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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第223話 温と鋼の作戦会議

 氷魔の兆候が確認された翌日、公爵邸の戦略室に、主要な顔ぶれが揃った。

 アレス様、軍務長官、情報主任、ダニエル軍医、ブランドン、元家令で今は設備担当、そして私。壁一面に広げられた北境地図には、黒氷が観測された地点が赤い印で打たれている。

「本題に入る」

 アレス様が開口一番そう告げた。

「現状。黒氷の出現と、氷魔とみなして差し支えない影の反応を確認した。放置はできない」

 軍務長官が続ける。

「通常の魔獣と同列に扱うのは危険です。接近するだけで兵の魔力を奪う相手に、これまで通りの行軍は通用しません」

「だからこそ、兵站から見直す必要がある」

 ダニエルが私の方を見る。

「兵の魔力循環と体温を安定させ、氷魔に吸われる余地を減らす施策が不可欠です」

「準備は進めています」

 私はうなずき、持参した紙束を机に広げた。

「新しい携行食と前線補給所の案です。まず携行食から」

 紙には簡潔な図と手順が並ぶ。

「一つ目は、高密度雑穀パン。冷えても噛み切れる固さで、胃に重すぎない配合にしました。二つ目は濃縮スープの素。干し肉と豆、根菜を乾燥粉末にして固め、湯を注ぐだけで高栄養のスープになります。三つ目は甘塩味の干し果実とナッツのブロック。魔力消耗時の即効性を重視しました」

「材料は特別なものではないな」と軍務長官。

「はい。領内で常時調達可能なものだけです。前線でも補充できます」

 数名の将校が試食用の小片を手に取り、慎重な顔で口に運ぶ。

「噛みごたえはあるが、嫌な硬さではない」

「スープは濃いが、寒地ならむしろありがたい」

 反応は悪くない。

「問題は調理の手間だ」と情報主任。

「戦闘前後に湯を沸かす余裕があるか」

「そこで前線補給所の案です」

 私は次の図面を示した。

「通常の野営地から一段下がった位置に、雪洞型の補給所を設置します。魔導石と断熱材を組み合わせた簡易保温槽を置き、外から熱と光が漏れないようにする構造です」

 元家令が頷く。

「雪を使った断熱構造なら、この地では最も自然で目立ちませんな。排気も別方向に逃がせば煙も上がりません」

「その中でスープを温め、兵は交代で短時間ずつ入り、温食を取って体勢を整えてから前線に戻ります。滞在時間は一人十分以内。補給所はあくまで影の拠点です」

 軍務長官が腕を組む。

「匂いの問題は」

「蓋付きの鍋を使います。配膳の瞬間以外は封じる。外に漏れる匂いは最低限に抑えられます」

「敵に位置を悟られれば本末転倒だ」と情報主任。

「ですから設置場所は地形偵察と合わせて選定します。雪庇や岩陰を利用し、接近路も複数のパターンを用意する。そこは軍の皆様の領分です」

 私は視線でバトンを渡した。

「ふむ」

 軍務長官は地図に目を落とし、いくつかの候補地点を指先でなぞる。

「この尾根の裏と、この窪地なら視界から外れる。三か所設ければ輪番制で運用可能だ」

「補給所の設営と運営には、公会から選抜した者を付けよう」とブランドン。

「料理と衛生に慣れた人間を現地に送るべきです」

「ただし非戦闘員を危険区域に置く判断には慎重を要します」と情報主任。

「護衛班をつける。撤退経路も確保する。それが条件だ」とアレス様。

 全員が異論なく頷いた。



「では、氷魔への直接対処についてだ」

 場の空気が一段引き締まる。

「偵察結果では、黒氷柱を中心に影の群れが集まっていた」と軍務長官。

「中心核が存在すると見てよさそうです。それを破壊すれば発生源を断てる可能性がある」

「核への突撃部隊が必要になります」とダニエル。

「しかし、核周辺は魔力吸収の影響が最も強い。中途半端な状態で近づけば、戦う前に力を奪われます」

「だからこそ、その手前に雪洞補給所を置く」

 私は補給線の図を指した。

「ここから先に進む兵全員に、温食と温飲を行き渡らせた状態で送り出す。戻ってきた兵から優先的に再補給。削られた分を素早く戻す仕組みを作れば、持久戦にも耐えられます」

「熱源はこちらで用意する」と元家令。

「魔導工房に簡易保温槽の試作を急がせます」

「良いだろう」

 アレス様が全体を見渡した。

「まとめる。今後一週間で、以下を実行する」

 一本一本、指で机を叩きながら列挙する。

「偵察隊第二陣の編成。新型携行食を携行させ、効果を検証」

「魔導技師と共同で雪洞型補給所の試作。候補地点に小規模設営し、運用テスト」

「温食公会から補給要員を選抜し、軍の補給部隊に編入する。指揮系統は軍に従うが、運営方法は公会標準に基づく」

「氷魔と推定される存在への戦術案を軍務長官と詰める。核破壊部隊の候補選定」

「全兵に対し、魔力循環と体温維持の簡易指針を通達。空腹のまま前線に立たないことを徹底させる」

 軍務長官、ダニエル、ブランドンが次々と「了解」と答えた。

「レティシア」

「はい」

「お前は携行食と補給所運営マニュアルの最終案を三日でまとめろ。現場の者でも一読で理解できる形でだ」

「やります」

「今回は、温かい食事が理想論かどうかを問われる戦いになる」と情報主任。

「結果を出せば、軍全体の常識が変わります」

「出します」

 私の返事は短く、はっきりしていた。



 会議が散会し、皆がそれぞれの持ち場へ向かう。私も資料を抱え、公会本部に戻ろうとしたところで、背後から呼び止められた。

「レティシア」

 振り返ると、アレス様が一人残っていた。

「あなたも戻らないのですか」

「すぐ戻る」

 彼は一歩近づき、声を落とした。

「前線の補給案。よく考えられている」

「ありがとうございます」

「だが一つだけ確認する」

「何でしょう」

「お前がまた自分の体力を無視して動くことは、今回はないな」

 真正面から釘を刺され、思わず苦笑した。

「ありません。今度は、任せるところは最初から任せます」

「ならいい」

 それだけ言うと、彼は踵を返し、執務室を後にした。

 私はその背中を一瞬見送ってから、公会本部へ向かって歩き出した。

 作るべきものは決まった。あとは、形にするだけだ。

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