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さて、どうしたものか

「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………」


 ジュモは大柄なシカの動物(ビースト)、ケリューディアーの背に跨りながら、大きなため息をついた。


「さっきからため息ばかりついて……、聞かされるこっちの身にもなってくださいよ」


 呆れたように返答するのは、ケリューディアーの首元に跨がった……もとい、へばりついているゼリルだ。

 ケリューディアーが地面を蹴るたびに、その乳房がばるんばるんと盛大に揺れている。


「だってよ〜〜〜〜……」

 

 ぼやくジュモの背には、相変わらずリュックが無いままだ。

 

「“盗んだ犯人まで見つけたのに”取り返さないと決めたんでしょう? 今更言われても困ります」

 

 そう、ジュモは犯人の特定まで済んでいたのだ。

 

「しょうがねぇだろ、『シーフラビット』ってのは物を盗むビーストなんだからよ」

 

 シーフラビット――二足歩行に進化したウサギのビーストで、その最たる特徴は、珍しい物を見つければ、それが何であろうと巣穴に持ち帰ってしまう手癖の悪さだ。

 そして彼らこそ、ジュモのリュックを持ち去った犯人だった。


「……でも、ビーストの生態を重んじるその心意気、正直感心しました」

 

「ま、あいつらが物を盗っちまうのは本能だからな、人間が欲に眩んで盗むのとは訳が違う。……それに、俺のバッグにゃ色んなもんが詰まってた。だから運ぶのに相当苦労したはずなんだ。なら報われて欲しいだろ?」


「……ジュモ、あなたは本当にビーストを愛しているのですね」


「……だがそれとこれとは話が別だ。あのリュックには旅の途中でビーストからもらった物とか色々入ってたんだ……それを引きずるなってのは無理がある」

 

 ジュモは腹いせとばかりに無言でゼリルを揉みしだき始めた。


「あっ! こらっ! なんで私を揉むんですか!」

 

「いいじゃねぇか、減るもんでもねぇし」

 

「理由になってません!」

 

「改めて見ても……つーか触ってみても、やっぱ人間のおっぱいだよな……」


「やめてください! 私だってこの姿がおかしいことくらい分かってます! 水面に映る自分の姿を見て驚いたんですから!」

 

「記憶がねぇとは言え、自分の姿に驚くってのもおかしな話だな。……つーか、この光も一体なんなんだ?」


 ジュモは好奇心のままに、両手でゼリルの先端の光をつついた。

 

「ひゃんっ‼︎」


「なっ……なんだよ妙な声だして!」


「あ、あなたこそ何考えてるんですか!」


「だって気になるだろうが! 触ったらどうなるのかとかよ!」


「信じられません! 次に同じことしたら許しませんからね!」


「へいへい……悪ぅござんしたよ」

 

「……それで、何か分かったんですか、私のちく……胸の光を触って」


「あー……いや……」


 ジュモは気まずそうに目を逸らす。


「なんですか、分からなかったのならハッキリ言ってください」

 

「……他の部分と違って……ちょっとだけ固かった」


 ゼリルは、一瞬で真っ赤になった。

 

「あ、当たり前でしょう⁉︎⁉︎⁉︎」


 ぷりおぷりと怒り続けるゼリルを流しながら、ふとジュモはあることを思いだした。

 

「そういや――」

 

「……今度は何です?」


「いや、なんつーか……、思い出したんだけどよ、お前が気絶して光が消えてる間、魔物が襲ってこなかったんだよな」

 

「……? そうなんですか?」

 

「ああ。ひょっとしてその光が魔物を惹きつける原因なんじゃないか? その光消せないのか?」

 

「そんな急に言われてもできませんよ……」

 

「参ったな。次の街まで丸一日以上は掛かる。このままじゃ今夜も魔物に追われ続ける羽目になるぞ」


「それは……困りますね」

 

「……光を消せないのは仕方ねぇ。かと言って何の策も打たないわけにはいかない、か」

 

 ◇


 あれから数時間が経ち、草原には再び夜が訪れようとしていた。

 

