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光線、そして旅のはじまり

「よっ……ほっ……よっ……はっ……」


 あれから、ジュモはすぐに崖を登り始め、一時間以上が経とうとしていた。

 

 そして、一定の間隔で聞こえてくるジュモの声に、ゼリルは目を覚ます。だがどういうわけか、ゼリルの視界は真っ暗だった。


「んん……」

 

「おっ、ようやく起きたか」

 

 ジュモは両手両足で壁を登りながら、ゼリルに話かける。

    

「えーと……今どう言う状況ですか? 真っ暗で何も見えなくて……」

 

「ちょっと待ってろ」


 すると、ジュモは珍しくボタンをとめていたベストの胸元を捲り、“胸元にしまい込んでいた”ゼリルを露出させた。


「これで少しは見えるだろ?」


「あ、あなた! まさか自分の胸元に私をしまっていたのですか⁉︎」


「しょうがねーだろ、背中に縛り付けたらお前が落ちた時に助けられねぇしよ」


 断崖絶壁を登るためにジュモは両手を開ける必要があった。

 そのためにはゼリルを胸元にしまうことが最適解だとジュモは判断したのだ。

 

 ――そして、ゼリルを胸元にしまったことで、あたかもジュモが巨乳……いや、爆乳の持ち主になっているかのような様相になっていた。

 

「けど、知らなかったぜ。……まさかおっぱいがデカいと自分の足元すらロクに見えないとはな」

 

 ジュモが足元を見ようとすると、はちきれんばかりのゼリル(おっぱい)が視界を埋め尽くしていて、自分の足元はほとんど見えていなかった。

 

「は、はぁ……」


「でもまぁ、元気そうじゃねぇか。乳首もまた光ってるし」

 

「“また”とはどういうことです……? いえ、そもそも私たちはあの状況からどうやって助かったのですか?」

 

「覚えてねぇのか」 

 

「……はい?」


「谷底に落ちる瞬間、俺たちは光の球体に包まれて助かったんだ。その色がお前の乳首と同じ翠色だったから、てっきりお前がやったんだと思ったんだが……」


「光の球体? 私が……?」


 ゼリルは首を傾げるばかりだった。


「それより、私の身を案じてくれるのは有り難いですが、収納場所はもう少し何とかならなかったのですか……?」

 

「俺だって他の方法があったらそうしてる」

 

「……確かに。不服ですが、この方法がベストですかね。ズボンの中に仕舞われるよりはよかったと考えることにします」


「ズボンか……、それは考えてなかったな」


「本当にやめてください‼︎‼︎‼︎‼︎」


 その後も、互いに文句を言い合いながら、ジュモはついに崖を登り切った。


「よっこい……しょ!」


 ジュモは久しぶりに地に足をつけると、胸に収まったゼリルを地面へ放った。


「ぎゃ! ちょっと! もう少し優しく――」

 

「上、見てみろ」


 二人が空を見上げると、長かった夜が明け、空が白み始めるところだった。

 

「夜明けが――!」


 すると、ジュモ達のもとへ再び集まり始めていた魔物が、散り散りに逃げていく。

 日陰に入ることができず、日光を直接浴びた魔物は、一瞬にして消滅してしまった。


「魔物が消えていく……。そうでした、彼らの弱点は光でしたね」

 

「思い出したのか?」

 

「はい……といっても魔物のことを断片的に思い出した程度ですが」

 

「そうか。ま、ともかくこれで落ち着いて話ができそうだ」


 ジュモは、夜の騒ぎが嘘のように静かになった平野を見渡しながら言った。


「お前、これからどうするんだ?」

 

「どうする、ですか?」


「ああ。故郷に帰りたいなら帰郷の旅をするだろうし、俺みたいに旅をしてるなら、目的地があるはずだろ? 何か覚えてないのか?」


「そうですね……。目的、と言ってよいのかはわかりませんが……」


 ジュモの問いに、ゼリルは自信なさげに答えた。


「私は、どこかに行かなければならない。そんな気がしているのです」


「どこかって……どこだ?」


「それは……わかりません」


 それを聞いたジュモは、ケラケラと笑い出した。


「そんなことだろうと思ったぜ」


「な……! 何も笑うことはないじゃないですか!」


「わりぃわりぃ」

 

