表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/28

目醒め、そのために

男は軋む扉を開けながら呟いた。 

 そこは、テーブルや椅子など、最低限の家具が置かれただけの殺風景な部屋だった。

 

 そして、部屋の隅にあるベッドには、十二、三歳くらいだろうか。

 ローロと同じくらいの少女が、静かにベッドへ横たわっていた。

 

 頬が少し痩け、痩せているようには見えるが、穏やかに寝息を立てる姿は一見、病を患っているとは思えない。

 

「娘のアンナだ……眠っているみたいだろう。だが、一ヶ月はこのままだ」

 

「それだけの間、寝たきりなんですね……」


 ジュモに椅子を差し出すと、自身はアンナが眠るベッドの横に腰掛け、ポツリ、ポツリと話し始めた。


「私は商人をやっていてな。妻を早くに亡くし、預ける宛もなかった故に、娘を連れながらあちこち旅をしていた」


 ニューヴァリアでの子供を連れての旅。それがどれだけ過酷なものか、ジュモはもちろん、ゼリルでさえ想像に難くなかった。

 

「もちろん、できるだけ危険な目に遭わないよう、護衛は複数人雇い、天候も必ず占ってもらっていた。……最善は尽くしてきたつもりだった。……だがあの日予報は外れ、空には分厚い雲が空に掛かり、まるで夜だった」


 夜が原因で起こる事故。その要因は決まり切っている。


「魔物……だな」


 ジュモが聞くと、男は静かに頷いた。


「私たちは魔物の群れに襲われた。護衛の奮闘もあってなんとか一命は取り留めたものの、その際に娘は重傷を負ってしまった。

 すぐにこの街に駆け込んで、聖女ヒルナに治療をしてもらったよ」


「……治療は失敗したのか?」


「いや、治療は問題なく終わり、娘が身体に受けた傷は、跡も残らないほどに完治した」


「なら、なんでそいつは目覚めない」


「『魂隠れ』、だと言われたよ」


「魂隠れ?」


「……身体には何の異常もないにもかかわらず意識が戻らない。いわば“魂の病”だ。魔物に襲われた者の中で、時折このような症状になる者がいるそうだ」

 

「その魂の病ってやつは、教会は治せないんだな」

 

「そうだ。教会では、怪我や風邪、毒など、肉体の損傷は治せるが、魂の病は王都や聖都にいる、魂の扱いに長けた聖女でないと直せない」


「王都か……」


 ジュモは頭の中にニューヴァリアの地図を思い描く。 このジラーマの街は大陸南部に位置している。

 一方、王都は大陸の中心にあり、聖都にいたっては最北端だ。今の彼女を連れて王都まで連れて行くのは不可能に近いだろう。

  

「何か手はないのですか!」  

  

「打てる手は全て打った。……私はすぐに商人時代のツテを使い『目醒め石』を届けるよう依頼した」


「目醒め石……それがあれば彼女は目覚めるのですか?」


「ああ、王都の聖女の手を借りずとも魂隠れを癒す石だ。……だが、その希少さから並の宝石よりも値の張る品で……とにかく金が必要だった」

   

「それが、あんたが盗みに走った理由か」

 

「……本当に、申し訳ないと思っている。だが、今私の手元にはそれだけの金がない」

 

「その……どのくらいの金額になるのですか?」


「二千万リラだ」


「にせっ……!」

 

 二千万リラ――例えるなら、王都の土地に小さな家が建つほどの金額だ。

 

 金銭感覚に疎いジュモとゼリルでも、その膨大さは推し量れるものだった。


「全ての貯金をかき集め、売れるものは全て売り払い、借りられるだけの金も借りた。……それからは、盗みも始めた。それでもまだ、三十万リラ、足りていない」

 

 男は床に手をつくと、額が床に擦れるほど深々と頭を下げた。


「頼む、この通りだ……どうか、どうか今だけは見逃してくれ……! もう、時間がないんだ……!」


「あ? 時間がないだと?」

 

「教会に通い、肉体は衰えないようしてもらっているが、このままでは魂が消え去ってしまうそうだ……!」

 

「……いつまで持つんだ」

 

「……聖女ヒルナの言葉を信じるならば、明日の夜までだ。それまでに手を打てなければ、魂は霧散し、娘は二度と目覚めることはない」

 

「そんな……!」


「……それまでに目醒め石は手に入るのか?」

 

「ああ。この夜が明けて、日が登ると同時に相手がこの宿にやってくる手筈だ。だが、金が足りないのでは……!」

 

「……交渉して、後から払うということにはできないのですか?」

 

「ダメだ……! そんなことをしたら、俺はその場で殺されてしまう……!」

 

「そんな、どうして……」


「……目醒め石は、いくら金を積んでも、本来手に入れることすら難しい品なんだ。だから、取引条件として『一リラでも足りなければ、取引は不成立とする』という条件をつけたんだ」


