第156話 離反する取り巻きたち
アレスティード公爵家がラトクリフ伯爵家に訴訟を起こし、そして、圧勝した。
その事実は、私が予想していたよりもずっと早く、そして広く、王都の貴族社会に知れ渡ったらしい。王国で最も強大な貴族の一つを公然と敵に回し、その上で見事なまでに返り討ちにあったのだ。もはや、ラトクリフ伯爵家の信用と体面が、完全に地に落ちたことは誰の目にも明らかだった。
北の地にある私の日常は、そんな王都の喧騒とは無縁だった。温食公会の運営は順調で、加盟を希望する店は後を絶たず、私は連日その対応と講習会の準備に追われていた。私の時間は、過去を清算するためではなく、未来を築くためにある。
そんなある日の午後、執務室で会計報告書に目を通していると、侍女長のフィーが、興奮した様子で駆け込んできた。その手には、王都の実家に出入りしていた商人から届いたという、分厚い手紙が握られている。
「奥様! 大変ですわ! ラトクリフ伯爵家が、いよいよ大変なことになっているそうです!」
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フィーがまくし立てるように語る内容は、私の想像を少しも超えないものだった。
「なんでも、公爵家との裁判に負けたという噂が広まった途端、これまで伯爵様に取り入っていた方々が、蜘蛛の子を散らすようにいなくなったそうですのよ」
父の周りには、常に甘い汁を吸おうとする取り巻きたちが集まっていた。彼らは父の肩書きと、いずれ手に入るかもしれない利益のために、その機嫌を取り結んでいたに過ぎない。その父が、もはや何の力も持たないと分かった今、彼らが離れていくのは当然の結果だった。
「それに、これまで辛抱強く返済を待っていた債権者の方々も、一斉に返済を迫っているとか。もはや夜逃げ寸前ですわ、きっと!」
金の切れ目が縁の切れ目。実に分かりやすい話だ。私は、フィーの興奮をよそに、ただ静かに相槌を打った。
「そう。当然の結果ね」
「まあ、奥様は冷静ですのね! わたくしなら、嬉しくてお祝いのパイでも焼いてしまいますのに!」
フィーは少し不満そうに唇を尖らせたが、すぐにまた楽しげなゴシップの続きを話し始めた。彼女が最も伝えたかったのは、おそらく、これから話す継母の末路なのだろう。
「そして、継母様ですわ! あれほど執着なさっていた社交界から、完全に締め出されたそうですのよ!」
これまで、どんなに家計が苦しくても、継母は夜会や茶会への参加だけは決してやめようとしなかった。それが、彼女の唯一のプライドであり、存在意義だったからだ。
「どなたも、もうラトクリフ伯爵夫人を招待しようとはしないのですって。侯爵家からも、子爵家からも、一通の招待状も届かない。彼女の名前は、あらゆる夜会の招待客リストから、綺麗さっぱり消されてしまったそうですわ」
「……そう」
「ええ! ですから、継母様は毎日お屋敷で、ただヒステリーを起こしているだけだとか。聞こえよがしに、『これも全て、あの恩知らずな娘のせいだ』と、奥様のことを罵っていると」
その言葉を聞いても、私の心は少しも動かなかった。
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フィーが興奮冷めやらぬ様子で部屋を出て行った後、私は一人、窓の外に目を向けた。公会本部の前を、仕事帰りの人々が家路へと急いでいく。その顔は、一日の労働を終えた満足感で、穏やかに見えた。
父も、継母も、まだ分かっていないのだ。彼らが失ったものが、金や、地位や、見栄といった、薄っぺらなものではないということを。
彼らが本当に失ったのは、他者との間に結ばれる、信頼という名の見えない糸だ。
取り巻きたちは、父の権力を信頼していた。債権者たちは、伯爵家という名前が持つ返済能力を信頼していた。社交界の貴婦人たちは、ラトクリフ家が保っているはずの体面を信頼していた。
そして、父たちは、その全ての信頼を、自らの手で裏切った。ただ、目先の利益と、虚しいプライドのために。
だから、人が去っていく。ただ、それだけのことだ。
王都の、あの薄暗い屋敷で、父と継母は今、完全に孤立している。誰からも見捨てられ、誰にも助けを求めることができず、ただ二人きりで、自分たちが招いた当然の報いを、受け止めている。
その光景を想像しても、私の胸に、憐れみの感情はひとかけらも湧いてこなかった。
私は、彼らを赦さない。だが、同時に、もう憎んでもいない。
彼らは、もはや、私の人生とは何の関係もない、遠い世界の住人なのだ。
私は、窓から視線を外すと、再び机の上の書類に目を落とした。次の講習会では、冬に備えた根菜の保存方法について、教えることになっている。そのための資料を、今夜中に、完成させなければならない。




