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交渉、VS商人グルゼ

 ゼリルの案通り、ジュモ達は街までの道中、ビーストの力を借りながら薬草や果実を集めていった。

 その甲斐もあって、ジュモが植物のツルで作った即席のカゴの中には、それらがぎっしりと詰め込まれていた。


「みろ、街道だ」

 

 そして、ずっと道なき道を進んできたジュモたちの目の前に、石畳で舗装された道が見えてきた。

 

「このまま道なりに進んでいけば街につく、ということですよね? ……あ、馬車が見えますね、商人でしょうか?」

 

「ま、一丁聞いてみるか」


 そう言ってジュモはハンプゴートを走らせると、先行していた馬車に横付けした。


 近づいても荷馬車の中身は分からなかったが、馬車の手綱を握っていたのは、顎鬚を蓄えた体格のいい男だった。


「いいですかジュモ、コミュニケーションは穏便に――」


「おいテメェ」


 ゼリルの静止も聞かず、ジュモは男を睨みつけた。


「ヒッ! な、なんだ! 盗賊か‼︎」


「あ? 誰が盗賊だ! あんな奴らと一緒にすんじゃねぇ‼︎‼︎」

 

 ゼリルにとって想定外だったのは、ジュモが予想以上に人間とのコミュニケーションの取り方が下手だったこと。そして――。

 

「こらジュモ、やめなさい! すみません、私たち実は取引を――」


 自分(おっぱい)の姿があまりにも奇妙であるという自覚が、まだ不十分だったことだ。

 

「うわぁ! おっぱいがしゃべった‼︎‼︎‼︎‼︎」


 動揺した男が手綱を強引に引っ張ると、混乱した馬は激しくいなないて明後日の方向へと走りだしてしまった。

 

「うわ、なんだいきなり!」


「あんな話し掛け方をするなんて、何考えてるんですか!」


「俺のせいにするな! おっぱいが急に喋ったら普通ああなるだろうが‼︎ ――それよりマズい、あっちは川だぞ!」


「……! とにかく今は追いかけてください!」


「分かってる! あの荷物じゃ馬の方が危ねぇ!」


 その間にも、みるみるうちに暴走する馬車は川岸へと近づいていく。

 

「間に合え‼︎‼︎」

 

 テイムによって身体能力が上昇したハンプゴートは、着実に馬車との距離を詰めていく。

 

「うわあああああ‼︎‼︎‼︎‼︎」


 もはや川が目の前まで迫った男は目を瞑った。

 

「ジュモ、間に合いません‼︎‼︎‼︎」


「間に合わせるんだよ‼︎‼︎‼︎」


 ジュモはハンプゴートの背を蹴って跳躍すると、暴走する馬車の前へ強引に回り込んだ。

 

「止まりやがれえぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」


 叫ぶと同時にジュモから共鳴の糸(リンクライン)が放たれ二頭馬に届く。

 

「「ブルヒヒィィィン‼︎‼︎‼︎」」


 ようやく理性を取り戻した馬たちは必死にブレーキを掛けるが、間に合わないことは明白だった。


「俺が止めてやるから安心しろ! 大樹象の足棘エレファントスパイク‼︎」


 すると、レガースの足裏からスパイクが迫り出し、足を地面へ固定させた。

 そして、馬車を止めようと両手を突き出す。

 

「うぎぎぎぎぎぎ……!」


 それでもなお、馬車の勢いでジュモは押されていく。


 そしてジュモの筋肉という筋肉が盛り上がり、血管という血管が浮き出た頃、すんでのところで馬車を止めることに成功した。


 あまりに突然の出来事に唖然とする商人を傍目に、ジュモは額の汗を拭う。


「っぶねぇ…………‼︎」


「ジュモ、大丈夫ですか……!」


 そして、ハンプゴートに乗ったままのゼリルも、後からジュモに追いついてきた。

 

 これに驚いたのは、やはり男だった。

 

「ほ、本当におっぱいが喋ってる……」


 喋るおっぱいが現実のものだと理解した男は、崩れ落ちるように馬から降りた。


「あ、あんたら何もんだ……一体何が目的なんだ……」


「あんた商人か」

 

「あ、ああ……」

 

「はあ……ったくこれでようやく話が進むな」

 

「……は?」

 

「俺たちは、あんたに物を売りたい」

 

「………………は?」

 