 男は、取引の内容が書かれているらしい手紙をなぞった。


「誠意を見せるため、ということですね……、三十万リラ……ジュモ、なんとかなりませんか……!」


「俺だってガキが助かるならそうしたいけどよ……」 

 

 ゼリルもジュモも、男が盗みを行おうとしたことは、とっくに許していた。

 

「そうです、まだギルドで収魔結晶の換金をしてなかったじゃないですか!」

 

 男は項垂れながらそれに応えた。

 

「はは、気持ちはありがたいがそれではとても足りないだろう……。もちろん、戴けるなら是非欲しいというのが、本音だがな……」

 

「そう、ですか……」

 

 ゼリルが視線を落とすと、ふと手紙に書かれた差出人の名が目に入った。

 

「マージス・グルゼ……?」

 

「……ああ、それが取引相手だ。なによりも義理を重んじる男だ」

 

「グルゼ……? どこかで聞いたような……」


「なんだ、彼を知ってるのか?」

 

 そしてゼリルは思い出した。


「――そうです、街に入る前に出会った商人、グルゼと名乗っていました」


「ああ、言われてみれば、そんな感じの名前だったな」

  

「……ジュモ、たった一つだけ、確実に足りる方法があります」

 

 ゼリルの視線は、ポーチに向けられていた。


 ◇


 それからしばらく。床に横になり寝ていたジュモだったが、何者かがドアをノックする音で目を覚ました。

 

「グルゼだ。用意はいいな?」

 

「ああ、入ってくれ」


 部屋を見渡し、ジュモたちの存在に気づいたグルゼは、目を丸くして驚いた。


「おいおい、なんであんたらがここにいるんだ? ……噂になってたぜ、おっぱいを連れた半裸の男が出たってよ」


「ま、訳あって同席することになってな。それより馬は診てもらったか?」

 

「ああ、お前さんの言うとおり足を痛めてやがった。早くに気づけて感謝してる。……だが、それとこれとは話は別だ。二千万リア、きっちり払ってもらうぜ」


「その前に、物を見せて貰えるかな」


「はいよ」と、ほとんどの荷物はどこかへ置いてきたのだろう、肩掛けの鞄のみを身につけたグルゼは、中から手のひら大の小箱を取り出した。

 

 蓋を外すと、中に入っていたのは乳白色の結晶だった。結晶の中心では、翠色の光が淡く輝いている。


「これが目醒め石……、わずかですが、聖力を感じます」


「おいおい、心配しなくても偽物なんか掴ませねぇよ。つーか、おっぱいの癖にそんなことまでわかるのかよ」

 

「……ああ、質は申し分ないようだ」


「それじゃ、今度はこっちの番だ」

 

「分かっている」

 

 男はテーブルの上に硬貨の詰まった袋を置いた。


「ざっと三百枚ってとこか。……それじゃ、数えさせてもらうぜ。それと、偽物が混じってないかも調べさせてもらう」

 

 グルゼは椅子に座ると、自前のランプ置き灯りをつけた。

 

 袋を開けると中身は、最大の価値を持つ貨幣『白金貨』以外にも、金貨や銀貨も入り混じっていた。

 

 グルゼはそれらを驚くべき速さで調べ、数えていき、ついに最後の銀貨が袋から出された。

 

「おい、三十万リラ足りてねぇぞ、どうなってんだ」

 

 そして、ジュモがフォレストドラゴンの鱗をテーブルの上に置いた。

 ゼリルが意図したのはこれだったのだ。   


「ならこいつも、勘定に入れてくれ」


「おいおい、まさかそいつは……」


「『鱗は三十万リラはくだらない』あんたが言ったことだ、文句ねぇだろ?」


「ああ、これできっちり二千万リラ。交渉成立だ」

 

「ほっ……よかったです……」

 

 一行が胸を撫で下ろす中、グルゼは尋ねた。

 

「あんた、“良くない方法”にも手を付けたみたいだな」

 

「……娘のためなら、なんだってするさ」

 

 男はただ、そう答えた。

 

「そうか。ま、俺には関係ないことだ。それと――」

 

 グルゼがジュモに何かを放った。

 

「あ? ――ってこれ、白金貨じゃねぇか」


「お前がうちの馬の不調を教えてくれなけりゃ、俺が負った損害は相当なものになっただろう。――借りを受けた筋は通さなきゃな」

 

 そしてグルゼは背中を向けると「だから、そいつを誰に渡そうとお前の自由だ」そう言い残して去っていった。

 

 グルゼが去ると、男は改めてジュモたちに頭を下げた。


「ありがとう、二人とも……」


「気が早いぜおっさん。礼を受け取るのはガキが目覚めてからだ」

 

「そうですね。目醒め石はどのようにして使うのですか?」


「あ、ああ。娘のすぐそばで、石を握って念じればいい。本当は、聖力の扱いに長けたものが行ったほうがいいらしいが、背に腹は――」

 

 ジュモは男の背中を小突いた。


「焦ってんじゃねぇ、もしものことがあったらどうする」


「ええ、ジュモが考えていることは分かります」


「ああ――餅は餅屋だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