「じゃ、包んでいくぞ」


「お、お願いします……」


 ジュモはゼリルを切り株の上に乗せると、大きな葉っぱでくるみ始めた。

 

「本当にこれで魔物が襲ってこなくなるんですか……?」

 

「さあな。やってみてのお楽しみだ」


「不安です……」

 

 この「光が消えないなら、包んで物理的に光を遮断してしまおう!」……というのが、ジュモたちが思いついた作戦だった。


「よし、こんなもんか」

 

 ゼリルを何重にも葉で包むと、植物のツタを巻いてきゅっと縛る。丸っこいゼリルの体は、驚くほど収まりがよかった。

 

「なんか……本当に饅頭みたいだな……」


「(むごご! むごごごごご‼︎)」

 

 葉っぱの中からゼリルの抗議の声が聞こえるが、ジュモは当然よく聞き取れなかった。

 

「わりぃ、何言ってるかわかんねぇわ」 

 

『はあ、人を包んでおきながらこの仕打ち、あんまりです……』

 

 すると、今度はゼリルの声がはっきりと聞こえた。  


「……おぁ?」

 

 奇妙な感覚に、ジュモは間抜けな声を漏らす。

 ゼリルの声は、他のビーストとの会話のように、念話で聞こえて来たのだ。

  

 

「なあ、念じるみたいにして、もっかい喋ってくれ」

 

『念じるって……。何だか、さっきからずっと無茶ばかり頼まれている気がします……』

 

 その声はやはり、ジュモの脳内にはっきりと届いていた。

 

「おお……! お前念話もできるのか」


『念話……? ひょっとして、今私の声が聞こえているのですか?』

 

「ああ、バッチリ聞こえてるぜ」

 

『特に何かしたわけではありませんが……、我ながら自分のことがよく分かりませんね』

 

「ま、とにかくこれでで今晩の準備は整ったな」 


 ジュモは、葉に包まれたゼリルを自身の腹に巻きつけると、あらかじめテイムしておいた馬のビースト、ヘイスティホースに跨った。

 

 この馬は、通常時の速度はイマイチだがとにかく逃げ足の速さに定評があり、魔物から逃げるのに持ってこいの種だった。

 

「じゃ、夜になったら作戦開始だ」 

 

 ◇


「失敗じゃないですかあああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」


 ――作戦は失敗であった。


「俺に聞くなあああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」


 阿鼻叫喚の状況が示す通り、ジュモ達は今日も魔物の大群に追われることとなっていた。


「なんであいつらゼリルに気づけるんだよ‼︎‼︎‼︎‼︎」


「全身を包んでなお光の遮断が不十分だった、もしくは、光の気配として察知しているなどではないでしょうかあああああああ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

 

「この状況で冷静な分析ありがとうよ‼︎‼︎ 頼むヘイスティホース‼︎ 全速力だ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」


「ブルヒヒヒヒャーーーン‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎(言ワレ無クテモ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎)」


 この瞬間、ジュモとヘイスティホースの思いが心の底から一致した。

 それにより、テイムによる能力上昇が上乗せされ、魔物という魔物を引き離しながら夜を走り抜いた。


 そして、二人と一頭の体力が底を尽きる頃、ようやくまた、朝が来た。


 ◇


 わずかばかりの仮眠を取った後、ジュモとゼリルは旅を再開した。

 

 なお、ヘイスティホースはその後すぐにジュモたちの元からも逃げ出してしまったので、現在は背中に大きなコブが一つついたヤギ、『ハンプゴート』に乗っている。


「ひでぇ夜だった……」


「それはこっちのセリフですよ……」


「お前だって俺の作戦に賛同してただろうが……夜になる度あの調子じゃ命がいくつあっても足りねぇ。幸い今日中には街に着くから一旦大丈夫だろうが、街で何か解決策を考えねぇと……」

 

 ジュモは街でするべき事に思考を巡らせていると、あることに気づいた。


「あーーー‼︎‼︎‼︎‼︎」  


「ど、どうしました⁉︎」


「ギルドカード……リュックの中に入れっぱなしだ……!」


「は、はい? ギルドカード、ですか……?」


 その聞き馴染みのない響きに、ゼリルは首を傾げた。

 

「ギルドカードってのは……てか、そもそも冒険者って分かるか?

