ばんそうこう
小さい頃を思い出した。
母が二階で洗濯物を取り込んでいる時に、
「危ないから、大人がいない時は、カッターナイフは使っちゃダメ」
っていつも言われてるけど、内緒で父の道具箱から出して使ったの。
何故かって言うと、ちょっと前に従姉妹の叔母さんの旅行のお土産にお菓子をもらったの。
その箱についてる子犬の絵が、とても可愛いくて。
それを切り抜いて取っておきたかったから。
はさみで切ろうと思ったけど、箱がすごく硬くて、どうやっても切れなかったの。
で、私はカッターナイフなら切れるんじゃないかと思った。
チキチキとカッターナイフの刃を出してね、私は子犬の絵の横にあてがって。
でも、普段カッターナイフってあまり使わないから、とても扱いが難しくて……。
思わず力をギュッと入れたら、ザクッって左手の親指の先を切ってしまったんだ…。
ズキッとして痛いっ!と思ったら、指先からぽたぽたと真っ赤な血が垂れ落ちて、痛いのよりも、その血が怖くなっちゃったの……。
その時、何となく覚えていたテレビドラマのワンシーンが頭に浮かんでしまって……。確か、母が好きだった刑事モノのドラマだったと思う。
どうしよう!私死んじゃうかもしれない!
救急車で運ばれてお医者さんに行って手術かもしれない!
そう思ったら、目から涙がいっぱい出てきて、うわぁああん!と大きな声を上げて泣いてしまったんだ。
二階から、あわてて母が降りてきて、私を見て驚き駆け寄り…。
ティッシュを箱から引っぱりだして、私の指にあてた……。
「ちょっとこうやって、手を高く上げてティッシュで押さえてなさい。」
母は真剣な顔で、私の腕を心臓の高さに持ち上げ、少しだけ語気を強めてはっきりと言ったから、私は泣きながらだけど、母の言うとおりにしたの。
親指の先がドクンドクンとして、怖くて怖くて…。
私…いったいどうなっちゃうんだろう…と不安な気持ちでいっぱいだった。
母は、救急箱を手に持って小走りに私のところへ来たわ。
そして、私の手をそっと取り、ティッシュをゆっくりとめくり、傷を見たの。
親指の先からは、血がじんわりと滲み出てくる…。
私はまた怖くなってうわんうわん泣いたの。
「あぁ、よかった…、そんなに深く切れてないみたい。ばんそうこう貼っておけば痛くなくなるから」。
母はホッとため息をついて、私の指を消毒してばんそうこうを親指にまいてくれたわ。
ばんそうこうを貼ると、急に怖くなくなって、私の涙はすぐにとまった。
「これでもう怖くないし、痛くないからね。」
母は私の手の甲を優しくさすり、笑った。それから、
「だから大人がいない時にカッターナイフを触っちゃいけないんだよ!」
顔はちょっぴり怒っていたけど、なんだかその瞳は暖かくて優しいなぁと思ったの。
私はうなずいて小さく 「もうさわらない。ごめんなさい…。」
と母に謝ったの。そんな私を母は「よし、お利口さんだね。」と優しくぎゅって抱きしめてくれた。
あったかくて、ちょっぴりくすぐったくて、いいにおいで……。
胸の中の怖くて『ズキズキした痛み』は、すっかり消えたの。
それを今になって、はっきりと思い出した。そして気付いたんだ。
母の『ぎゅっ』は、
私の心の《ばんそうこう》だったんだって。
「ほうら、もう痛くないでしょ?ダメだよ、大人がいない時にカッターナイフを触っちゃ。」
泣きじゃくる愛娘の親指には、ばんそうこう。
私はしゃくり上げる娘の小さな手の甲をそっと撫でて、娘をギュッと胸に包みこんだ。
私自身が小さかった頃にした事を、さすがと言うか何と言うか…娘が同じようにしたのだ。
そして私は今、あの時の母と同じ事を言っている。
何だか可笑しかったけど、とても嬉しかった。
いつでもあなたの《ばんそうこう》になれますように……。
娘が大人になったら、今の私と同じような気持ちになれたら幸せだと思った。
(大人になったら、あなたも大切な人の《ばんそうこう》になれますように……)
そんな願いを込めて、娘を抱きしめる腕にちょっぴり力を込めた。