 ◇ 


 街道の脇にまで戻った一行は、改めて顔を合わせていた。


「――ったく、こっちは大事な取引控えてるってのにヒヤヒヤさせやがって……」

 

 露骨に不満を漏らす商人だったが、その視線はちらちらとゼリルへ向いていた。

 

「で、結局その喋るおっぱいは一体なんなんだ」


「おっぱ……まあいいでしょう。私のことは珍しいビーストと思っておいていただければ構いません」


 この返答はジュモたちが事前に、ゼリルの素性について尋ねれられた場合の返答として考えていたものだった。

 

「ビーストって……一体なんのビーストだっていうんだ?」


「さあな。でもテイムできたんだからビーストだろ?」


 テイムができたというのも、もちろん嘘である。 

 ゼリルは嘘を用いることを嫌がったが、こうでも言わなければ「喋るおっぱい」というあまりに異端な存在に納得してもらうことは不可能だろう。

 

 なにより、ジュモとゼリルの流暢な意思疎通は、既に一般的なテイマーとビーストの関係以上のものだ。あながち嘘でもない。

 

「……つまり、兄ちゃんテイマーか?」


「ああ、そうだ」


 すると、商人はニヤリと笑みを浮かべた。


「そういうことなら話は早い。まずはその売りたいものとやらを見せてくれ」


 ジュモたちが幸運だったのは、この商人が生粋の珍品好きであり、そしてジュモたちに物珍しさを覚えたことだ。

 そうでなければ、素性の全く分からないジュモたちとは、取引にすら応じなかっただろう。

  

「こいつだ」

   

 ジュモは背中の籠を下ろすと、道中で採ったその中身を見せた。


「ん? なんだ木の実か……。ふむ、どれもこの辺りで採れるもんではあるが、質がいいな。全部合わせて四千リアってところだ」

 

「街に入るにはいくら必要だ?」


「なるほど、そのために金が必要なわけか。だが生憎、通行料は五万リアだ」


「……全然足りねぇじゃねぇか。もっと高く買い取れねぇのか?」

 

「ジュモ、無理は言う物ではありません」

 

「おっぱいにしちゃ話がわかるじゃねぇか。そこらの商人じゃ難癖つけてもっと安く買い叩いてるぜ。適正価格で交渉に応じてやってるだけでも有り難く思って欲しいね。――そんな珍妙なビースト連れてるくらいだ。もっと珍しいもん持ってるんじゃないのか? それこそビーストの毛皮やら“鱗”やら」


「そういえばジュモ、ドラゴンから鱗を貰ったと話していましたよね」


 それを聞いた商人は見事に食いついた。


「本当か⁉︎ だとしたら、どんなに小型のものでも最低数万リラの価値はあるぞ!」

 

 ジュモはポーチから、フォレストドラゴンからもらった鱗を取り出した。

 すると、商人はさらに興奮した様子で身を乗り出した。


「そ、そいつはフォレストドラゴンの鱗じゃねぇか‼︎ そうそう、そういうのを待ってたんだよ! さあ交渉をはじめようじゃねぇか。そいつなら五万どころか、三十万万リラは出すぜ」

 

「……! やったじゃないですか!」


 だが、ジュモは首を横に振った。


「――いや駄目だ」


「どうしてだ!」「どうしてですか?」と、商人とゼリルの声が重なった。


「こいつは汚ねぇ金に換えるためにもらったもんじゃねぇ」


「ジュモ、汚いだなんて。貨幣での取引は人間の立派な文化じゃないですか」

 

「いいや、駄目だ」


 ゼリルとジュモには、金――つまり貨幣への価値観に大きな隔たりがあった。

 

 ゼリルは、ビーストも人間も等しく尊重していた。

 故に、貨幣も人間が生み出した興味深い文化の一つであり、不当な取引でなければ、売買することについて抵抗はなかった。


 だがジュモにとって、ビーストとの交流の末に貰ったものは、最も尊いものであり、そして貨幣――自身の嫌う人間が生み出した文化にはまだ抵抗感があった。


「……おっぱいの嬢ちゃん、諦めな。こいつは、絶対に売らないって目をしてやがる。……そんなわけで、取引はおしまいだ。珍しいもん見せてもらった例に、色つけて五千リアで買い取ってやる」

 

 商人は銀貨を五枚取り出してゼリルの上に乗せてやると、ジュモから引き取ったカゴを馬車に載せた。


「……仕方ねぇか。あんまりこういう事はやりたくなかったが……」

 

