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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第179話 数字が語るもの

 噂戦の熱狂が過去のものとなり、季節は静かに冬の深まりを見せていた。私が設立した公会の基金はすでに稼働を始めており、その日、私の手元には奨学金制度の第一期生として採用が決定した若者たちのリストが届けられていた。レオが熱心に推薦していた、港町の貧しい食堂の娘の名前がそこにあるのを見つけ、私の口元には自然と笑みが浮かんだ。悪意から生まれた金が、こうして具体的な未来への切符に変わっていく。その確かな手応えが、私の心を静かに満たしていた。

 騒動は、結果としてアレスティード領と公会に、予想以上のものを残してくれた。私たちの結束はより強固になり、街は一致団結して得た勝利の記憶によって、確かな自信と誇りを手に入れた。もはや、これ以上のものは望むべくもない。私はそう思っていた。



 その日の午後、アレス様に呼ばれて書斎へ向かうと、そこには執事長のブランドンも控えていた。部屋の空気はいつも通り静かだったが、どこか張り詰めたような、普段とは違う気配が漂っている。

「お待ちしておりました、奥様」

 ブランドンが深々と一礼する。アレス様は執務机の向こうで、一通の封書を指先で弄んでいた。それは厚手の上質な羊皮紙でできており、蝋印には王家の紋章に並ぶ、天秤と剣を意匠とした荘厳な印が押されていた。

「王家の貴族管理局からだ」

 アレス様は、私の疑問を見越したように、低い声で言った。貴族管理局。それは、王国内の全貴族の家格や功績を査定し、その格付けを管理する、極めて権威のある中央官庁だ。通常の領地運営に関する報告や陳情とは全く違う、一方的な評価を通達してくるだけの、いわば貴族社会の成績表を作成する機関。そこからの書簡など、滅多にあるものではない。

 アレス様は、ペーパーナイフで慎重に封を切ると、中の文書に静かに目を通し始めた。彼の表情は、いつものように読み取ることができない。ただ、その灰色の瞳が、羊皮紙に記された文字の列を、ゆっくりと、そして注意深く追っているのが分かった。

 やがて彼は顔を上げると、その文書を私の方へ、音もなく滑らせた。

「読んでみろ」

 その声には、感情が乗っていなかった。私は、少しの緊張と共にその羊皮紙を手に取った。そこには、およそ人の手で書かれたとは思えないほど、正確で無機質な美しい文字が並んでいた。



 内容は、極めて事務的なものだった。

『先日、アレスティード公爵領内にて発生した、悪質なデマによる騒乱事案について』という書き出しで始まり、続く文章では、今回の私たちの対応が、驚くほど詳細に、そして客観的に分析されていた。

 特に、公会の会計情報を全面的に公開し、事実をもって噂を鎮静化させた私の手法については、『旧来の権威に頼ることなく、透明性と論理をもって領民の信頼を獲得した、新しい時代の統治の好例である』と、最大級の賛辞が記されていた。そして、その結果として領内の秩序が速やかに回復し、経済活動への影響も最小限に抑えられたことを高く評価すると結ばれている。

 そして、最後の段落に、その結論が記されていた。

『以上の功績を総合的に評価し、現行の貴家信用指数A+を、最高位であるSランクへと格上げすることを、本日付で正式に決定した』

「……Sランク」

 私の口から、思わず声が漏れた。その一つのアルファベットが持つ重みを、私は知識として知っていた。それは、単なる名誉ではない。王国における経済活動、他領との外交、そして王家からの信任において、絶大な影響力を持つ、最高の格付けだ。

 私の驚きを察したように、ブランドンが静かに補足した。

「奥様。Sランクの評価は、現在、王国全土の貴族の中でも、公爵家を含めわずか三家しか与えられていない、絶対的な信用の証です。これは、我々が勝ち得た勝利の、最も客観的な証明と言えましょう」

 その言葉を聞き、私はもう一度、羊皮紙に目を落とした。そこには、感情の入る余地のない、冷徹な事実だけが記されている。王都の記者からの賞賛も、領民たちの喝采も嬉しかった。だが、この、無機質な数字と記号による評価こそが、私たちの行動が間違いではなかったということを、何よりも雄弁に物語っているように思えた。

 私は顔を上げ、執務机の向こうのアレス様を見つめた。彼は、ただ静かに、私を見返している。

「数字が、我々の正しさを証明した。ただ、それだけのことだ」

 その、どこまでも彼らしい言葉が、私の胸にすとんと落ちた。そうだ、これは奇跡でもなければ、幸運でもない。私たちが、一つ一つ積み上げてきた事実が、当然の結果として評価されたに過ぎないのだ。

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