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強襲、厄災の大蜘蛛

 ローロが驚きながら、聖力の方向へと進んでいくと、ほんのりと甘く、澄んだ香りがジュモの鼻腔をくすぐった。

 

「花の匂いだ」

  

 進んでいくと、ついに、木々の間を埋め尽くすように、地面一面にポワロスの花が咲いていた。

 その様はまるで、上質な青い絨毯が敷き詰められているようだった。

 

「わあ、綺麗……」

 

 ローロが花畑へ駆けていくが、ジュモは言いようの無い違和感を覚えていた。

 

(妙な予感がしやがる……、なんだ……? なにがおかしい……?)

 

 ジュモは花畑を観察した。

 

(……所々、花が大きく散ってる場所がある。自然にこうはならないはずだ) 

 

 するとジュモは、花が大きく散った場所に、奇妙なものが落ちているのも見つけた。

 それは、千切れた赤い布切れのようだった。

 

(人間の物だ……、先にここにきた奴がいたのか……? いや、だとすれば花はとっくに狩りつくされているはずだ)

 

 ――そして気付いた。

 赤い布の所々に白が混じっているのを。

 そして、赤い布は、“血で染まった白い布”だという事に。

 

「待てローロ‼︎」


 咄嗟に叫んだ瞬間、ローロの足が何かに絡め取られ、一瞬にして宙吊りとなった。


「きゃああっ‼︎」

 

 すると、宙で透明な糸がきらりと光った。

 

(蜘蛛の糸――こいつが犯人か!)


「落ち着いて対処しろ!」

 

(落ち着け、落ち着け私……! 落ち着いて糸を捉えるんだ……‼︎)

 

「たぁっ‼︎‼︎」

 

 先ほどの戦闘の成果だろう。ローロは槍を手放さすに的確に糸を切り、自力で拘束を解く事ができた。

 

『ぎゃう!(ゴ主人、大丈夫カ?)』

 

「ありがと、大丈夫」


「ジュモ、これは一体!」


 ゼリルが尋ねると、ジュモは首を上にあげた。 


「さぁ、犯人のお出ましだぜ」

 

 樹上からゆっくりと降りてくるのは、二メートルはあるだろう巨大な蜘蛛だった。

 大蜘蛛は鋭い顎を持ち、その体は殻に覆われており、一目でその凶暴性が見てとれた。

 

スパイダー・スカージ(災の大蜘蛛)……!」


 ローロが呟く。

 

「あいつ、人間がポワロスの花を探してることを知ってやがるな」

 

「どういうことですか!」

 

「人間が花を探してるのを知ってて、ここで待ち伏せして人間を喰ってるんだ」

 

 ――そう。所々の花が散っている場所は、人間が争った痕跡であり、血に濡れた布切れの持ち主の末路は想像に難く無かった。

 

 ジュモはローロの前にでると、獣形装《ビースティック・アームズ》を構えた。  


「待って! 相手は銀等級クラス――」

 

「お前は下がってろ‼︎ ゼリル、お前は肩にちゃんと捕まってろ!」

 

「はい!」

 

 次の瞬間、大蜘蛛は木の幹から離れ、ジュモへと飛びかかった。

 

「だろうと思ったぜ!」

 

 ジュモはすかさず前方へ滑り込み、飛来する大蜘蛛の腹の下へと潜り込んだ。

 

 その瞬間、命の危機は一転して、攻撃の勝機へと変わる。

 

「食らいやがれっ‼︎」

 

 ジュモは腕を振り上げ、空中でガラ空きになった腹に、鉤爪を突き立てた。

 

 だが、ジュモの予想に反して大蜘蛛は腹までもが、硬い殻で覆われていた。

 

 ギャリギャリギャリ‼︎ 殻と爪が擦れ合う摩擦で火花が散り、戦いの壮絶さを物語る。

 

(こいつに爪は通らねぇ……なら!)

 

 ジュモはすぐさま身を翻し、大蜘蛛へと飛びかかる。

 ガントレットはガシャリと変形し、まるで金槌の頭のような形となった。

 

頭牛の槌(オックスハンマー)ー‼︎」

 

 ジュモの方へ向こうと体を回転させる大蜘蛛を、勢いづいた金槌が外殻を殴りつける。

 大蜘蛛は少しよろめくが、致命傷を与えた様子はなかった。

 

「ちっ」

 

 大蜘蛛は今度こそジュモを眼前に捉えると、鋭利な前脚をジュモへと振るい始めた。

 

 槌と前足の打ち合いが始まり、幾度となく、けたたましい金属音があたりに響く。

 

「ここだっ!」

 

 ジュモは力を込め、迫る前足を上に弾くと、ついに大蜘蛛の大勢が崩れる。

 そして、八つ目の顔面に槌の拳を打ち込もうと振りかぶった。

 

 だが、大蜘蛛は素早く後ろに跳ぶことで避け再び木の上にまでよじ登った。

 

 そして、ジュモを侮れない相手と判断したのだろう。膨らんだ尻をサソリのように頭上に持ってくると、地面に向かって糸を撒き散らし始めた。

 