「ジュモ、どうしましたか?」 

 

「俺が今からやることについて、説教なら後にしてくれよ」


「え……?」


 戸惑うゼリルを余所に、ジュモは馬車に乗り込もうとする商人の背中に声を掛けた

 

「あんた、結婚してるよな」


「ん? ああ、それがどうかしたか?」


 確かに男の左手の薬指には、指輪が嵌められていた。

 

 だが、ジュモの態度はやけに挑発的だ。

 

「いいや? ただちょっと疑問に思っただけだ。“浮気なんかして大丈夫なのか?”って。それともこういう場合、不倫っていうんだったか」


「あ……?」


 商人は当然、怪訝な顔をした。 

 

「ジュモ、まさかとは思いますが……!」

 

 ゼリルは、ジュモが行おうとしていることに見当がついていた。


「五万リア。くれるってならあんたの嫁にチクるのはやめといてやる」


 それを聞いた商人は笑いはじめた。 


「おいおい坊主、まさかそれが脅しのつもりか? だがカマかけってのはもっと巧くやらなくちゃぁ成功しないぜ?」

 

 当然商人は、素人丸出しなジュモの脅しを、でたりめなイタズラとして捉えていた。

 

「――嫁の名前はミシュア。不倫相手はジェロニカ。どっちもラージェスって街に住んでいる。……あってるな?」


 その問いの正否は、一瞬にして顔面蒼白となった商人の顔色が物語っていた。


「お、お前……どこでそれを」


 ジュモは顎で、手綱に繋がれた二頭の馬を指した。


「あの二頭、随分賢いんだな。あんたの周りの人間関係なんか、ちゃんと理解してるみたいだぜ」


「お、おいおい、あいつらの言ってる事が分かるってのか……? じょ、冗談はよせ……」


「そうそう、不倫相手に会いに行く時は香水の匂いがキツイとも言ってたぜ、“商人のグルゼ”さんよ」

 

 商人――グルゼは開いた口が塞がらなかった。


(……まて、まてまてまて! 百歩譲って、探偵やらを通して知ったならまだ分かる! ……だが、ビーストから直接聞いたって⁉︎ ……だが、思い返してみれば、ジェロニカ(不倫相手)に会いに行く時は、確かに馬たちの機嫌が悪いような気がしていたが……)

 

「あんたがどう捉えるのかは自由だが、俺たちは宛のない旅をしてるんだ。次の旅先をあんたの街にしたっていいんだぜ?」


 すると、グルゼは両手を上に挙げた。


「はあ、分かった、降参だ。……ビーストの声が聞こえるなんてにわかには信じ難いが、五万リアで済むなら安いもんだぜ」


 グルゼはくたびれた様子で、今度は金貨を五枚取り出してジュモへ渡した。


「どーも」


「……これで義理は果たしたからな」

 

 今度こそグルゼは馬車に戻ろうとした。

 

「待った」


「今度はなんだ、勘弁してくれ……」


「詫びってわけじゃないが教えといてやる。右の馬、時々後ろの右脚が痛むらしい。診てやってくれ」


「なんだって……?」

 

「いいか、絶対だぞ」

 

(どういう考えだ……? だが、こんな嘘付く意味もねぇよな)

 

 グルゼは戸惑ったが、すぐに馬の様子を伺った。

 

「足、痛むのか……?」

 

「ブルヒヒ……」

 

 馬の言葉は分からないが、グルゼには馬が頷いたように見えた。

 

「……分かった」 


 するとグルゼは荷馬車から何かを取り出し、ジュモに向かって放り投げた。 

 それは、既に使い込まれた革製のリュックだった。


「……一応、義理は通してやる。無いと何かと不便だろう。俺のお古だが、使い勝手は悪くないはずだ」


 グルゼはそれだけ言うと、振り返らずに馬車を進め、去っていった。

 

「……はぁ」

 

 背後のジュモたちが豆粒ほどの大きさになる頃グルゼは思わずため息をついた。


「あんなデタラメな奴らに弱みを握られるとはな」


 そして、街へ入ったらまずは馬の脚を見てもらおうと、心に決めたのだった。


本話にて、一章前半終了です!

後半戦もノンストップで更新しますので、引き続きお楽しみください。


えー……それとですね……現状一章までしか書き溜めて無いわけでして……

評価&感想で、モチベーションのご提供お願いします!!!!なんでもしますから!!!!

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