 

「冒険者……?」

 

 首を傾げるゼリルに「どっから説明したもんかな」とジュモはぼやいた。

 

「ニューヴァリアには魔物を狩って金を稼ぐ『冒険者』って仕事があってな、冒険者になるには『冒険者ギルド』に入る必要があるんだよ」

 

「……とすると、ギルドカードは冒険者としての証……というところですか?」

 

「おお、よくわかったな。話が早くて助かるぜ」 


「確かに、証を失くしたというのは大変ですね。今のジュモは冒険者として活動することができないということでしょう?」

 

「正直それはどうでもいいんだ。冒険者らしいことなんかほとんどしないからな。……問題なのは、街に入るための金が圧倒的に足りねぇってことだ」

 

「……? そうなんですか?」

 

「ああ、あいつらギルドカードがない人間からは、街に入るのに金取るんだぜ?」

 

 悪態をつくジュモだが、通行量が発生するのは至って普通のことである。

 

「……話が見えてきました。ジュモは現在お金をほとんど持っていない。そうですね?」

  

 ジュモがウエストポーチを漁ると、底の方からようやく出てきたのは数枚の銅貨だった。


「……たぶん、一食飯が食えるか食えないか、だな」


「さて……どうしましょうか」


 すると、ジュモはすぐに何かを思いついたようだった。だがその表情は、明らかに悪だくみをしている様子だ。

 

「お前の特性を利用して、一丁案を一つ思いついたぜ」


「特性って……ひょっとして魔物を引き寄せてしまうアレを言ってますか?」


「ああ。まず適当な商人か何かの馬車を見つけて「今夜お前は魔物に襲われる。死にたくなければ俺を護衛につけろ」って言ってやるんだ」

 

 ゼリルは、もうこの時点で嫌な予感しかしなかった。

 

「一度は断られるかもしれねぇが、夜になりゃお前に釣られて大量の魔物が押し寄せてくる。そうなったら商人は俺たちを雇うしかなくなって、金が貰えるって寸法だ」


「却下です」


「なんでだよ」


「関係ない他人を意図して危険に巻き込む案だからですよ‼︎‼︎」


「それでも、俺たちを追ってきた魔物を商人になすりつけて襲わせるって案よりはまともだと思うんだがなあ」


「そんなことまで考えていたのですか⁉︎ まったくあなたと言う人は! いいですか! 人間もビーストも等しく聖物(せいぶつ)です。それを故意で傷つけようなどと――」


「やべっ」とジュモが呟く。道中、すでにジュモはゼリルから何度も説教をくらっていたジュモだったが、今回は今までにも増して長引きそうだと悟ったのだ。

 

 

「――――はあ、じゃあどうやって街に入ればいいんだよ」


 耳にタコができるほど説教を聞かされ、へとへとになったジュモが尋ねる。


「単純に、商人に物を売るというやりかたでは駄目なのですか?」


 ジュモは目からウロコが落ちたようだった。


「その手があったか」


「真っ先に思いつくべき手段だとは思いますが……」


「しょうがねぇだろ。人間と関わることなんざ普段から避けてるんだから」


「……そう言われると弱いですね」

 

「それよか、売るっつっても何売ればいいんだ? 俺は今何にも持ってねぇぞ」


「そうですね……ビーストに木の実などを採ってきてもらうことは可能ですか?」


「ああ、できるぞ」


「では、道中それを集めて売るというのはどうでしょう」


「……地道な事この上ないが、他に策もなさそうだしそれでいくか。ただし、ビーストが食料を採り尽くさない程度にな」


「馬鹿な事言わないでください。そんなの当たり前でしょう?」

 

(その馬鹿が大勢いるのが人間なんだがな……)

 

 ジュモは思ったが、ゼリルに話せばまた面倒なことになりそうだったので、口を噤んでおいた。


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