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【最強】異世界でも「いい子」はやめます。~まずは契約婚した公爵閣下の胃袋を掴んで、私を虐げた家族は塩漬けにします~  作者: 河合ゆうじ


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第136話 空っぽの木箱

 翌朝、私は、宮廷の執務官から、正式な通知を受け取った。


 三日後、国王陛下主催の、特別晩餐会が開催される。そこで、アレスティード公爵夫人レティシアは、北の地で成功を収めたという、その料理の実演を行うこと。招待客は、王族、並びに、王国の重臣たち、およそ三十名。これは、極めて名誉なことである、と。


 その通知書を読み終えた時、私の手は、微かに、震えていた。


 三日。


 たった三日で、この敵地の真ん中で、完璧な料理を作り上げなければならない。しかも、相手は、私のやり方を認めるつもりなど、最初から、全くない人間たちだ。


「奥様、どうなさいますの」


 侍女長のフィーが、不安そうな顔で、私を見上げた。


「やるしかありませんわ、フィー。私たちは、ここまで来たのですから」


 私は、そう答えると、すぐに、準備に取りかかった。


 まず必要なのは、食材だ。私は、王都に到着する前から、北の地で採れた、特別な食材を、いくつか、取り寄せるよう手配していた。雪の下で育てた、甘みの強い野菜。希少な山の香草。そして、アレスティード領でしか手に入らない、燻製の技法で仕上げた、上質な肉。それらは、私の料理の核となる、かけがえのない材料だった。


 私は、執務官に確認した。食材は、今朝、王宮の倉庫に、無事、到着しているという。


 ならば、後は、それを使って、最高の一皿を、作り上げるだけだ。



 晩餐会当日の朝。


 私は、フィーと共に、宮廷の厨房へと向かった。今日は、本番に向けた、最後の準備と、食材の確認をする日だ。晩餐会は、今夜、開かれる。時間は、もう、残されていない。


 厨房に入ると、膳部長アルベールが、相変わらず、冷たい目で、私を迎えた。


「公爵夫人殿。本日の準備は、滞りなく、進んでおります。夫人のお手を煩わせることは、何もございません」


 その言葉には、明確な拒絶の意思が込められていた。私に、厨房に関わらせたくない、という強い意志。


「いいえ、膳部長。私が取り寄せた食材の確認だけは、させていただきます。それは、私の責任ですから」


「……どうぞ、ご自由に」


 アルベールは、渋々といった様子で、私を、倉庫へと案内した。


 王宮の食材倉庫は、広大だった。天井は高く、壁際には、無数の木箱や麻袋が、整然と、積み上げられている。ここには、王国中から集められた、最高級の食材が、保管されているはずだった。


 倉庫の担当者が、記録簿を確認しながら、私に告げた。


「アレスティード公爵領からの荷物は、こちらでございます」


 彼が指し示したのは、倉庫の奥に置かれた、三つの木箱だった。


 私は、その木箱に近づいた。箱には、確かに、アレスティード家の紋章が刻まれた封蝋が押されている。間違いない。これが、私が手配した食材だ。


 私は、フィーに手伝ってもらいながら、最初の木箱の蓋を、開けた。


 その瞬間、私の手が、止まった。


 箱の中には、野菜が入っていた。だが、それは、私が取り寄せた、雪の下で育った、甘くて、瑞々しい野菜では、なかった。


 そこに詰められていたのは、泥にまみれ、一部が腐りかけた、明らかに質の悪い、屑野菜だった。人参は、ひび割れて、芯が黒ずんでいる。大根は、ぶよぶよに柔らかくなり、異臭を放っている。キャベツは、外側の葉が、茶色く変色し、虫食いの跡が、無数に、残っていた。


 私は、息を呑んだ。


 これは、何かの間違いだ。そう思いたかった。


 だが、次の木箱を開けた時、その希望は、完全に、打ち砕かれた。


 二つ目の箱に入っていたはずの、希少な山の香草は、既に、完全に枯れ果てていた。本来なら、鮮やかな緑色をしているはずの葉は、茶色く萎び、触れると、ぼろぼろと、崩れ落ちた。その香りも、失われている。


 そして、三つ目の箱。


 そこには、燻製の肉が入っているはずだった。だが、箱を開けた瞬間、鼻を突く、腐敗臭が、立ち込めた。中に入っていたのは、変色し、表面に粘り気のある液体が浮いた、明らかに腐った、食用には適さない肉の塊だった。


