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1.

「星が綺麗ですね」

 どこかでそう聞こえた気がして、つられて空を見上げた。

 空には、紺青色とアクアブルーの滑らかなグラデーションが、暗くとも騒がしい都会を覆っていた。

 冬の空は好きだ。

 空気が澄んでいて、空のあらゆる光がまっすぐに、迷うことなくこちらに届くから。

 私の真上にある、紺青色に少し黒と紫を加えたような空は、深くて濃くて、一切の色をも飲み込んでしまうほど暗く、不透明なのに、もしかして空の向こう側が見えてしまうんじゃないかと思うほど透明だ。

 その空も、私たちに近づくほど柔らかく、優しいアクアブルーに変わり、薄い紙に絵の具を垂らした時のように淡く滲んでいる。

 それでもなお、これほどにも澄み渡っていて清澄なのに、何色とも混ざらない雄大さがあった。

 きっと、この世の誰もがこの空を完璧に表現することは不可能だろう。

 何もかも吸い込んで、その壮大な宇宙に連れてってしまいそうな空の上に、一つだけ立つことのできる星があった。

 何光年も離れた空の彼方でその身を燃やして放っている輝きは、私たちの目には白い点にしか見えない。

 しかしその点は、あちらこちらを統一性もない光で照らす建物の光や、電光掲示板とは比にならないほどの眩い光で一直線に、私達を貫いている。

 都会の空で見える星は、一等星だとどこかで聞いた気がする。

 きっと、見えないだけで、数え切れないほどの星が私たちに光を届けようとしているのだろう。

 そして、選ばれしあの星だけが、この夜空に立つことを許された。

 しばらく星空を眺めていたようで、ふっと我に返ると直後、握っていた手から何かが離れる感触がした。

 すぐに、ガシャンと、地面とその落ちたものたちとがぶつかり合う音が聞こえた。

 驚いて下を向くと、手に持っていたカバンが手から離れ、中にはいっていた筆やらパレットやら、そしてキャンパスまでもがバラバラと落ちてしまっている。

 体の芯がひゅっと冷えた感覚と同時にしゃがみ込み、真っ先にキャンパスに傷がついていないかを確認する。

 キャンパスには、一面に水で薄められた青藍色と紫がかった瑠璃色が滲むように混じり合っている。

 その下には、うっすらと荒く下書きされた線が見える。

 見たところ、大きな傷はないようだ。

 ほっと胸を撫で下ろし、ひとまずキャンパスをカバンにしまった。

 すると、目の前の地面に影が落ち、「大丈夫ですか。」と、若い青年の、まだ声変わりのしきっていない、高いとも低いとも言えない微妙な声色で、だけれどもすんなりと耳に入る澄んだ声が聞こえた。

 反射的に「大丈夫です」と答えながら声のする方へ顔を向ける。

 すると相手が隣にしゃがみ込み、落ちた筆やパレットを拾い始めた。

 タイミングがずれてしまい、横目で相手の顔を見る。

 横顔しか見えないが、おそらく高校生か大学生くらいだろうか。

 驚くことに、脱色をしたのか青年の髪は真っ白だった。

 夜空の青やネオンの色を反射して、青年の髪は、カラフルに色を変えた。

 コロコロと変わる髪色と、このまま街ごと呑み込んでしまいそうな夜空の青で、青年の髪が本当に白色なのか、詳細にはわからない。

 だが、このたくさんの光と色を自らの髪の上に乗せて、色鮮やかな絵を作るこの髪色は、きっと白色だろう。

 私は、この髪色を知っている。

 懐かしい、と、ポチャリと水滴が池に落ちるように、頭の中で波紋が広がっていく。

 それに作用するかのように、一つの泡が弾けた。

 一つ泡が弾けると、それに共鳴するように次々と周りの泡が弾けていく。

 泡が弾けるたびに、あのときの景色や、匂いや、味が、まざまざと思い出された。

 それらの泡と記憶は、パレットの上で絵の具を混ぜるように混じり合い、不思議な色を魅せた。

 触れれば壊れてしまいそうなほど脆く、だが凛としたその色は、懐かしい、彼と私の思い出のようだった。


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