 するとジュモは、その場に座り込んで言った。

 

「――なあゼリル、俺と来ないか?」


「あなたと……ですか?」


「ああ。ビーストに乗って移動できるから、お前一人より何百倍も速く移動できるぞ」 

「それはそうでしょうが……ジュモ、あなたにも旅の目的があるのでしょう? それを、私の宛てのない旅に巻き込む訳には……」


「そういやまだ言ってなかったな。俺は『聖都』を目指して旅をしてる」


「聖都?」


「ああ、聖都ってのはな……」


 ジュモは胡座をかいたまま、指で地面にニューヴァリアの地図を描きはじめた。

 

 海に囲まれたニューヴァリアの大地は、北に行くにつれ狭まっていく、(しずく)のような形をしている。

 

「で、俺が目指してるのはここだ」


 ジュモは大陸の最も北、雫の頂点の部分をは指さした。


「なんでも聖都には『聖女』が大勢いて、『闇の国』の入口を結界で塞いでるらしい」


「闇の国……」


「今でこそ、暗い場所から勝手に湧き出てくる魔物どもだが、二千年前は闇の国からの侵略者だったらしい」

 

「そうなんですか?」 

 

「ああ。大昔に『光闇(こうあん)大戦』っつー、女神と魔神の戦いがあってな。女神ニューリアのおかげで、大陸の魔物は殆ど倒せたが、戦争の中で大陸に撒き散らされた『魔素』が原因で、今みたいにこっちでも湧き出るようになったらしい」

 

「……つまり先の魔物たちは、大戦がこの世界に残した傷跡、なんですね」

 

「ま、そういうことなんだろうな。なにより、肝心の闇の国は残ったままだ」

 

「それでは今、結界の向こうの闇の国は……?」


「……さあな。今もこっちに侵入してこようとしてるかもしれないし、案外滅びてるかもしれねぇが……ま、考えるだけ無駄だ」

 

「そうですね、ひとまずそう思うことにします。――ですが、そんな聖都をどうして目指そうと……?」


 ジュモは少し間を開けると、ポーチからボロボロのペンダントを取り出し、首に着けた。

 

「それは……?」

 

 ペンダントには、茶と黄色が混じり合った小さな鉱石が埋め込まれていた。

 鉱石は確かに綺麗な色合いをしていたが、決して宝石と呼ばれるほど価値があるものには見えなかった。

 

「俺はこいつを、パザラの妹に渡すために聖都に向かってる。普段はずっと首につけてるんだけどな、お前を胸に入れるのに外してたんだ」


「確か、パザラさんはあなたの育ての親、でしたよね? その妹へ渡すとなると、一体どんな理由で?」

 

「さあな」

 

「……へ?」

 

「パザラは「聖都にいる妹に渡してくれ」としか言わなかった。何より、パザラが妹の話をするなんて、あの時の一度きりだったしな」

 

「そう、ですか……」

 

 ゼリルは何と答えようか迷っていた。

 あまりに曖昧な切っ掛けを聞いて、それほどの価値のある旅なのか、と目の前のジュモの身を案じてしまったのだ。

 

「馬鹿な旅ってのは自分でもわかってる。だけど、あれがパザラの最後の言葉だったんだ。叶えてやらないわけにはいかないだろ」

 

「――! それでは、パザラさんは今……」

 

「ああ、パザラはもう死んでる。半年も前にな」


 そう言い放ったジュモの表情は、達観とも諦観とも取れるものだった。


「パザラだけじゃねぇ。友達(ビースト)だってたくさん人間に殺された。それ以来、俺はここよりずっと南にあった森を離れて、こうして旅を続けてる」


 ゼリルはようやく、ジュモが人間を嫌う理由を知った。

 そしてそれは、十分すぎる理由だった。

 

