ニマッ
「おい、エーシャ、起きろ」
聞き覚えのある声がする。イシュさんの声じゃない。女性の声がする。少し特徴的な声だ。たぶんありふれた声ではないんだろうな。
なんだか、この声で楽しい思いや悲しい思いをした気がする。誰だったかな。
「シロネだ。覚えてるか?」
「あ……あぁ! シロネさん、こんばんは」
「お前、絶対忘れてただろ」
忘れてたわけじゃないんだけど名前がスッと出てこなかった。たぶん顔と名前が自分の中で一致してなかったんだろうな。
にしても、顔をちゃんとみるのは初めてだな。
真っ黒で長い髪が彼女の威厳な風格を形取っているようでかっこいい。
皆が目を見張るのはこの黒髪だろう。
でも、私が1番目を見張るのは彼女の赤い瞳。血の赤とは違う、生肉の赤とも違う。とても澄んでいる。不純物ゼロの赤があるとすればきっとこれのことだろう、と思うぐらいには綺麗でその瞳に一目惚れしてしまった。
「なんだお前、ジロジロと見るな」
「ごめんなさい!」
でも、あの目で睨みつけられると怖かった。真っ赤な月が二つあるようだ。
「私の目がそんなにおかしいか」
「おかしいだなんて思ってません」
「冗談だ。ごめん、ごめん。私の目綺麗だって言ってくれたもんな」
はて? そんなこと言ったかな? ちょっと高い丘の上で会ったきりで、私この人とちゃんと喋るのは初めてだよね? 私の記憶違いかそれとも、シロネさんの人違いかな。
まあいっか、たぶん以前どこかで会って私がそんなことを言ったんだろう。都合のいい解釈をしとこう。
「そうだ、イシュに言われて来たんだ。どうだ? 今腹空いてねえか?」
「はい! よく寝たのでお腹が空いています」
「だよな。イシュが美味い店に連れて行ってくれるらってよ。一緒に行こうぜ」
嬉しい気持ちでベッドから降りると違和感があった。私から距離を取るようにシロネさんが後退りしていたのです。顔は、なんだろう、獰猛な動物に迫られている時の非力な村人の顔とでもいうか。なんだかシロネさんの様子が変だ。
といっても私はシロネさんの普段を知らないから、もしかするとこれが普段なのかもしれない。
端的に言えば私の動作に怯えているようにみえた。先ほど感じた威厳が一瞬薄まる時がある。
それが私の動きと呼応するようになっている気がして不思議な気持ち半分楽しい気持ち半分で観察してしまっている私がいたのでした。
「そんなに観察しても無駄だぞ」
「観察なんてしてません」
こんな会話の末にシロネさんから毎度短いため息が出ているのにも気づいた。私何かしたかな。
そういえば、まだありがとうって言ってなかったな。今言っておこう。
「あ、あの、シロネさんここまで運んでくれてありがとうございました!」
「……あー……うん? ……あぁ、気にすんな」
今短い間があったよね。戸惑ってる感じがしたな。
文面だけみると前半部分はたじたじしている感じだよね。
実際、首を少し傾けて悩んでいる様子からの「気にすんな」だった。別のことで気になっているのですが。シロネさんの様子、やっぱり気になる。
でも、こんなことに悩んでいても意味無いだろうし気にしない方がいいのかな。
「そういえばイシュさんはどちらに?」
「あいつなら先に行ってる。場所は知ってるから行くぞ」
そう言ってそそくさと部屋から出て行った。私嫌われてるのかな。嫌われるようなことしたのかな。
部屋を出て診療所の玄関口まで行くとシロネさんが壁にもたれ掛かって待っているのがみえた。
「遅くなってすみません。」
「行くぞ」
だんだんと素っ気なさが際立ってきた気がする。シロネさんとは仲良くしたいんだけどな。
シロネさんさ私が近づくやいなや玄関の扉を勢いよく開け、スタスタと行ってしまった。
私は少々時間をおいて後について行った。怒ってるのかなとかそんな疑問を浮かべながら。
大通りに出てからしばらくして壁の方に繋がってるであろう路地裏に入っていきました。
あっ、壁が見えてきた。懐かしいなー。
ちょっと気分が高まってきた。楽しいな。壁を見つけてスルスルと音を立てながらかべを撫でながら進んでいく。この道好きだな。
「なあ、エーシャ。」
「はい、なんでしょう」
急に立ち止まり、振り返ってきたシロネさん。一瞬みえた見返り美人もさよならし、真剣そうな両目が私を捉えている。
「こういうのはあんまり聞かねえほうがいいんだろうが、お前一昨日のこと覚えてねえのか?」
「一昨日ですか? 一昨日はまだ寝てました」
「そうか……ならいい」
「一昨日がどうかしましたか?」
「いや、覚えてないならいいんだ」
くるりと回りまた前に進み出すシロネさん。
その話の締め方とっても気になるんだけど。一昨日何かあったのかな。寝てたからわかんないや。
でも、私に関係のある話だよね。
覚えてないならいいって、シロネさんとの思い出話なんて1週間前の出来事ぐらいじゃない?
