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プロローグ
「いい子」をやめた。
まずは、父の書斎にあった上等な塩の壺を、空っぽの鞄に詰めることから始めた。どうせ借金のカタに差し押さえられるのだ。ならば、これまで私から搾り取った対価として、せめて塩くらいは貰っても罰は当たるまい。
「我慢は美徳よ、レティシア」
継母が言った。
「お前は姉さんだから、我慢しなさい」
父が言った。
「お姉様は我慢強いから、大丈夫よね?」
魔力が不安定な異母妹が、私の腕に縋りつきながら言った。
我慢、我慢、我慢。私の人生は、その一言で塗り固められていた。前世で過労死した社畜OLだった頃から、ずっと。だから、今世で伯爵家の長女として生まれた時、今度こそ穏やかに生きたいと願ったのに。結局、待っていたのは希少体質をいいことに魔力を吸い上げられ、都合よく利用されるだけの毎日だった。
もう、うんざりだ。
我慢は味がしない。だから私は、それを捨てることにした。