第21話 秘剣・竜巻
バクスと無駄話をしながら、エルザは息を整えていった。体調は依然悪いものの、良ければ勝てるとも限らないし、悪くても勝てたりする。エルザは調子の良し悪しが勝負を決めるものではない……と割り切ることにした。
「あれほど注意しろと言ったのに、ライナーは聞かなかったんだな」
「あの男が人の話を聞くようなタイプなら、死んでいるのは私の方だったでしょうよ。……ところで、あなたも知ってのとおり、私は麻酔なんか打たれてかなり疲れているから、いい戦いができないと思うの。だから、このまま見逃してくれない?」
するとバクスは愉快そうに笑った。
「剣士に万全の時が訪れることなどない。相対する時、その瞬間、瞬間が勝負の時だ……。出て行きたければ、俺を斬ってからにするんだな」
それを聞いて、エルザはため息を吐いた。
「どうしても避けられそうにないのね……」
「バカを言うな、もとよりお前も時間稼ぎなんだろ?」
「ははは、知ってて付き合ってくれてたのね」
エルザは大きく息を吸った。そして剣の柄をグッと握って構えると、剣は命を吹き込まれたかのようにピンと立った。
それを見たバクスも静かに両手で剣を握り、剣先をエルザの胸元へ向けて構えた。
エルザとバクスの間に沈黙が続く……。2人は剣先を向け合ったまま、微塵も動かない。エルザが下段から中段に構えを移すと、バクスは少し上段気味に腕を上げた。
「おおうっ!」
バクスの剣がエルザに振り下ろされる。それを跳ね上げるように剣で受けると、そのままエルザはバクスへ突きを放った。右足を半歩前で出すとともに右手だけで突きを放つ……そしてエルザの剣先は、円運動しながらキラ、キラと二度刃を煌めかせて、バクスの胸元めがけて飛んだ。
「こいつは!」
バクスは身体をクルリと反転させながら、エルザの背中側へ飛び出して「竜巻」の剣筋を躱すと、そのまま下段から突き上げるように剣を振るってきた。
その太刀筋は鋭かったが、エルザが剣で顔を守ったので、べクスの刃は弾かれて、赤い髪をわずかに斬るにとどまった。
「お前どうして、その技を!」
バクスはすぐさま前屈みの中断に構えた。エルザはその構えを見て、あの技が来ると確信する。バクスの放つ、本物の”竜巻”。バクスは飛び上がるように前へ出ると、白い剣身が小さく回転しながら前へ飛び出してくる。
その回転の半径は、半身で躱すことの出来ないくらいの広範囲で、エルザが使った技とは比べものにならないくらい鋭かった。
エルザは回転して迫り来る刃の動きに合わせて、右手に持つ剣を左肩から下に向け、刀身を盾代わりにしながら前へ飛んだ。
バクスの剣は、エルザの刀身にキイン!と音を立てて弾かれつつ、そのままエルザのいない奥の空間へと突き抜けていく。
バクスの剣が、誰もいない空間を斬り裂いた時、彼の身体は、片手を大きく伸ばして半身になっていた。
つまり目の前のエルザに、両手を広げた格好で、自分の腹をさらけ出していたのである。
「しくじったっ!」
バクスの顔が青ざめた時、エルザはその丸見えの腹めがけて、下段から斬り上げるように掻っ捌いた。
「ぐあああっ!」
バクスのうめき声ともに腹が二つに割けて、内臓がトイレの床へドサドサッと落ちた。バクスは口からカッと血を吐いてそのまま膝をついた。
エルザはバクスと距離を取りながら剣を下段に構え直し、剣先を通してバクスを見た。
バクスは剣を投げ出してから腹に手をあて、エルザをジッと見ていた。
「……お前は誰なんだ?……」
「剣聖・セドリックの弟子、エルザ」
それを聞いたバクスはニヤリと口元をゆがめた。
「……これまでワシのこの技を2回見た者はいない……。なぜなら、みんなこの技で倒してきたからな……」
バクスはどこか痛むのか、ウッと呻いて荒く息を吐いた。
「ただひとつの例外は、セドリック・バクスターだ。俺はあの時、反王国組織のリーダーに護衛として雇われていたんだ。そして俺は、リーダーを逃がすためにセドリックの前に立ちはだかった。その時の俺は自信満々だった。どんな剣豪が来ようとも倒してやろうと粋がっていたんだ。ところが奴と剣を交えてみると、まるっきり剣が通らねえ。どうしようもねえほどにな」
「でも、あなたは先生を引退においこんだのよ」
するとバクスはハハハと力なく笑った。
「引退なんてとんでもねえ。奴は辞めるきっかけを待っていただけだろう。現にお前みたいな怪物を育ててるじゃねえか」
バクスは目を閉じて、歯を食いしばった。顔はもう青白く、尻の下には血だまりが出来始めている。
「ただ、奴はちょっと焦ってたんだ。リーダーを追いたかったからな。そこを運よく突いて怪我させただけだ。この技でな。……それであいつの足を怪我させることが出来て……その隙に、俺はその場から逃走したってわけさ」
バクスはゴフッと血を吐きながら咳をした。
「だが、嬉しかったさ。あの剣聖に膝を付かせたんだからな。大金星だぜ。だがこの話を誰に自慢できるんだ? 所詮、ワシは悪党なんだからな」
バクスはそういうと、荒く息をした。
「先生にあなたとの思い出話を聞かされてから、この技を随分と研究したのよ」
「……そこでこの技に対応できたわけか……」
「でも、本物はもっと鋭くて広範囲だった」
するとバクスは、ゼエゼエと荒い息遣いをしながら、血のついた口元をニヤリとさせた。
「それじゃあ、お前は……ある意味ワシの弟子でもあるな」
バクスはフフフッと笑おうとしたが、血が肺に入ったのか、猛烈に咳込んだ。
「あんたの弟子なんて、冗談じゃないわ」
エルザがそう言って微笑むと、バクスはニヤリと笑った。
「違げえねえ……」
そういうとバクスの目から光が消えた。
エルザはフーッと大きく息を吐きながら剣を振るって血を落とした。そして刀身を鞘へパチンと納めると、振り返ってデニスを見た。
「行くわよ……彼女の元へ案内してちょうだい」
すると石像のように固まっていたデニスは、まるで呪いが解けたかのように、急に飛び上がってトイレの扉まで走り、そのまま廊下へ出た。
「姐さん……こっち、こっちでやんすよ!」
デニスはエルザの露払いでもするように先頭へ立って、エイミーの元へと向かった。