「その話気になります。聞いてもいいですか?」
「あー……お前の見舞いに行った時、お前の寝相がすごかったって話だよ」
「えーそれ本当ですか? 恥ずかしい……」
「もうちょい詳しい話はいつかしてやるよ」
その話の詳細なんて聞きたくないな。
「そういえば今どこに向かってるんですか」
「なんちゃらかんちゃらって名前の店だ。南門の近くってことは知ってんだ」
「つまり覚えてないんですね」
「場所と名前のイメージはついてるからいいんだよ」
この人について行って大丈夫だろうか。イシュさん助けて。
私が住んでた山が遠ざかっているから南に向かっているんだろうけど。
「なあ、エーシャはトシに来たことあるのか?」
「はい、ありますよ。どうしてですか?」
「いや、壁に一切目を向けてないのが不思議でな。初めて来たやつは異様さに目をパチクリさせるもんだからさ」
よく来てたから透明な壁(無いように思えるけど触ってみたらちゃんとあるよ)なんて見慣れてるし。
初めて来た時は何もない壁を意味もなく見上げてたりしてたな。
観光客の人もそりゃびっくりするだろうけど、触ってみたら感動するだろうな。ぜひ触って皆んな。
たぶん今日も壁にぶつかってる馬車がいるんだろうな。通り抜けるのは無理なのにね。
「初めてきた時によくぶつかってましたけど、今は壁に沿って線を引いたんですね。」
暗くなった今でもわかるように少し明るくなっている線を見て親切設計だなと思った。昔作ったたんこぶが懐かしい。
「あぁ、外と内にぐるっと引いたんだ。ちなみに私も線引き係で手伝ってたんだぜ」
「わあ! すごいです! 私もやってみたかったな」
「どうせいつか線が薄れてくる。その時にやってみな」
そんな話をしていると、シロネさんの歩く速度が遅くなっているのに気づいた。もう並んで歩いてるような感じだ。
さっきまでのスタスタ歩きとはすごい違いだ。
「もう少しでつきそう――おい、なんだその顔は」
「へ?」
「口角上がりすぎだろ」
気づいたらシロネさんの顔を下から覗き込んでニマッとしてる私がいたらしい。今気づいた。
違う。決して歩く速度を合わしてくれて嬉しいなんてことは無いのです。
あぁ、更に口角が上がっていくよ。
「こっちを見るな」
「ぐう」
シロネさんの手でむぎゅっと顔を押されてしまった。
抗おうとしたけどこの人力強かったや。さすが、私を運べるだけの力をお持ちで。
覗き込んだのが悪かったかな?
「寝相の話だが、やっぱり詳細を話すのはやめだ」
「急ですね。でも、寝相の話の詳細なんて最初からいりません」
そうは言ったけど、何だか気になる。私の頭がそれを求めてる気がする。けど、拒絶してる気もする。
本当の話を無理にでも聞き出すべきかな。
「おっ、あれイシュじゃねえか? やっぱ私の勘はすげえな」
シロネさんが指した指の先を見ると確かにイシュさんらしい後ろ姿が見える。
特徴的な白衣を避けるように通行人たちは歩いている。
まあ、怪しいよね。でもおかげでイシュさんがくっきりと浮き出してるからありがたいのかな?
「勘だったんですか?」
「ふふんっ」
そんな胸を張っても、私褒めてないんですけど。
「おーい! イシュ!! エーシャ連れてきたぞ!!」
声大きい……耳が痛いよ。
「うおおお!」
こんな雄叫びを出しながらイシュさんに突進していた。腰あたりにきめてたから、明日は立てなくなってそうだな……。
さて、やっとご飯が食べれる。どんなお店かな。お肉だったらいいな。
お腹がぐぅぐぅとなっている。胃袋も楽しみにしてるんだね。まともな食事は久しぶりだもんね。楽しみだな。
「イシュさーん!」
シロネさんの後に続く形でイシュさんのもとまで走っていきました。さすがに突進はできなかったけど。 会って間もないけれどやっぱり私この人たち好きだな。
イシュさんはよく分からないけど優しいし、美味しいお店に連れて来てくれた(案内してくれたのはシロネさんだけど)し。
シロネさんは見た目が好きだし、ちょっと気を許してくれたようで嬉しいし。
トシに来てからずっと気分がいいや。ずっとトシに居たいなぁ。
うおおおお




