弱小テイマー、ローロ
ジュモは、二人と二匹がちょうど収まるくらいの洞穴に入ると、ローロを座らせた。
「ちょっとばかし薄暗いが、この狭さなら中で魔物が湧くこともないだろう」
魔物は、聖力から一定以上離れたところにしか湧かない特性がある。
ビーストも人間も、聖物は例外なく、僅かばかりの聖力を宿しているからだ。
「ずっと気になってたんだけど、その子もビースト?」
ローロはゼリルを指して尋ねる。
「はい、そうなりますね」
「さっき喋ってるように聞こえたの、幻覚じゃなかったんだ……」
物心ついた時からテイマーのビーストの常識を学び続けてきたローロは、その常識を覆し続けるジュモたちを目の前に、呆然としていた。
「ビーストの声が聞こえるのも、本当なの……?」
「信じられないってなら、証拠をみせてやる」
するとジュモはリドに話しかけた。
「お前の主人の名前、分かるか?」
ローロには「ぎゃう!」と鳴き声をあげたようにしか聞こえたなかったが。ジュモには勿論、言葉として聞こえていた。
『ゴ主人ノ名前、ローロ! 僕の名前リド!』
「へぇ、リドにローロか」
「ウソ……、どうやって……」
「生まれつきだ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
「そんなテイマーがいるなんて話、聞いたことない……」
「ま、珍しいって自覚は多少あるけどよ――それよか、なんだって一人でこんなところにいるんだ?」
「それは……」
ジュモが尋ねると、ローロは俯いてしまった。
「……ジュモ、彼女はついさきほどまで生死の堺にいたのです。今あまり問い詰めるべきではありません」
「こんなひょろっちいガキが、リドラ一匹連れて森に入るなんておかしいだろ!」
「ジュモ!」
「現にこいつらは俺たちが来なかったら死んでたんだぞ」
「それは……」
言葉こそ悪いが、ジュモの言ったことは全て事実だ。そして、この場にいる全員が、その事実を理解していた。
『ゼイラー! 悪イ奴! ゴ主人虐メル‼︎』
答えたのは、羽をばたつかせ、興奮した様子のリドだった。
「ゼイラー? 誰だそいつは」
ローロは諦めたように語り出した。
「……ゼイラーは、私の所属しているパーティ『黒牙の団』のリーダー。……「お前みたいな能無しはトカゲを使って森で探し物でもしてろ」ってさ」
「そんな、ひどいっ……!」
「しょうがないよ、私が弱いのは事実だから。……一度にテイムできるビーストは一体だけだし、この子の考えてることだってほんの少ししか分からない。それに、槍の扱いだって下手くそなんだから」
ローロは力無く笑った。
「――だからって、どうして一人で森に出る事になる。おかしいだろうが」
「……『黒牙の団』に入ってから半年間。今までは、戦いは駄目だけど、雑用とビーストを使った索敵はできるからって、なんとかパーティに入れて貰えてた。……けど、この前のクエストで、私は失敗した。――索敵から漏れた魔物の群れがパーティを襲ったの。その結果一人が大怪我をして、道を引き返す羽目になった」
「んなこと、よくあることじゃねぇのか」
ジュモの言う通り、百パーセントの索敵などない。ましてや、ローロが一度にテイム下におけるビーストは一体なのだから、パーティは索敵漏れが発生する事を見越しておくべきなのだ。
だが、ローロは首を横に振った。
「私はただでさえ足手纏いなのに、さらにパーティの足を引っ張った。……だから私は罰として一人でぽわロスの花の採集クエストに出る事になった。…………きっと、みんな私が死んでも構わないって思ってるはずだけど」
「――そんな勝手な話があるかよ」
ジュモが苛立ちに任せて木の幹を蹴ると、木は大きく揺れてミシミシと軋んだ。
「そのゼイラーって野郎はどこにる。ジラーマか!」
「う、うん……」
「決めた。街に戻ったら絶対にそいつをぶっ殺す」
「ジュモ、気持ちはわかりますが……」
「傲慢で自分の事しか考えねぇ、そうやって他の命をを軽んじる。俺が一番嫌いなのは、そういう人間だ」
そう言ってどこかを睨みつけるジュモの顔は、まるで鬼の形相だった。
「……あんた、ジュモって言ったよね。どうしてテイマーなのに、一人であんなに強いの……?」
「どうしてっつってもなぁ……」
「だって”最弱の技能”なのにあんなに強いなんておかしい……」
「最弱ぅ……?」
「戦技がビーストの強化に集中してるテイマーは、強いビーストをテイムできれば強いけど、そんなの駆け出しにはまず不可能。――だから索敵や斥候が主な仕事になるけど、それさえも魔法や消費アイテムで多くは代用できる。そして残るのは、何の身体能力強化もない、ただのちっぽけな人間」
