第120話 暖炉の前の告解
その夜、窓の外では雪が静かに降り積もっていた。
分厚いカーテンが外界の音をすべて吸い込み、書斎の中は暖炉の薪がはぜる音だけが響く、穏やかな静寂に満たされている。数日間にわたる隣領との折衝という大きな仕事を終え、私たち二人には久しぶりの何もない夜が訪れていた。
夕食の後、どちらからともなくこの書斎へ向かい、今は暖炉の前に置かれた大きなソファに並んで腰を下ろしている。私たちの間には低いテーブルが置かれ、そこには琥珀色の液体をたたえたグラスが二つ。アレス様が「祝杯だ」と言って、彼の個人貯蔵庫から持ち出してきた古いブランデーだった。
芳醇な香りが、暖炉の熱で温められた空気に甘く溶けている。
私たちは、特に言葉を交わすことはなかった。
ただ、ソファに深く身を預け、それぞれのグラスをゆっくりと傾ける。時折、視線が暖炉の揺れる炎に向けられ、また手元のグラスへと戻る。その沈黙は少しも気まずくなく、むしろ長年連れ添った者同士のような、心地よい一体感に満ちていた。
アルコールが、張り詰めていた心と体を、内側からゆっくりと解きほぐしていく。私はこの穏やかな時間に、深い安らぎを感じていた。
ふと、何かの拍子に、私は隣に座る彼の横顔に視線を向けた。
そして、彼もまた、同じ瞬間に、私を見ていたことに気づく。
視線が、絡み合った。
暖炉の炎が、彼の顔をオレンジ色に照らし出している。いつもは厳格なまでに引き結ばれているその唇が、今はわずかに緩んでいる。その深い色の瞳は、ブランデーのせいか、あるいはただの光の加減か、いつもより潤んで、どこか熱を帯びているように見えた。
いつもなら、すぐに、どちらかが視線を逸らしたはずだ。
パートナーとしての、適切な距離を保つために。
しかし、その夜は、違った。
私も、彼も、視線を逸らすことができない。まるで、見えない力に縫い付けられたかのように、ただ、互いを見つめ合ったまま、時間が止まる。
彼の瞳の奥に、私がいる。
私の瞳の奥に、彼がいる。
その、あまりにも単純な事実が、私の心臓を、大きく、揺さぶった。
信頼。尊敬。そして、共同統治者としての、揺るぎない連帯感。
私たちが築き上げてきた関係を定義する、合理的で、完璧な言葉たち。
しかし、今、彼の瞳の中に映る感情は、そのどれとも、違っていた。
そして、私自身の胸の内で、嵐のように渦巻いているこの感情もまた、それらの言葉では、到底、説明がつかないものだった。
もっと、ずっと、個人的で。
どうしようもなく、甘く。
そして、少しだけ、胸が締め付けられるように、痛い。
パートナー、という理性の鎧。その頑丈な内側で、ずっと、密やかに育ち続けてきた、柔らかく、温かい感情の、本当の正体。
それに、私は、気づいてしまった。
そして、彼の、揺れる瞳を見れば、分かる。
彼もまた、同じ瞬間に、気づいてしまったのだと。
それは、恋だった。
その事実を、脳が、心が、魂が、完全に理解してしまった瞬間。
私たちは、どうすればいいのか、全く、分からなくなった。
言葉を、失う。
呼吸さえ、忘れてしまう。
ただ、互いを見つめ合うことしかできない。この、張り詰めた空気の中で、次に何をすべきなのか、誰にも、分からなかった。
ぱちり、と。
暖炉の薪が、ひときわ高い音を立てて、はぜた。
その乾いた破裂音が、二人の間の、張り詰めた沈黙の中に、ただ一つ、響き渡った。