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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第151話 社交界の凍てつく噂

 温食公会が軌道に乗ってから、私の日常は、かつてないほどの充実感と、心地よい忙しさに満たされていた。講習会の準備、加盟店からの報告書の確認、そして、新しい調理法の開発。やるべきことは山のようにあったが、そのどれもが、この北の地の未来に繋がっているという確かな手応えがあった。

 私のささやかな成功の噂は、どうやらキャラバンに乗って王都まで届いているらしかった。侍女長のフィーが、街の商人から仕入れてきた話を、楽しそうに私に報告してくれた。

「奥様、聞きました? 今や王都の商人たちの間では、北の地の保存食が一番だと評判だそうですわよ。これも全て、公会が品質管理を徹底したおかげですわね」

「まあ、それは嬉しい知らせね」

 私は、その報告に素直に喜びながらも、心のどこかで、冷めた自分がいるのを感じていた。良い噂は、必ずしも、良いことだけを運んでくるとは限らない。特に、その噂が、私の過去を知る者たちの耳に届いた場合は。

 その、漠然とした予感は、数日後、最悪の形で現実のものとなる。



 その日、王都にあるグレイ侯爵夫人の邸宅では、午後のサロンが開かれていた。陽光が降り注ぐ優雅な一室で、着飾った貴婦人たちが、扇子を片手に、お茶と噂話に興じている。その、華やかで、しかし、どこか虚ろな輪の中に、私の継母の姿もあった。

 彼女は、ここ最近の心労がたたっているのか、その顔色は悪く、作り笑いの下には、隠しきれない焦燥感が滲み出ていた。公爵家に嫁いだ娘から何の便りもなく、それどころか、北の地で何か大きなことを成し遂げているらしいという、信じがたい噂。その事実は、彼女のプライドを、ひどく傷つけていた。

 彼女は、甘いケーキを一口運ぶと、わざとらしく、深いため息をついてみせた。

「皆様、聞いてくださる? 実は、北におります、あの娘のことで、わたくし、夜も眠れないほど、心配しておりましてよ」

 その、同情を引こうとする芝居がかった口ぶりに、いくつかの視線が、彼女の元へと集まった。継母は、待ってましたとばかりに、悲劇の母親を演じながら、言葉を続けた。

「あの子、北の、何も知らない田舎者たちを手玉に取って、何やら怪しげな団体を作って、大儲けしているそうですの。公会、とかなんとか、聞こえはよろしいのですけれど」

 彼女は、扇子で口元を隠し、声を潜めた。

「ですが、その実態は、とても口にはできないほど、不衛生なものだとか。わたくし、ラトクリフ伯爵家の娘が、そのような、王都の礼法にもとる、野蛮な行いをしているかと思うと、恥ずかしくて、顔も上げられませんの」

 その言葉に、サロンの空気が、わずかに、どよめいた。好奇心と、悪意に満ちた囁きが、あちこちで交わされる。

「まあ、それは、本当ですの?」

「公爵閣下は、一体、何と?」

 継母は、その反応に満足したように、さらに言葉を重ねた。

「ええ。あの、氷の公爵様も、あの子の作った、殊勝な見せかけの姿に、すっかり騙されていらっしゃるのよ。家の恥を、このような場所で申し上げるのは、心苦しいのですが、皆様には、真実を知っておいていただきたくて……」



 彼女の目論見は、成功したかに見えた。サロンの空気は、完全に、彼女の流した悪意ある噂に支配されつつあった。

 しかし、その空気を、凛とした、一本の声が、静かに、切り裂いた。

「まあ、ラトクリフ伯爵夫人。それは、一体、どなたからお聞きになったのかしら?」

 声の主は、バークレイ子爵夫人だった。彼女は、あの、王宮での晩餐会にも居合わせていた、穏健派の貴婦人だ。彼女は、穏やかな笑みを浮かべたまま、しかし、その瞳は、全く笑っていなかった。

「わたくし、先日、王宮で、レティシア様が国王陛下の御前でお作りになった焼き菓子を、いただきましたけれど。それは、それは見事で、温かく、心のこもった、素晴らしいものでしたわよ」

 その一言で、場の空気が、一変した。

「王宮で? 国王陛下の御前でですって?」

 貴婦人たちの視線が、今度は、驚きと共に、バークレイ子爵夫人に集中する。王宮で認められたという事実は、継母の語る「田舎の、野蛮な行い」という物語とは、あまりにも、かけ離れていた。

 継母の顔から、さっと血の気が引いた。

「そ、それは……何かの、間違いでは。あの子が、そのような、大それたことを」

「間違いなどではございませんわ」

 今度は、別の貴婦人が、冷ややかに口を挟んだ。

「それに、あのアレスティード公爵閣下が、ご自身の領内で、不衛生なものを許すとは、到底、思えませんわ。あの方は、何よりも、規律と秩序を重んじるお方でしょう? 伯爵夫人の仰ることは、少し、辻褄が合いませんことね」

 その、的確な指摘に、継母は、完全に、言葉を失った。彼女の顔は、赤くなったり、青くなったりと、忙しなく色を変えている。

 とどめを刺したのは、再び、バークレイ子爵夫人だった。彼女は、哀れむような視線を継母に向けると、ゆっくりと、しかし、サロンの全員に聞こえるように、はっきりと言った。

「ご自分の娘様の、素晴らしいご活躍を、素直にお喜びになれない方も、いらっしゃるのですね。それどころか、事実を捻じ曲げてまで、その評判を貶めようとなさるなんて……。ラトクリフ伯爵家は、一体、どのような教育をなさっているのかしら」

 その言葉は、決定的な一撃だった。

 サロンの空気は、もはや、継母に対する同情ではなく、あからさまな軽蔑と、冷笑に満ちていた。貴婦人たちは、扇子の影で、くすくすと笑い声を漏らし、彼女に、侮蔑の視線を投げかけている。

 継母は、その、凍りつくような冷たい視線の集中砲火の中で、顔を真っ赤にしたまま、ただ、立ち尽くすことしかできなかった。



 その日の夕方、私は、公会本部の執務室で、フィーから、王都のサロンでの一件を、詳細な報告として聞いていた。

「……というわけで、継母様は、それはもう、見事な恥をかいて、逃げるように、お帰りになったそうですわ。奥様、やりましたわね! これで、少しは、懲りたことでしょう!」

 フィーは、自分のことのように、手を叩いて喜んでいる。

 だが、私の心は、不思議なほど、静かだった。

「いいえ、フィー。これは、まだ、始まりに過ぎないわ」

 私は、窓の外に広がる、北の街の夕暮れを見つめながら、静かに言った。

「彼女たちが、この程度の失敗で、諦めるとは思えない。言葉による攻撃が駄目なら、次は、もっと、直接的な方法で、私たちの邪魔をしてくるはずよ」

 これは、天罰などではない。ましてや、終わりでもない。

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