「だから最弱ってか。そういや、ギルドでも俺をテイマーと知った途端に突っかかってくる馬鹿がいたな」
「……うん。よくあることだよ。テイマーの中で、銅等級以上の人が、どのくらいか知ってる?」
銅等級。ようやく単身でもゴブリンなどの最下級モンスターを複数相手取ることができると判断される、ようやく冒険者になったと言える階級だ。
「さあ、その辺は詳しくねぇんだ」
「……最も多い『戦士』は、少なくとも五人中三人は銅等級に上がれるって言われてる。それに大して、テイマーは“五十人に一人“。……はじめの一歩とされる銅等級でさえ、それだけの人数しか上がれない」
「そんなに少ないのですか……?」
「それが、ビーストテイマーでありながら冒険者をやっていくってこと。……そもそも、テイマーの半分は、冒険者にならずに、物や人を運ぶ仕事に就くから」
「ああ、ギルドの女も言ってたな」
「……あたり前よね。運び屋仕事ならいくらでもあるし、冒険者になったってイバラの道なんだから――それでも私は冒険者がいいの……。お願い、強さの理由を聞かせて」
根負けしたジュモは「参考になるかはわかんねぇが――」と前置きしてから言った。
「……俺が一人で魔物どもと戦えてるのは慣れてるからだ」
「慣れって……あんただってまだ十五、六でしょ? 冒険者歴だって、早くて五年じゃない」
「――十年以上」
「え……?」
「俺は物心ついた頃から森で魔物と戦ってた」
「森……? どういうこと……?」
「……ジュモは、幼少期から、森でオレンジバックの獣人に育てられたんだそうです」
「戦い慣れてるとは思ってたけど……そんなの真似しようがないじゃない……」
「お前だって経験を積めば、今よりは多少マシにはなっていくはずだ。――だがどうしてそこまで冒険者にこだわる。生きて行くなら物運んでればいいんじゃねぇのか?」
「ちょっと、ジュモ!」
「俺は別に揶揄って言ってるわけじゃねぇ。魔物と戦うってことは、命を奪い合うってことだ。……生半可な覚悟じゃ、魔物の養分にされるのがオチだ」
「……生半可なんかじゃない!」
ローロはキッとジュモを睨みつける。
ジュモに比べれば遥かに弱々しい視線だが、それでも彼女の思いの断片は二人に伝わったようだ。
ローロの、槍を持つ手に力が籠った。
「……お母様みたいに、ならなきゃいけないの……」
ジュモは、ローロの言葉から、並々ならぬ重みを感じ取った。
「……まだ生きてんのか、その……母親は」
ローロは、首を横に振った。
そして槍と、それからレッドリドラを抱きしめた。
「この槍と、この子。お母様の形見なの」
「そのドラゴンも……ですか?」
「うん。お母様は、竜騎士だったから」
――竜騎士。文字通り、ドラゴンに跨り槍を振りかざす騎士である。
ビーストテイマーがなれる身分としては最上級のものであり、そして、国のため戦う騎士でもある。
「……お父様も、お母様も国の騎士として魔物と戦ってた。……でも、お父さんは私が生まれてすぐ魔物に殺された。……お母様も、私が小さい頃、魔物との大きな戦いに参加して死んじゃった」
「そんな……」
「――でもお母様も、そうなる事を薄々わかってたんだと思う。そうでなきゃ、わざわざ卵なんて置いていかない」
「その卵から孵ったのがリドなんですね」
「――お母様がこの子達を残してくれたから、私はお母様みたいに強くなる。だから、どれだけ弱くても、どれだけ情けなくても、冒険者を辞める訳にはいかないの」
「ローロ……」
だが――志は気高くとも、その体はどこまでも小さくて華奢だ。
ゼリルは、喉元まで出掛かった「冒険者なんて辞めなさい」という言葉を、どうにか飲み込むことしかできなかった。
「――ああ、そりゃ諦められねぇよな」
だが、ジュモは驚くほどあっさりと、ローロのことを肯定した。
てっきりまた否定されると思っていたローロはきょとんとした表情だ。
「え……?」
「ポワロスの花を探してるってなら、目的は一緒だな。……そろそろ毒は癒えたか?」
「う、うん……」
「ならいくぞ」
ジュモは腰を上げると、さっさとほら穴から出ていこうとする。
「いくぞ、って……」
「お前がどう生きようとお前の勝手だ、俺には関係ない。だが、お前がテイマーで、ビーストを連れ歩くって言うなら、それはビーストを危険に晒すってことだ」
「それは……うん……」
「だから、俺はお前にビーストを守るための、戦うための術を教えなきゃならねぇ」
「教えてくれるの……?」
「さあな。それは一度お前の戦いを見てからだ」
ずんずんと突き進むとジュモ。
すると、ふと振り返って言った。
「親の後を追いかけたいって気持ちは……それなりに分かってるつもりだ」