第16話 呆気ない勝負
バクスが去ってから、エルザはゆっくりとガルベスの腕を外して、その大きな身体を床へドサリと落とした。……ガルベスは完全に事切れていた。
エルザは剣についた余計な血のりを布で拭うと、バクスを追って通路へと向かった。
通路の向こうには、白い空間が広がっていた。
20m四方の広さがあり、天上はガラス張りで日の光が燦燦と降り注いでいた。空間には、薄っすらと霧のようなものが漂っていて、明るい空間ながら視界はさほど良くない。
バクスは部屋の奥に立っていた。
エルザはバクスの方へゆっくりと近づくと、バクスはゆっくりと口を開いた。
「エルザよ……お前の剣は確かに強いが、最後の決め手は力技のようだな……だが、それは剣士としてどうなのだ? 本当に優れた剣士なら、剣の理を極め、その術で勝負すべきだろう」
エルザが数歩の距離まで近づくと、バクスは中段に構えて少し背をかがめ、こじんまりと構えだ。それに対してエルザも中段に構えてカウンターを狙うことに決めた。
「ほう、受けに回ったか」
バクスはそう話しかけてくるが、エルザは黙殺する。そして、しばらくの間、沈黙が続いた。今回は、おしゃべりに応じるつもりはない。お互いの剣の挙動に、一挙一動しながら、2人の探り合いは続く。
中段で、少し背をかがめた、こじんまりとした構え……。
バクスのこの構え。
どこかで見たことがある。
エルザにはピンと来ていた。先生から昔話を聞く中で実演してもらったあの構えに似ている。エルザがそう思った時、バクスが動いた。バクスの剣は、小さく回転しながら前へ飛び出してくる。
「あっこの技はっ!」
秘剣・竜巻!……この技は、手のひらの握りをうまく使って、コンパクトに円運動を起こし、回転させながら素早い2太刀、相手に斬りつける技である。その時、半身になって片手だけで剣を伸ばし突くことで、相手が思っている以上に斬撃が奥へ伸びるのだ。
「あああっ! だめだ!」
回転させながらの片手突き。
バクスの剣は、キラキラと2度の煌めきを見せながら、エルザの胸元に向かって刃を走らせていた。
「うおーーーっ!」
予想以上に伸びてきた剣に、エルザは回転を止めるように剣先を下げてガードしながら、全力で床を蹴って斜め後へ飛んだ。
バクスの剣の切っ先がエルザの胸を薄く切る。そして、一連の動作で回り来るバクスの刃は、ガキン!とエルザの剣とぶつかって火花を飛ばした。その追撃を、エルザは潔い飛び退がりでなんとか躱しきったが、無様にも尻を床に打ち付けながら転倒してしまった。
この技の怖い所は、半身で躱そうとしたら斬られるし、後方へ下がっても斬られるということである。回転しながらの伸びる剣。これを初見で躱すのは至難の技であり、エルザの潔い飛び退がりが、結果としてエルザを救ったのであった。
「あれを躱すか!」
バクスは尻もちをついたエルザに向かって追撃する。
一の太刀をかわした時は、ニの太刀が来る……そう教わったエルザは、無様に転びながらバクスの追撃を剣で受け、今度は前へと転がり飛んだ。
そこへ三の太刀が来る。
今度はそれを躱す余裕があった。転がりながらそれを躱すと、エルザはバクスの足首めがけて斬撃を放った。
「えい!」
バクスはふわりと後ろに飛んでそれをかわし、追撃してきたエルザのニノ太刀を受けながら、いま一歩後ろへ飛び退いた。
バクスは冷や汗をかいていた。そして内心、ライナーに詫びた。
(悪いがライナー。やっぱりこいつの生捕りは無理だ)
初めは手足を斬りつけて生捕りを考えていたバクスだったが、そんな甘い戦い方ではこっちが危ない。バクスはエルザを本気で殺しにいくことに決めた。
一方、エルザは、逆にバクスを討ち取るつもりで剣に集中していた。エルザは知っているのだ。先ほど受けたこの技こそ、剣の先生を斬ったという「竜巻」という技に違いない。ということはこの男こそ、例のバクスという剣士なのだろう。
さあ、今度は私の番だ。エルザは強引に斬りかかろうと覚悟を決めて、エイ、エイと声を出して気合いを入れた。ところが、エルザがこれから攻撃に転じようとしたその時、この闘いは唐突に終わりを告げた。
エルザの背中にチクりと何かが突き刺さったのである。
「うっ!」
エルザは飛び上がってバクスから距離を取ると、背中に刺さった何物かを手で払った。
そして、足元に落ちてきたソレを見ると吹き矢であった。
「嘘でしょ?」
すると目の前が急にふらついてきて、エルザは思わず膝をついた。強烈な麻酔だったのだ。エルザは意識が朦朧とする中、バクスを責めるようなまなざしで睨んだ。
「剣の理を極め、その術で勝負すべきとか言いながら……結局、これなの?」
ふらつくエルザを見つめながら、バクスは大きなため息をひとつ吐いた。
「すまんな。ワシも吹き矢のことは知らなんだ。……だがまあ。なんだ、世の中そんなもんだ」
そんな声を聞きながら、エルザは完全に意識を失って、床へと倒れ伏した。




