トラウマ
イシュさんが紹介してくれたお店。中はあんまり広くない(イシュさんの診療所を見た後だからかな?)かな。
内装は丸太が段々に重なっていて、少し古めかしさを感じる。あちらこちらに自然にできたであろう傷がある。昔住んでた家みたい。流石に家よりは大きいけど。
いくつかの長方形のテーブルが並べられている。私たちは入り口から少し離れた窓際の席に座った。
ここを見てると、あの診療所って大きかったんだなって思った。ベッドがぎゅうぎゅうに部屋の中に詰められていてそうは感じはしなかったけど。そうだよね、ベッド十数個入るぐらいだもんね。
逆にここはテーブルとか椅子、観葉植物ぐらいしかなくてあそことは真逆ね。閑散としてる。
「あそこ、あんたが思ってる以上に広い設計にしてもらったんだがな」
テーブルに頬杖をつきながらそう言ったイシュさん。
怒ってるわけじゃないけどムスッとした、いい気分じゃないなって顔をしている。
「そ、そんなこと考えてませんよ。それで、その読み取るのってどうやってるんですか?」
「秘密だ」
そう言って口にお酒を運んでる。いい飲みっぷりだこと。
魔法なら習いたかったのに。
「あぁそうだ、そうだ。エーシャ、これは俺たちの秘密なんだ。アッハッハ」
そんなに顔が上を向くまで高笑いしなくても……。
ジョッキも高らかに上げてごくごくと飲んでいる。
シロネさんの一人称って俺だっけ? お酒が入ると性格変わるタイプだな、きっと。
あと、その小馬鹿にするでもない大きな笑い方、結構ムカつきます。
「おい、シロネ、そうあんまり笑ってやるな。エーシャの顔がすごいことになってるぞ」
「ん? どんな顔してんだ? っておいおい、そんなにほっぺ膨らませなくたっていいだろ。どうやってんだよ、それ」
思いっきり上がってた顔とジャッキをガクンと下げて、こちらに目を向けたシロネさんのこの反応。やっぱりこの顔って他の人から見るとすごいのね。
鏡越しで見てもあんまり膨らんでるようには見えなかったんだけど。
でもまあ、軽く怒ってる時の表現としてはやっぱりこの顔は最適ね。怒ってるっていうよりは不満な時にかな。場を和ませるのに一役買ってる気がするから。
「秘密です」
「ケチめ」
「イシュさんの秘密と等価交換ということなら伝授しましょう」
「等価じゃねえだろ!」
「えー、これ実はすごい秘密が隠れてるんですよ? だからイシュさんの秘密と五分五分だったりするかもですよ?」
「す、すごい秘密だって? イシュのと並ぶぐらいの?」
ゴクリと喉を鳴らして、こんななんでもないことに興味をそそられてるシロネさん。もしかして少しおバカ? それは失礼か。
そうとうお酒が回ってるんだろうな。診療所で会った時の威厳さはどこへやら。
「おい、シロネ、遊ばれてるぞ」
「なっ、おまえ、騙したな!」
「だ、騙してませんよー」
なんだ、このやりとり。楽しい。ぽんぽんと会話が進むのって楽しさを味わうのは何年ぶりだろう。
「目、泳いでるぞ」
「うっ」
酔ってるシロネさんに気づかれるぐらい私、顔に出てるんだ。
「いえ、これはれっきとしたすごい技なんですよ! 神業といっても差し支えありません!」
「神業だって!? おい、イシュ、聞いたか!? 俺たちに教えてくれよ!」
一言二言で丸め込んだぞ。押し売りセールスマンもびっくり。
「なんで俺も含んでんだよ。神業って言われただけで乗せられてんじゃねえよ」
「しょうがねえだろ。神業は誰しもの憧れだろ? すまんが、お前の秘密はくれてやってくれ」
イシュさんの前で手を合わせながらお願いしてるシロネさん。
本当にこれができるようになりたいなら、一肌脱ぐんだけどね。神の一手でちゃちゃんとできるようにしてあげれるよ。
「やだよ、自分の頬でも引っ張って伸びやすくしとけ」
「まさかエーシャ、秘密ってそれか? ずっと引っ張り続けたらエーシャみたいにできるのか?」
「できません」
「そんなー……こうなったらやけだ。イシュの金で美味いもん食い尽くしてやる」
「ああ、いいぜ。だが考えて食えよ。俺の財布は有限だ。しかも、もうその限度までだんだんと近づいてきてやがる。払えねえ金額になった時には全額お前になすりつけるからな」
「ふふん、大丈夫だ。俺にはたまたま拾った大金がある」
