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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第206話 銅貨一枚の尊厳

 共同での調理が始まって食堂の運営は驚くほど順調に回り始めていた。村の女性たちはすっかり調理場の主役となり、レオやゲルトは彼女たちの知恵を尊重しながら、衛生管理や効率的な調理法を教える良き助言者となっていた。

 その日の昼下がり、スープの配給が一段落した集会所で、私はレオとゲルト、そして調理の中心となっている女性たち数人を集めた。

「皆さん、いつもありがとうございます。おかげさまで、食堂の評判も上々のようですね」

「いえいえ、公爵夫人様とレオさんたちのおかげだよ」

 女性の一人が、はにかみながら答える。集会所の空気は、私たちが最初に来た時とは比べ物にならないほど温かいものになっていた。その空気をあえて断ち切るように、私は静かに、しかしはっきりとした声で告げた。

「そこで、皆さんに一つご提案があります。明日から、このスープは有料にします」



「ええっ!?」

 私の言葉に、その場にいた全員が凍りついた。一番に声を上げたのは、女性たちのまとめ役となっているアンナだった。

「な、なんでだい! みんな、ただで貰えるからこんなに喜んでるんじゃないか。お金を取るなんて言ったら、誰も来なくなっちまうよ!」

「そうです、公爵夫人!」とレオも慌てて口を挟む。「あまりにも急すぎます。村の人たちも、ようやく心を開き始めたところなのに…」

 彼らの反発は当然だった。私は、その動揺を静かに受け止めてから、ゆっくりと説明を始めた。

「皆さんの言うことも分かります。ですが、聞いてください。これは施しではありません。あなた方の『食堂』なのです」

 私は、集まった全員の顔を一人一人見渡した。

「いつまでもわたくしたちが食材を提供し続けるわけにはいきません。この場所を、本当に皆さんのものとして、未来へ繋いでいくためには、自分たちの手で稼いだお金で、この場所を維持していく必要があります」

「なるほどな」

 腕を組んで黙って聞いていたゲルトが、低い声で呟いた。

「いつまでもあんたに頼り切りじゃ、結局何も変わらねえってことか。施しを受けてるっていう、根っこは同じだってことだな」

「その通りです、ゲルト」

 私は頷いた。「自分たちの労働の対価として、正当なお金を受け取る。そのお金で、新しい食材を買い、この場所をより良くしていく。その循環こそが、本当の意味での自立に繋がるのです」

 私の真剣な眼差しに、女性たちの間の動揺が少しずつ収まっていく。アンナが、おずおずと尋ねた。

「…ですが、公爵夫人様。この村には、その日食べるものにも困っている者もおります。お金なんて、とても払えやしない者も…」

「もちろん、その点も考えています」

 私は、この提案の最も重要な部分を語り始めた。

「料金は、銅貨一枚。このスープの価値を考えれば、破格の値段です」

「銅貨一枚…」

「そして、その銅貨一枚さえ払うのが難しい方は、労働で支払うことができるようにします」

「労働で?」

「ええ。例えば、お皿を十枚洗う、薪を二束割る、集会所の床を掃除する。そういった労働が、銅貨一枚と同じ価値を持つことにするのです」

 私のその提案に、レオがはっとしたように顔を上げた。女性たちも、驚きに目を見開いている。

「働くことで…払えるのかい」

「もちろんです。それは、お金と同じくらい尊い対価ですから。誰一人として、お金がないことを理由に、温かい食事を諦める必要はありません」



 翌日、集会所の入り口には、レオが書いた拙いが丁寧な文字で、新しいルールが書かれた木の板が立てられた。『本日のスープ:銅貨一枚(お皿洗い十枚、または薪割り二束でもお支払いいただけます)』

 その告知を見た村人たちの反応は、様々だった。

「おい、今日から金取るってよ」

「ちぇっ、やっぱりタダより高いものはねえってことか」

 不平を漏らす男もいた。しかし、多くの村人は、その値段を見て驚いていた。

「銅貨一枚だってさ。まあ、あの具沢山のスープなら、むしろ安すぎるくらいだが…」

「金がねえやつは薪割りでもいいらしいぜ。…どうする?」

「……ったく、仕方ねえな。腹は減ってるし、ちょっと薪でも割ってくるか」

 昼時になると、数人の男たちが、照れくさそうに集会所の裏手で斧を振るい始めた。彼らはスープを受け取ると、誰に言うでもなく「ごちそうさん」と呟き、それぞれの家へと戻っていく。その背中には、昨日までの「施しを受ける者」の卑屈さはなかった。

 私は、集会所の窓からその光景を静かに眺めていた。村長が、少し離れた場所から、腕を組んでその様子をじっと見つめている。彼の表情はまだ硬い。だが、その視線には、昨日までとは違う、確かな関心の色が浮かんでいた。



 その仕組みは、驚くほどスムーズに村に定着していった。食堂の隅に置かれた、古いガラス瓶。その中に、毎日少しずつ銅貨がたまっていく光景は、村人たちにとって、自分たちの共同作業が初めて目に見える形になった瞬間だった。

 月末の夜、私はレオと共に、集会所の片隅で最初の収支計算を行っていた。蝋燭の頼りない光が、帳簿の上の数字を照らし出す。

「公爵夫人、見てください! この数字…!」

 レオが、興奮を抑えきれないといった声で帳簿を指さした。

「ええ、素晴らしいわ。予想以上の成果です」

 食材の原価を差し引くと、まだわずかに赤字だった。しかし、村人たちが自分たちの畑で採れた野菜を物々交換のような形で提供してくれたおかげで、その赤字幅は驚くほど小さいものになっていた。

「赤字は赤字ですけど…でも、これなら来月には…!」

「ええ、来月には黒字化できるでしょう。これは、シルヴァン村の皆さんが、自分たちの力で稼いだ最初の利益よ」

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