「だから……あなたは人間を憎んでいるのですね」


「ああ、人間はクズの集まりだ。文句あるか?」

 

 どうせ説教が始まるのだろうと思っていたジュモだったが、返ってきたのは意外な答えだった。

 

「――ありません」


「あ?」


「今のあなたが人間を憎んでいることは……あなたの身に起きた出来事を考えれば自然なことです。そのことを誰も非難する権利はありません」

 

「お、おう……」

 

「ジュモ、私を旅に連れて行ってください。私にとっては宛てのない旅ですが、今一つ、目的ができました」

 

 そう言って、ゼリルは優しく微笑んだ。

 どうしたっておっぱいな彼女だが、少なくともジュモには、そう見えたのだ。


「全ての人間が悪ではないと、あなたに少しずつ説いていくことにします」


「はっ、なんだやっぱり説教するんじゃねぇか」


 ジュモは笑い飛ばした。

 普段から、人間の話を持ち出されると不機嫌になるジュモだったが、不思議と嫌な気分ではなかった。

 

「じゃ決まりだな。さて、とりあえずの目的地は――」


 その時、ゼリルの乳首光が眩く輝きはじめた。


「きゃあっ!」


「うおっ! なんだぁ⁉︎」


 光は、二人の視界を覆い尽くしたかと思うと、次の瞬間収束し、光線(ビーム)なってジュモの頬を掠めながら彼方へと放たれた。


「熱っ……くねぇ? むしろあったけぇ……? って、今度は一体何なんだよ!」


「――ジュモ、分かりました」


 慌てふためくジュモとは反対に、ゼリルは落ち着き払った様子だった。


「この光が指し示す先に、私が目指すべき場所があるはずです」

 

「何言ってんだ急に……、根拠はあんのかよ」

 

「……直感、ということになるでしょうか」


「…………どうやら冗談で言ってるわけじゃ無いみてぇだな。――となると、少なくともお前の目的地が北ってのはわかったな。確か『ジラーマ』っつー人間の街があったはずだが……」

 

 ジュモは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「その……どうかしましたか?」

 

「街って嫌いなんだよ、ただでさえ嫌な人間がウジャウジャいるからな」

 

 ジュモのあまりに嫌がる様子に、ゼリルはなんだか申し訳なくなった。

 

「無理に街に入らず、避けていただいても……」

 

「……こればっかりは仕方ねぇさ。じゃ、よろしくな」

  

 ゼリルの上に手を置くと、ジュモは無意識のうちに共鳴の糸(リンクライン)を出していた。


 ジュモから飛び出た光が、普段のテイムと同じようにゼリルへと吸い寄せられていく。

 

「これは……テイムの光ですか?」

  

「だな。……ま、テイムつっても、特に行動を縛ったりするわけじゃないから安心しろ」


 だが、光はゼリルに吸い込まれることなく弾かれ、すぐに消えてしまった。


「あ?」

 

「ジュモ、どうかしましたか……?」


「いや……」


 不思議に思ったジュモがもう一度共鳴の糸(リンクライン)を放つが、やはり同じように弾かれてしまった。


「……? 消えてしまいますね」


「こんなの初めてだ……お前本当にビーストか?」 


「な……! 私を助けてくれた時はビーストだって断言してくれたじゃないですか! 今更疑うんですか⁉︎」


「わかったわかった、冗談だって! 初めてのことだから驚いただけだ!」


「も、もう……! 一緒に旅してくれるって話、断るなら今のうちですよ!」


 その言葉に、ジュモはまたケラケラと笑った。

 

「バーカ、今更お前が何なのかとか、関係あるかよ」

 

 ジュモはゼリルを肩に乗せると北に向かって歩き出す。

 

 

 ――『人間嫌いの野生児テイマー』と、『正体不明のおっぱい』。

 後に、世界の命運を左右することになる、一人と一房の長い旅が始まった。


 なお、ジュモが木の上に置き去りにした荷物に気づいたのは、この直後のことである。



おっぱいビーーーーム!!!!!

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