第10話 メガ婆
デニスが膝の治療に訪れたのは、街の路地裏にある、薄暗く小汚い診療所だった。
診療所と言ってもここは盗賊専門の闇医者で、ここの院長であるメガ婆自身も犯罪者である。
メガ婆の本名はオメガといって、昔は宮廷医師を勤めていたこともあるらしい。医師としての腕は確かなのだが、時折常識よりも好奇心を優先する悪い癖があって、患者に実験的な薬品を投与したり、必要のない開腹手術を行うこともあったらしい。
決定的だったのは、ある貴族の跡取り息子に人体改造手術を施して死なせてしまう事件を引き起こしたことだ。それによってメガ婆は指名手配され、夜逃げ同然で逃亡し、リールの街へ潜伏するに至る……ということらしい。
メガ婆の年齢は不明だが、かなり高齢なのは間違いない。みんなメガ婆と呼んではいるものの、本当のところ、婆なのか、爺なのかわかっていない。そして今も時折、盗賊相手に治療と称して、密かに人体の魔改造を行っていると噂されていた。
「ちくしょう、痛ぇ、痛ぇ……何とかしてくれ……」
簡易ベッドに腰かけながら、デニスは喘いでいた。ここへ運び込まれてから、もう、かれこれ半日も待たされている。
デニスは早く治療をしてほしくて仕方がなかった。
「一体、いつになったら治療してもらえるんだよぉ……」
デニスはグズグズと、そんな弱音を吐きながら、ベッドの上でゴロゴロとしていた。
その時、小柄で白髪頭の老婆が診察室に入って来た。
「何泣き言ってんだい!」
その老婆は、デニスの座るベッドを蹴り飛ばす。
「痛い、痛い! 婆さんやめてくれ! 振動で足に響くから!」
「馬鹿言ってんじゃないよ……全く。それでも荒事を好む盗賊かね。今、お前なんかよりよっぼどひどい患者を診ていたんだよ。そっちは命に関わる感じだったからね。それに比べりゃ、お前の怪我なんて、クソみたいなもんさ。そんなにメソメソされちゃ、治療なんて出来やしないよ」
「そんなあ!」
デニスは慌てて頭を下げた。
「我慢しますんで……頼みますから治療してやってくださいよ……」
「本当にしょうがない男だ……」
メガ婆は、デニスの膝を伸ばした状態で固定し、手早く石膏で固めるなど、チャキチャキと治療をした。
「これで良し……と。しばらくは安静にして、膝の骨がくっつくのを待つんだね。1か月ほどたってもくっつかなかったら、刃物で切り開いて金具を打つことになるからね! それが嫌なら動き回らず安静にしているこった」
それを聞くと、デニスは真っ青になった。
「足を切り開くなんて、とんでもねえ! 頼むから切らない方向でお願いしますよ……」
「なんだい、意気地のない子だねえ……まあ、とりあえず、痛みに耐えられなくなったら、この痛み止めを飲みな。薬がなくなったらまたおいで」
メガ婆は奥から松葉杖と薬袋を出してきて、デニスに差しだしてきた。
「へい、ありがとうございます……」
デニスはそれらを受け取ると、メガ婆に礼を言って部屋を出た。
部屋を出ると、すぐに長い長い廊下を歩かなければならなかったので、デニスは松葉杖を使ってみることにした。
「うう……歩きにくい……いつまでこんな生活続けないといけねえんだ」
デニスが慣れない松葉杖でヒョコヒョコ歩いていると、廊下の奥にある長椅子に大きな男が座っているのが見えた。
フードを被って俯いている姿がなんとも不気味である。
「まあ、よく考えてみると、ここは闇医者なのだから、怪し気な男がいたってちっともおかしくねえか」
デニスはそう思いなおすと、また、ヒョコヒョコと廊下を進んでいった。
そして、その不気味な男の前を通り過ぎようとした時のことである。ローブの下から太い左腕がニュッ飛び出してきて、デニスの松葉杖をガッと押さえた。
「な、な、なんでぇ!?」
デニスがドキッとして男の顔を目を向けると、そこには数えきれないほどの傷のある、恐ろしい気な顔が笑っていた。
「ぎゃああ! で、でたああっ!」
デニスは派手に驚いたが、ドゴンはガッチリと松葉杖を掴んで離さない。
「デーニースっ! よくも貴様ぁ、ワシを置いて逃げやがったな!」
「ひ、ひえええ!」
ドゴンはローブをガバァと捲り上げると、金属製の筒のようになっている右腕をデニスの体へと押しつけた。エルザに斬られたはずの右手には、ギブスも兼ねた金属製の、謎の機械が装着されていたのだ。
「ひいい!なんですかい、その右手は!」
デニスの驚きっぷりに満足した様子で筒の機械を起動させる。すると中にあるバネや歯車がガラガラと動きだして、先端から触手のような形をした金属製の捕獲器が発射された。
「ぎえええ!」
ドゴンの捕獲器は、瞬時にデニスを松葉杖もろとも、両腕や腹、背中に至るまでガッチリと押さえつけた。そして、そのまま宙へと持ち上げたのである。
「な、何するんですかい、ドゴンの兄貴!」
頭上高く持ち上げられ、もう寸分の自由もないデニスに、ドゴンはその傷だらけの顔を近づけて鼻息を吹きかけた。
「俺も治療を受けにここへ来たんだが、そしたらお前がここにきているっていうじゃないか……挨拶もなしに帰るわけにはいかねえから、ここで待ってたってわけさ」
「ひいいいっ! 一体何のためにい?」
デニスは慌てふためいて、足をバタバタさせた。
「見ろ、俺のこの右腕を……。あの憎っくき赤い髪の女に斬られたこの腕は、メガ婆の多機能ギプスを装着することによって生まれ変わったのだ。もっとも俺の場合は、エルザ捕獲に特化した形にカスタマイズしてあるがな」
確かにこの捕獲機に捕まったら、いくら赤い髪の女といえども終わりだ。剣を抜くことなど不可能である。
「この状態のまま、数人で奴をいたぶるわけだ。さすがのエルザも、小便垂らしながらごめんなさいするだろうよ。この新兵器を俺は、"白銀の牙"って名付けたんだが、お前、このネーミングどう思う?」
「ええっ! いりますか? 名前?」
「うるせえ、いるんだよバカ野郎!」
「痛てててっ! 痛いっ! 親分っ! 助けてくださいっ! ……助けて! なんでもしますから! なんでも!」
「何でもするんだな? そりゃ、いい心がけだ……実は少しばかし人手不足でな……」
ドゴンはニヤリと笑った。




