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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第186話 解体

「奥様、ご報告いたします。昨日付で、裁判所よりアレスティード公爵家の法務部が、元ラトクリフ伯爵家の正式な管財人に任命されました。これより、判決に基づき、全資産の現金化と債権者への再分配を開始いたします」

 ロイド氏の声は、まるで精密な機械の作動音のように、一切の感情を排していた。彼の言葉は、これから行われることが復讐や懲罰ではなく、ただ法という名のルールに則った、純粋な事務手続きであることを示していた。

「ご苦労様です。全て、あなた方にお任せします」

 私の返答もまた、事務的だった。私はもう当事者ではない。この手続きにおいては、アレスティード家の代表という名の、静かな監督者に過ぎないのだ。

「はっ。まず手始めに、王都の屋敷に残された動産の目録作成に着手しております。家具、美術品、宝飾品、蔵書に至るまで、資産価値のあるものは全てリスト化し、来月行われる公式競売に出品する手筈です」

 淡々と語られる計画を聞きながら、私の脳裏にかつての家の光景がぼんやりと浮かんだ。継母が客人に自慢していた豪奢な花瓶、父が書斎で撫でていた年代物の地球儀。それらが今、専門家の冷徹な鑑定眼によって値踏みされ、ただの「品目」として羊皮紙の上に記されている。

「何か、奥様が個人的に引き取りたいとお考えの品はございますか。法的な手続きを踏めば、それも可能ですが」

 ロイド氏の配慮のこもった問いかけに、私は静かに首を振った。

「いいえ、何もありません。あそこにあるものは全て、もはや過去の遺物です。わたくしには不要なものばかりですから」

 その言葉に嘘はなかった。私の心は、本当に何も動かなかった。思い出も、執着も、全てあの家を出た日に置いてきたのだ。



 解体作業は、恐ろしいほどの効率で進められていった。私はその詳細を、ブランドンが毎日届けに来る簡潔な報告書で知るだけだった。

『本日、美術品鑑定士による査定が完了。絵画三十七点、彫刻品十二点、その他装飾品百二十一点の評価額が確定』

『本日、宝飾品鑑定士による査定完了。対象品、計二百五品。うち数点は、継母殿が申告していたものより低い評価額となりました。理由は、中央の宝石が模造品にすり替えられていたため、とのことです』

 その報告を読んだ時、私の口元に乾いた笑みが浮かびそうになるのを抑えた。見栄と虚飾にまみれたあの家の最後を、象徴するような話だった。

 そして、競売の日がやってきた。私は当然、その場には赴かなかった。結果は、翌日届けられた分厚い報告書で知った。そこには、品目ごとに、誰がいくらで落札したかという情報が、無機質な文字でびっしりと並んでいた。

『象牙のチェスセット:落札者バークレイ子爵、落札価格金貨三百枚』

『東方渡来の青磁の花瓶:落札者ヴァインベルク伯爵家、落札価格金貨五百五十枚』

 かつて、あの家の権威と体面を飾っていた品々が、次々と冷たい「数字」に変換されていく。その数字の羅列を眺めていても、私の心は不思議なほど凪いでいた。それは、私が冷酷になったからではない。これらの品々が、ようやく本来あるべき価値へと還元され、正しい持ち主の元へと渡っていく。その当然のプロセスを、ただ静かに肯定しているだけだった。

 報告書の最後の頁には、全ての売却益を合計した最終的な金額が記されていた。それは、私の想像を遥かに超える額だった。



 資産の現金化が完了すると、次の段階へと移行した。集まった資金を、債権者リストに従って再分配する作業だ。

 ロイド氏が作成した「債権分配計画書」には、百名を超える債権者の名前が、法で定められた優先順位に従って並べられていた。リストの最上位にあったのは、やはり元使用人たちの名前だった。そして、その次に、これまで父の無理な注文や代金の踏み倒しに苦しめられてきた、王都の商人たちの名前が連なっていた。

「本日より、各債権者への支払いを順次開始いたします」

 書斎で報告を受けたアレス様は、その計画書に一度目を通すと、ただ静かに頷いた。

「遅延損害金も、法の上限まで加算されているな。結構だ。速やかに実行しろ」

 その短い命令一下、アレスティード公爵家の法務官たちが、王都の街へと散っていった。彼らは、債権者一人一人を直接訪問し、長年焦げ付いていた債務を、遅延損害金を含めた全額、現金で支払って回ったのだ。

 その結果は、数日後、ブランドンによって私の元へもたらされた。

「ご報告いたします。本日までに、主要な債権者への支払いがほぼ完了いたしました」

 彼は、手にしたメモに目を落とし、淡々と続けた。

「服飾店の主人は、これでようやく廃業を免れると、法務官の前で涙を流していたそうです。また、長年ワイン代を踏み倒されていた酒造家の主人は、受け取った金で、息子を王都のアカデミーへやることができると、何度も頭を下げていた、と」

「そうですか」

 私は静かに相槌を打った。その光景を想像しても、私の心に感傷は生まれなかった。ただ、歪んでいたものが、あるべき形に正されていく。その事実だけが、静かな満足感となって胸に広がった。

 父が、見栄と体面のために踏みにじってきた人々の人生が、公平なルールという名の力によって、一つ、また一つと、静かに修復されていく。それは、どんな言葉による謝罪よりも、ずっと誠実で、確かな償いの形だった。

 私は、ブランドンが置いていった最後の報告書を手に取った。そこには、支払い完了の印として、債権者たちの署名が並んでいた。その一つ一つの署名が、ラトクリフ伯爵家という一つの家の歴史に、法的な意味での、完全な終止符を打っているように見えた。

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