シロネさんの手には金貨が溢れそうなぐらい入っている袋があった。
「どこでそんなの拾うんですか?」
「秘密だ。お前の神業となら等価交換してやらんこともない」
「ならいいです」
「もうちょっと粘ってくれよー……金貨一枚付けるから、これでどうだ?」
金貨を一枚取り出し私の前で揺らしている。
確かに私には金が無い。この案呑もうかな? 金貨一枚、喉から手が出るほど欲しいし。
「金のやりとりはやめとけ。後で喧嘩になるぞ」
それもそっか。酒を呷りながら言っているにしては説得力がある。言ってることは正しいと思うけどね。
金額が大きいし、たぶんシロネさん酔いから覚めたら今のこと忘れてそうだもんね。
後で、一枚無くなったとか騒がれても嫌だし。その場合の犯人? は私になるわけだし。
「はい失礼、置かしてもらうぜ」
厨房から出てきた店主がイシュさんとシロネさんの間からニュッと出てきて、両手に持っていた大きいお肉ののったお皿をドンと置いた。
「酒2つ追加で」
「OK」
追加の注文を聞き、トットットと甲高い靴音を鳴らしながら奥へ颯爽と戻っていった。
「さあ、食おうぜ食おうぜ」
お酒が回って食欲が増しているであろうシロネさん。
「俺にも一口残しといてくれよ。エーシャは食えるだけ食ってくれていいからな」
お酒をバンバン飲んで液体で満ちたお腹をぽんぽんと叩きながらそう言うイシュさん。
「わぁ……すごく美味しそう」
実に一週間ぶりのちゃんとした食事になる。こんな豪華なものとなると何年ぶりだろうか。不思議とキラキラと輝いて見える。
「いただきます!」
その肉は鳥の丸焼きのようなものだった。
自分の分を切り分けて取り皿に取り、いざ食べようとした時、違和感があった。
「ん? うっっ」
眼前にある肉、妙に臭い。思わず鼻を指でつまみたくなるほどに(二人の前だから我慢した)。
どんな匂いかと聞かれると、所謂生ゴミのそれに近い臭いかな。
いや、匂いは美味しそうなんだ。
だけど何故かこれを臭いと判断している脳みそがいる。
切り分ける時には全然気づかなかった。フォークに刺していざ、という時にこれだ。
みんなの方に目をやっても食べてるシロネさんの顔は満足気だった。バクバクとそのまま持ち手を持ってかぶりついている。
「おい、どうした? 口に合わなかったか?」
肉を上げて下げてを繰り返し、中々食べようとしない私を見てイシュさんが声を掛けてきた。
「いえ、お肉を食べるのが久しぶりで……」
こんな理由も、今食べるのに踏み出せない理由としてあるのだろうか? あったとしても米粒一つの小さな理由だろうな。
そんなものよりも遥かに占めている、脳を独占している何かがあるんだ(臭いもあるけどこれに比べたら大したことじゃない)。
でもわからない。それが何なんのか。漠然とした何かが加速度的に広がっている。
悩んでる様子を2人に悟られたくない。
早く食べなきゃ。
「おい、あんまり無理するな。無理して食わなくていいんだぞ」
イシュさんのそんな言葉が右から左に流れる。
お腹は空いてる。匂いだってよだれがでてしまうほどに美味しそうだ。
なのにこの脳みそは拒絶してくる。
まるで「食べるな」と訴えかけているように。
でも、出されたのだから、注文してもらったのだから、せめて、せめて一口でも食べなければ。
食べたら案外楽かもよ。
そう一瞬でも思えたならあとは手を口まで動かすだけ。
パク
ひと噛み、ふた噛み、さん噛み。
徐々に迫り来る吐き気。
締めつけられた喉。
速くなる心臓の鼓動。
滲み出る冷や汗。
不安が募る脳みそ。
「うぇっ、うえっ、おぇっ」
吐き気のせいでえずき、締めつけられた喉のせいで飲み込めず、速くなる心臓の鼓動で焦りを感じ、滲み出る冷や汗で緊張を感じ、不安が募る脳みそでは思い出してはいけないものが蘇りそうだ。
「おい! 大丈夫か!」
シロネさんの声が聞こえる。えずいた私を見て背中をさすってくれているようだ。
吐いた。
盛大に、というわけではないけれど。単に噛んでいた肉と胃液がちらほら程度だ。
だが、思い出してはいけないもの、思い出したくないものは盛大に鮮明に蘇った。
2日前に背負わされたトラウマが。
こういうの書くのってむずいね




