第3話 替え玉
馬から降りてきたその盗賊は、異様な容姿をしていた。
「おい! 馬車の乗客に告ぐ! この馬車に異国の民族衣装を着た小娘が乗っているはずだ。とばっちりを食いたくなければ……その小娘に馬車から降りるように言え!」
その男は恐ろしい容姿で怒鳴った。
彼は筋肉質のがっしりとした体形をしていて、身長は190cmほどもあった。だが本当に恐ろしいのはその顔だ。顔一面、数えきれないほどの、恐ろしい切り傷で覆われているのだ。横に刃物で切ったような傷が、顔中にびっしりとついているのである。一体、彼に何があったのか……それを知る者は誰もいないらしい。
「出てこねえつもりか? ……おい、リック! お前、馬車の中へ行って、小娘を引っ張り出して来い」
「へい、ドゴンさん、少々お待ちを」
するとリックと呼ばれた小男は、ニヤニヤ笑いながらドゴンへ愛想笑いを浮かべた。
ドゴンは自分の肩に担いでいた、自分の身長と同じくらいの長さの両手剣の、先っぽを地面へドスンと突き刺した。それを見た駅馬車の乗客たちがどよめく。
「へっへっへ、ドゴンさんの団扇を見て、乗客がビビってますぜ」
ドゴンの使う剣の名は、人呼んで「団扇」と呼ばれている。30センチはあるかと思われる幅広い刀身は、横に振れば風が起こせそうなことからそう呼ばれていた。その凶悪な重量から繰り出される破壊力は強烈で、幅広な刀身は盾にもなった。そしてなにより、その巨大で恐ろし気な見た目は、見せつけるだけで相手をビビらせる効果があった。
「リック、額に赤いホクロのある子供だ。すぐにわかる」
「すぐに連れてまいりやさぁ」
乗客が怯えている様子が、馬車の外からでもよくわかる。リックは薄ら笑いをしながら駅馬車の扉へと歩いて行った。そして扉の前に立つと、把手に手をかけた。
その瞬間、馬車の内側からバーン!という音とともにドアが勢いよく開かれた。
リックは悲鳴を上げながら地面へと墜落した。誰かがドアを内側から蹴り開いたのだ。リックの顔面は前歯もなく、血まみれになっていた。
「誰でえ一体、こんなことをする奴ァ! 俺たち“黒い蝙蝠“が怖くねえのかよ!」
すると半開きになっていた扉がキイと音を立てながらゆっくりと開いて、中からエルザが半笑いをしながら姿を現した。エルザは民族衣装を肩から羽織って、額に包帯をグルグルと巻いていた。
「おい! 手前か! 俺を蹴ったのは!」
リックが叫んだ。
「おいおい、私のせいにしないでよ。出て来いっていうから出てきたのにさ」
「うるせえ! この女!」
リックが怒鳴ると、エルザは腹を抱えて笑った。
「扉の前に立っているからでしょ? 私に怒鳴らないでよ」
するとドゴンが睨みを利かせながら、剣先を地面へドスンと叩きつけた。
「いい加減にしやがれ!」
ドゴンの太い声で馬車が揺れる。そしてギラリと光る目玉でエルザを睨みつけた。風にたなびく民族衣装と額の包帯……もちろん、それはエイミーのものである。
「その民族衣装……額の包帯……お前がタミル族の女だな……!」
「タミル族?……」
エルザは地面を呻いているリックの顎を手早く蹴って意識を飛ばすと、ゆっくりと剣を抜いて下段に構えて、そのままドゴンの元へと近づいていった。
仲間を蹴られて顔をしかめるドゴンに向かって、エルザはニヤリと笑ってみせた。
「私を追い回すのはやめてもらえるかしら? とっても迷惑なの」
エルザはエイミーになりきったつもりでしゃべりながら、ゆっくりとドゴンへ近づいていった。そして、下段に構えていた剣先をちょっと上げて刀身をドゴンへ向けると、そこへ太陽の光が反射して、ギラリと輝きを放った。
「お前が? ジェームズの旦那が探している女なのか……なんか聞いていたのとちょっと違うような……」
「人違いなら回れ右して帰りなさいよ。今なら見逃してあげるわ」
それを聞いたドゴンは激怒した。
「このアマ、なめてんじゃねえ!」
野太い大声を上げて、肩に担いだ大剣をブウンと振り回した。それは、エルザの身長ほどもあろうかと思える長さの両手剣である。ドゴンがそれを振り回すと、エルザの顔に風が当たった。
「こっちは10人もいるんだぞ! 女ひとりで何が出来るってんだ!」
するとエルザは鼻で笑って、
「何をいってるの? あなたは今、1人じゃないの……どこにあなたの仲間がいるのかしら?」
「うるせえ! 小娘! ぶっ殺すぞ!」
「私を攫いに来たんでしょ? 殺してもいいの?」
「ちょっとくらい、手違いはあらあな!」
ドゴンはそういうと、エルザに向かって猛烈に走り寄り、剣を振り回してきた。偉そうにしているだけあってその斬撃は鋭い。
重さ20kg、長さは180cmはあろうかと思われる大剣……ドゴンはそれを無造作に振りながらエルザへと迫った。とはいえ、ドゴンは本気ではなく、脅しの攻撃である。小娘を生かして持ち帰らなければ、大金は手に入らないからだ。
エルザはその斬撃をヒラ、ヒラと躱しながら、ドゴンとの距離を取った。そして、大振りの一撃を躱した時、その刃に剣を滑らせて懐へ入り込むと、そのままドゴンへ突きを放った。
「ええい!」
エルザの鋭い突きが飛んで、ドゴンの肩へと突き刺さった。
「うわ!」
ドゴンは飛びのいて、振り返りざまに大剣を振るった。
エルザはそれを上へと弾き飛ばし、そのまま左の脇へと剣を突き刺す。だが、そこはドゴン。体が大きい割りには動きは機敏である。それらの傷は、すべてかすり傷であった。
「また傷が2つ増えたわね」
「う、うるせえ!」
ドゴンは少し下がって、エルザをにらみつけると、ペッと唾を吐いた。




