」

 私の静かな声に、全員の視線が集まる。

 「心配は要りません」

 私は、唇の端に、挑戦的な笑みを浮かべた。

 「これは、神様がくれた贈り物ですわ」

 そうだ、まだ手はある。

 ううん、違う。

 これこそが、最高の道筋だ。

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