「ちっ、面倒なことしやがって。それに、花が駄目になったらどうしてくれる!」


 そんなジュモの事情を知ってか知らずか、糸を撒く勢いが衰える様子はなかった。


「ジュモ、ここからどうしますか?」

 

「心配ねぇ。こっちが糸に引っかかるまでそうしてるつもりだろうが、そうはいかないぜ、橙猿の尾(モンキーテール)!」


 ジュモは飛び上がると、蛇腹状のベルトを伸ばして木に巻きつけぶら下がった。

 

 そして、巧みな尻尾捌きで木から木へ飛び移りながら大蜘蛛へと迫っていく。

 

「よう、来てやったぜ!」

 

 ジュモはついに、樹上の大蜘蛛へ接近すると、大蜘蛛はジャンプ中で無防備になったジュモへと飛びかかる。

 

「上です!」

 

「想定済みだ!」

 

 迫る大蜘蛛に槌に変形したガントレットを打ち付けると、再び打ち合いの火花が散った。

 

 互いに木から木へと飛び移りながら、空中での交錯が続く。

 

「そこっ‼︎」

 

 数度の打ち合いの後、ジュモは空中で大蜘蛛の姿勢を大きく崩した。

 

 そして、木に糸を取り付けたままの大蜘蛛を木の幹へと叩きつけると、逆さまに宙吊りになった、間抜けな大蜘蛛の完成だ。

 

「トドメっっ‼︎‼︎‼︎」

 

 ジュモが大蜘蛛の腹の上に飛び乗り、ギガントオーガにしたように片腕をツルハシに変形させたその時、不意に大蜘蛛の顎が開いた。

 

『GISYAAAAAAAAAAAA‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

「てめっ! ビビらせやがって‼︎‼︎」


 ジュモは驚きながらも、しっかりと大蜘蛛にとどめをさした。

 

「ジュモ! 後ろ、ローロが‼︎‼︎」

 

「あ⁉︎」

 

 ジュモが振り返ると、“もう一体の” スパイダー・スカージ(災の大蜘蛛)と向かい合うローロの姿があった。

  

「仲間を呼びやがったな‼︎」


 ジュモは飛び乗った大蜘蛛の腹に、急いで穿つ啄犀角(ライノストライク)を放ち風穴を開けるとローロの元へ駆ける。

 

(倒せなくても、何とか持ち堪えなきゃ……!)

 

 ローロは、リドラに炎で牽制してもらいながら槍を構える。

 

(振らずに構える……、私は攻撃を見切って合わせるだけ……!)


 大蜘蛛が刃物のように鋭い前足を振るうと、ローロは槍を横に構え何とか防いだ。

 

 だが、その巨躯から放たれる攻撃は重く、二撃、三撃と振るわれると、ついに槍を手放してしまった。

 

(まだよ……、まだ何とかして避ければ……!)

 

「――針鼠の針(ヘッジホッグスパイク) ‼︎‼︎‼︎」

 

 駆けつけたジュモがガントレットから鋼鉄の針を飛ばすと、大蜘蛛の目を突き刺した。


『GYAAAAA‼︎』


「こっちを狙いやがれ‼︎‼︎」

 

 だが、大蜘蛛はジュモの予想を裏切り、ローロへと牙を剥いた。


「きゃあああっ‼︎」


「させるかよ‼︎‼︎」

 

 ジュモはローロを押し退けると、蜘蛛の口内へ左腕を突っ込み、かぎ爪を突き立てた。


『GISYAAAAAAA‼︎‼︎』


 悶絶する大蜘蛛はジュモの腕を噛みちぎらんと、口を勢いよく閉じる。

 ぐちゅりと、ジュモの前腕に牙がのめりこみ、ジュモを不快な痛みが襲った。


「ジュモっ‼︎」


「ぐっ……なんのこれしき……、針鼠の針(ヘッジホッグスパイク)‼︎‼︎」

  

 ジュモは痛みを堪えながら大蜘蛛の口内で鉄の針を放ち続ける。


「これでも……喰らっとけ‼︎」


 バシュン、バシュン、と射出音が大蜘蛛の体内で響くたび、噛む力は弱っていく。そしてついに、その体は塵となって消えた。


「ハァ……ハァ……ったく、守りながら戦うってのは随分難しいもんだな……」


「ジュモ、腕が!」


 大蜘蛛に噛みつかれたジュモの左前腕は、外傷は表面に噛み跡がついた程度だが、傷口の付近からゆっくりとドス黒い紫色に変色していっていた。


「まさかこれは、毒……ですか?」


「……大丈夫だ、ツバつけときゃ治る」


 言いながらも、ジュモの額には冷や汗が滲み、顔色からも血の気が失せ始めている。痩せ我慢なのは明白だった。


「もうポーションはないの⁉︎」


 尋ねるローロに、ゼリルは苦虫を噛み潰した様子で告げた。


「……私たちが持っていたのは、あの二本きりです」


「そんな……それじゃ、私を助けたせいで……」


「とりあえず腕縛ってくれ、とびっきりきつくな。これで毒の巡りが少しはマシになる」


「うん……」


 ローロは近くに生えていたツタを切ると、慣れた手つきでジュモの二の腕にきつく縛りつけた。

 

