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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第205話 協力者

 私たちが集会所の前に大きな鍋を準備し始めると、どこからともなく子どもたちが駆け寄ってくる。もう、物陰から様子を窺う者はいない。彼らにとって、この広場は温かいスープがもらえる、楽しい場所になっていた。

「奥様、おはようございます!」

「今日のスープはなあに?」

 その屈託のない笑顔に、レオや他の若い料理人たちの表情も自然と和らいでいく。村の大人たちは、まだ遠巻きにその光景を眺めているだけだ。しかし、その視線には、初日や二日目に感じたような、刺すような敵意はもうなかった。代わりに、どうしたものか決めかねているような、戸惑いと好奇心が混じっている。

 ゲルトが薪をくべて火力を上げると、鍋から白い湯気が立ち上った。その湯気が、まるで合図であるかのように、村の空気を動かした。



 数人の村の女性たちが、ためらうような足取りで、私たちのいる広場へと向かってくる。先頭に立つのは、日に焼けた顔つきの、四十代くらいの女性だった。彼女たちは、鍋から少し離れた場所で足を止めると、決心が鈍らないうちにといった様子で、口を開いた。

「……あの」

 代表の女性の声は、少しだけかすれていた。

「わ、わしらにも、何か手伝わせてはくれんだろうか」

 その言葉を、私は待っていた。私はゆっくりと立ち上がると、彼女たちに向かって微笑んだ。

「ええ、もちろんです。お待ちしておりました」

「え?」

 私の予想通りの返答に、女性は虚を突かれたような顔をした。

「わしらは、ただ、その……。子どもらが世話になったで、鍋洗いや薪割りでも手伝おうかと…」

「それも助かります。ですが、もっとお願いしたいことがあるのです」

 私は、自分が立っていた鍋の前の場所を、一歩下がって譲った。そして、手にしていた大きな木べらを、彼女に差し出した。

「これを。あなた方の味を、わたくしたちに教えていただけませんか」

「わ、わしらの味? わしらはただの村の女で、料理人なんかじゃ…」

「ここは、皆さんの食堂になる場所です。ならば、ここの料理は、皆さんの味であるべきでしょう?」

 私のきっぱりとした言葉に、女性たちは互いの顔を見合わせた。その瞳に浮かんでいるのは、深い戸惑いと、そしてほんの少しの、誇りをくすぐられたような光だった。



「さあ、どうぞ」

 私が木べらを差し出したまま動かずにいると、代表の女性は、意を決したようにそれを受け取った。長年の労働で節くれだった、力強い手だった。

「レオ、ゲルト。あとはお願いします」

「は、はい!」

「おうよ」

 レオとゲルトは私の意図をすぐに理解し、サポートに回る。女性たちは、自分たちが鍋の前に立たされたことに、まだ戸惑いを隠せないようだった。

「で、でも、わしらは何をすれば…」

「まずは、手を洗いましょう。美味しい料理の基本です」

 レオはそう言うと、自分たちの調理台に用意していた清潔な水桶と布を、彼女たちに差し出した。威圧的ではなく、ただ当然の手順として示すその態度は、彼女たちのプライドを傷つけない。

「それから、これはカブですな。良いカブだ。こいつは皮の近くが一番美味い。厚く剥きすぎるのはもったいないですよ」

 女性の一人が、おずおずと差し出した村のカブを手に取り、ゲルトがこともなげに言う。

「へえ、そうなのかい。わしらはいつも、ごっそり剥いちまってたよ」

「もったいねえ。料理ってのは、食材を使い切ってこそ、一人前ってもんです」

 その、ぶっきらぼうだが実用的な助言は、彼女たちの警戒心を少しずつ解きほぐしていった。



「いつものスープは、どうやって作るのですか?」

 私の問いかけに、女性たちは顔を見合わせた後、一人が口を開いた。

「そうさねえ。このカブと、あとは干した豆を、ただ塩で煮るだけだよ。肉なんて、祭りの時くらいしか入らねえ」

「なるほど。では、そのスープを作りましょう。ただし、今日はゲルトの持ってきた塩漬け肉と、わたくしたちの香草を少しだけ加えてみませんか」

「そんな、いいのかい?」

「ええ。これは、皆さんの知恵と、わたくしたちの技術を合わせる、最初の共同作業ですから」

 私の言葉に、女性たちの顔が、ほんの少しだけ輝いたように見えた。

 その日の調理は、これまでとは全く違うものになった。女性たちが慣れた手つきで野菜を切り、レオがそれを効率的に鍋へ投入するタイミングを教える。ゲルトは、塩漬け肉から出る灰汁を丁寧に取り除きながら、煮込み加減に目を光らせる。

「おい、姉さん。この干しキノコを少し入れると、もっと味が出るだよ。うちの爺さんの知恵だけど」

 一人の若い女性が、自分のスカートのポケットから取り出した、小さな布袋を見せながら言った。

「まあ、素晴らしい。ぜひ、入れてください」

 私が笑顔で促すと、彼女は誇らしげに、その黒いキノコを鍋の中へと加えた。

 それはもう、私たちが一方的に与えるだけの炊き出しではなかった。様々な知恵と技術が混ざり合い、新しい一つの料理が、この場所で生まれようとしていた。

 やがて、スープが完成した。味見をしたレオが、驚きに目を見開く。

「美味しい……! 昨日までのスープとは、味の深みが全く違う…!」

 その言葉に、女性たちは、はにかむように、しかし、とても嬉しそうに笑った。その顔には、もう朝の戸惑いや警戒の色はなかった。自分たちの手で、美味しいものを作り上げたのだという、確かな達成感が満ちていた。

 その日の昼、完成したスープは、子どもたちはもちろん、遠巻きに見ていた男たちの一部も、渋々と列に並んで受け取っていった。村長はまだ動かない。だが、集会所の入り口からこちらを眺めるその表情が、昨日までとは明らかに違って見えた。

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