第9話 裏切者
リールの街へ運び込まれた山賊のドゴンとリックは、自警団の地下牢へ放り込まれていた。
この世界では、警察や裁判所といったものはまだ成熟しておらず、街の治安維持は自警団によって行われていた。そのため有罪や無罪といった罪の軽重も担当した自警団次第な所もあるので、担当者によって結果が変わったり、裏で賄賂が飛び交うことも珍しくはなかった。
自警団の事務所では、駅馬車の経営者ロジャー、自警団団長のエルビス、冒険者ギルドマスター・ガストンが、まさにドゴンたちをどう処分するか相談をしていた。
「俺たちはこれまで散々、被害にあってきた。奴らのアジトはどこなのか吐かせてお宝を回収するんだ……そうは思わんか、ガストン」
エルビスが、物欲しそうな目でガストンを見た。ガストンは大きながっしりとした体をしていて、丸顔にグレーの髪と豊かなヒゲ……そして白目がちな鋭い目をしていた。
「お宝があるならそれに越したことはないが、取り逃がした連中も何人かいるのだろう? 俺が奴らなら、今頃アジトは引き払っているだろうよ」
するとエルビスは、つまらなさそうに口をへの字に曲げると、自分の首に手刀を当てて、左右に動かした。
「それじゃ、とっとと処刑してしまえ」
「まあ、あまり有益な情報が出ないようなら、サッサと殺すに限るかもな……ああいう人間に情けをかけても、また犯罪を繰り返すだけだからな」
そこで、被害者でもある駅馬車のロジャーが立ち上がった。
「ちょっと待ってください。それでは私どもの被害はどうやって補填したら良いのですか」
するとエルビスは肩をすくめた。
「ガスタとドゴンには賞金首がかかっていたが、その権利はあのエルザとかいう女にあるのだろう? ロジャーさんの所には銅貨1枚も入らんよ」
「そ、そんな殺生な……」
「盗賊の被害がなかっただけでもマシじゃないか。エルザにタダで、将来の憂いを取り除いてもらったと思えば気が楽だろ?」
このように、盗賊の処分について色々議論を重ねるのだが、なかなか3人の意見はまとまらない。無駄に時間だけが過ぎていくので、しびれを切らしたガストンは席を立った。
「なかなか話がまとまらんな。少し私はお手洗いへ行かせてもらうよ」
「ああ、ゆっくりとしてきたまえ」
「あまり、ゆっくり出来る気分でもないがね……」
ガストンはため息をひとつ吐くと、部屋の扉を開けた。
ガストンが部屋から出ていった後も、ロジャーとエルビスはかみ合わない意見を言い合っていたが、そこへ出て行ったはずのガストンが、息を切らして駆け戻ってきた。
「大変だ! ドゴンが脱獄しているぞ!」
「なんだって!」
二人は驚いて立ち上がった。
「地下牢は?」
「誰もいない」
「見張りは?」
「気絶している」
エルビスは頭を抱えてしまった。
「と、とにかく我々も牢屋へ向かおう」
そういうと3人は、ガストンを先頭に地下牢へと向かった。
すると、意識を失った自警団の見張りが倒れていて、檻の中には誰も入っていなかった。
「ちくしょう! いつの間に……!」
エルビスは歯噛みした。
「おそらくリールの盗賊どもが脱獄に協力したのだろう……。だが、ドゴンの怪我は重い……そう遠くへは行っておらんはずだ。ここからは、冒険者ギルドも動くことにしよう……エルビス殿も、自警団で色々と追跡されると思うが、連携を取ってやっていきましょう」
「わかった……」
エルビスは悔しそうにうなだれていた。
ガストンは立ち上がって、剣を手に取った。
「それでは、私は失礼させていただく。これから冒険者ギルドへ行って、逃げた盗賊どもの手配をしなければならないのでな」
そういうと、ガストンは踵を返して自警団の事務所を出ていった。
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その頃、裏路地を駆けていく盗賊たちの姿があった。顔に無数の傷がある男……ドゴンである。ドゴンは足を負傷しているので、部下のリックやティム、ニールたちが交代で介添えしながら逃げているのだが、なかなか歩みがノロいので、部下たちは後ろを気にしながらイライラしていた。
そして彼らの脇にはもう一人、長身でガタイの良い男が付き添っていた。黒い蝙蝠の幹部、ガルベスである。ガルベスは面長で野生の狼みたいな顔をしている。手足も長く、胴も長いがそこに分厚い筋肉を纏っていた。
「へっへっへ、こんなにうまくいくとは思いませんでしたね……ほんと、ガルベスさんのおかげですよ」
すると、ドゴンは傷だらけの顔をあげて、ガルベスに頭を下げた。
「すまねえなガルベス……本当に助かったぜ……」
ガルベスはフンと鼻を鳴らしていった。
「お互い様さ……それにガスタ親分の仇も取らなきゃならねえ」
「わかっているとも……俺だって、あの女に雪辱を晴らしてえからな。多少、怪我を押してでもやってやるさ」
そういうと、ガルベスはニヤリと笑った。
「とりあえずは傷の治療だ……これから闇医者の所へ向かうからついてこい」
ドゴンは、首を縦に振った。
「それにしても、今回の件……ギルドマスターはお怒りだろうな……」
「ガスタ親分は、ガストンの弟だからな」
「これまでは、この兄弟で表と裏からこの街を牛耳ってきたわけだが、これからはどうするんでえ」
「さあな。まずはエルザを殺してからの話なんだろ」
そう言ってガルベスは口をへの字に曲げた。
「メスラーさんも大分責められたんじゃねえか?」
「だろうな。だが、それもエルザを殺してからの話だ。ドゴン、あんたもガストンに責められる前に、エルザ殺しの手柄を上げた方がいい」
「へへへ、任せてくれよ、俺も本気出すぜ」
「……だが、まずは治療が先だ……ついてこい」
ガルベスは手招きしながら、ドゴンたちを薄暗い路地裏へと引き連れていった。