 その最中も、「自分にできることは何かないのか」と考え続けたゼリルは、広がる花畑を見てふと閃いた。


「……ローロ! 今ここでポワロスの花から、解毒薬は作れないのですか⁉︎」


 解毒ポーションがないのならば、今ここで作ってしまえばいい、明快な理屈だった。

 だが、ローロは首を横に降った。

 

「解毒薬を作るにはポワロスの花以外にも、『アニル草』って薬草が必要なの……。アニル草も、ポワロスの花ほどじゃないけど珍しい植物だから、どこに生えてるか……」

 

「そんな……」


 すると、木々の隙間から数匹のリスが現れ『きゅる……』と鳴き声を上げながらジュモを見上げた。


「この子達、さっきジュモがテイムしてたビーストたちだ」


「きっと、ジュモを心配してやってきたんです……」

 

「悪いなお前ら、ちょっと蜘蛛野郎にやられちまってよ……」


 すると、ゼリルは思い立った。


「そうです、彼らにアニル草を探してきてもらえれば!」


「……駄目だ。俺もゼリルもアニル草がどんな匂いで、どんな色で、どんな形の植物なのかを知らねぇ」

 

「じゃあ、私が今教えるから……!」


「言葉だけで伝えたって、無数にある植物のなかからアニル草だけを探すのは無理だ」

 

「それじゃ、やっぱり私のせいで……」

 

 すると、ジュモはローロの肩に手を置いた。

   

「だから、お前がやれ」


「え……?」


「お前がアニル草のイメージをこいつらに伝えるんだ」


「……私なんかがそんなの、できるわけない」

 

「今までのお前はやり方を知らなかっただけだ。落ち着いてこいつらの頭ん中にお前のイメージを送ってやればいい。だが、もしできなかったら俺は死ぬ。それだけの話だ」

 

「…………そうだ、私がやるしかないんだ」

 

 ローロはその場にしゃがむと、リスたちに語りかけはじめた。

 

「お願い、ジュモを……彼を助けるために力を貸して……!」

 

 ローロは目を閉じると、アニル草のことを思い浮かべる。


(アニル草……、一つの根っこから柔らかくて細い茎がたくさん広がって、それぞれの茎には丸い葉っぱがたくさん生えてる。色は……、明るい緑色だけど、葉っぱを裏側から見るとほんのり紫色。それで、たっぷり水分を蓄えていて、いつも濡れている。葉っぱを触るとさらさらしていて、匂いはほんのりハーブみたいな香り――)


『アノ草カナ?』『キットソウ!』『今日見タヨ!』

 

(――え?)  


 目を開けると、ビーストたちは意見を出し合っているかのように見合って、互いに何かを話しているようだった。

 

「もし私のイメージが伝わってたらお願い――、アニル草を採ってきて……!」

 

 すると、ビーストたちはすぐに散り散りに駆け出していった。

 

「――できたじゃねぇか」

 

「……ええ! ローロ、すごいです‼︎‼︎」


「上手く行ったのかな……」


「あとは……心配なさそうだな」


 するとジュモは、どさり力なくその場へ座り込んだ。


「ジュモ!」


「……ゼェ……ハァ……、最悪だ、目眩はするし何もしてねぇのに息が上がる……」


「じっとしてて!」


 ローロは自分のリュックから乳鉢と乳棒、それから小さな鍋を取り出し、そして水筒に入っていた水を鍋の中へ空けた。


「ローロ、一体何を」


「解毒ポーションをつくるには、アニル草は煮る必要がある。だから、先にお湯を湧かすの!」

 

 ローロは落ちている枝を素早く集めて薪を組んだ。

 

「リド、着火お願い!」

 

「ギャウ!」

 

 薪に火がつくと、火が大きくなり始めたのを確認してから水の入った鍋を乗せ温め始めた。   



「黒牙の団じゃ、できることは索敵以外には雑用くらいしかないから戦闘以外のことは大体やらされてた。……でも、今だけはそれに感謝かもね」


 水が湧き始めたころ、ローロたちの元へ、徐々にアニル草が集まりはじめていた。


「みんなありがとう、これなら……!」


 ローロはアニル草を鍋で煮ると、ポワロスの花と一緒に乳鉢の中ですり潰す。すると、たちまち青緑色の絞り汁がたっぷり出てきた。


「できた……!」


 ローロはジュモの元へ乳鉢を持っていくと、そのまま口へ当てた。


「苦いけど我慢して!」


 ローロは、絞り汁が全て無くなったのを確認すると乳鉢を離す。


「――がはっ、苦げっ! うぇっ! げほっげほっ!」


「ジュモっ!」


「まっじぃ……」


 いつも通りの様子のジュモに、ゼリルは安堵した。


 それからすぐに、ジュモの顔色は徐々に戻っていき、既に回復の兆しが見えていた。


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