「これは……」


 フィーが、蒼白な顔で、私を見た。


「奥様、これは、あまりにも、ひどすぎます!」


 私は、立ち上がると、倉庫の担当者を、睨みつけた。


「これは、どういうことですか。私が手配した食材は、どこにあるのです」


 担当者は、困惑した様子で、記録簿を確認した。


「い、いえ、記録によれば、これが、アレスティード公爵領から届いた荷物で……」


「嘘をおっしゃい! これが、私の領地から送られてきたものだというのですか!」


 私の声が、倉庫に響き渡った。


 その時、背後から、膳部長アルベールの、冷たい声が聞こえた。


「公爵夫人殿。大変、お気の毒ですが、これは、貴女様がご自身で手配なさった食材。輸送の途中で、何か、問題があったのでしょう。我々、宮廷の者は、一切、関知いたしません」


 彼の声には、同情の色など、微塵も、なかった。むしろ、そこには、冷たい満足感すら、滲んでいた。


 私は、悟った。


 これは、すり替えだ。


 私が手配した、本物の食材は、王宮に届く前に、あるいは、届いた後に、誰かの手によって、密かに、抜き取られたのだ。そして、その代わりに、この、使い物にならない屑が、詰め込まれた。


 完璧な、妨害工作。


 しかも、記録上は、これが正式に届いた荷物だと記載されている以上、私には、何の証拠もない。誰かを訴えることも、できない。


 私は、木箱の前に、立ち尽くした。


 晩餐会は、今夜、開かれる。時間は、もう、数時間しか、ない。


 そして、私の手元には、使える食材が、何一つ、残されていなかった。



 厨房に戻った私を、料理人たちが、遠巻きに、見ていた。


 その目には、同情などなかった。むしろ、予想通りだ、とでも言いたげな、冷たい嘲笑の色が、浮かんでいた。


 膳部長アルベールが、私の前に立った。


「公爵夫人殿。大変、残念ですが、このような状態では、本日の晩餐会で、料理を披露することは、不可能でしょう。国王陛下には、私から、事情を説明いたします。夫人の責任ではない、輸送の手違いだ、と」


 その言葉は、表面上は、私を庇うものだった。だが、その真意は、明らかだった。


 お前は、失敗したのだ。


 この王宮という舞台で、お前の料理など、最初から、通用しなかったのだ、と。


 フィーが、私の袖を、強く、握った。彼女は、悔しさで、涙を浮かべている。


 私は、深く、息を吸い込んだ。


 そして、冷静に、周囲を見渡した。


 厨房の奥には、巨大な貯蔵庫がある。そこには、宮廷で日常的に使われている、ありふれた食材が、大量に、保管されているはずだ。


 私は、膳部長に、まっすぐに、視線を向けた。


「膳部長。宮廷の貯蔵庫に保管されている食材の、リストを、今すぐ、提出してください」


 アルベールの眉が、わずかに、動いた。


「……何をなさるおつもりですか」


「私は、まだ、諦めていません。今、ここにある材料で、料理を作ります」


 その言葉に、厨房中の料理人たちが、ざわついた。


 アルベールは、鼻で笑った。


「夫人。宮廷の貯蔵庫にあるのは、小麦粉、塩漬けの豚肉、干し豆、チーズ。そのような、ありふれた材料ばかりですぞ。それで、国王陛下の前で出せるような、料理が、作れるとでも?」


「作ってみせます」


 私は、一歩も引かなかった。


「ですから、リストを、今すぐ、お出しください。時間が、ありません」


 アルベールは、私の目を、じっと、見つめた。そして、やがて、諦めたように、肩をすくめると、若い料理人に、命じた。


「リストを持ってこい。夫人が、どうしても、とおっしゃるのだ」


 数分後、私の手元には、貯蔵庫の食材リストが、手渡された。


 私は、それを、素早く、目で追った。


 小麦粉、二十キロ。塩漬けの豚肉、五キロ。干し豆、十キロ。チーズ、三キロ。玉ねぎ、人参、じゃがいも。どれも、保存が効く、ありふれた、家庭的な食材ばかり。


 だが、私の頭の中で、何かが、動き始めた。


 前世の記憶が、鮮やかに、蘇る。納期直前のシステムトラブル。クライアントからの、無茶な仕様変更。徹夜続きで練り上げた、プレゼン資料のデータ消失。


 それに比べれば、食材がすり替えられたことなど、些細なトラブルに過ぎない。


 私は、顔を上げた。


 そして、厨房中に響き渡る声で、叫んだ。


「全員、聞いてください!」

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