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おまけの話 戯れの真実


格が退院してから少しして、格と恵夢は二人揃って『切望の藁商会』を訪れていた。


始めこそ強く願わねば辿りつけない場所だったのだが、一度懇意になればこんなにも容易く訪ねて来られるなんて、やはり奇妙な店である。


「遂にシルヴィアの淹れた茶が飲めるな」


格は上質なソファに無遠慮にもたれ、シルヴィアが注ぐ紅茶をしげしげと見つめた。


「そんな期待されると気が重いわ……。不味いと思って飲んでね?」


そしたらまだまともかも知れないから……と言いながらシルヴィアは格と恵夢、そして鹿瀬の前に上品な白磁のティーカップを置いた。


「万が一不味くても、美味いって言って飲んでやるから安心しとけ」


ぶっきらぼうだが気遣いの垣間見える格の言葉に、シルヴィアは呆気にとられて目を見開く。


「……格ってさぁ……」


「なんだよ」


「……何でもない」


シルヴィアは呆れながらも僅かに頬を紅潮させ、静かに頭を振った。怪訝にそれを見ながら、格は目の前のカップを手に取り、おもむろに一口紅茶を含む。


「……茶葉入れ過ぎじゃないか?」


「感動した私が馬鹿だったようね……っ!」


その言葉に激しい剣幕で怒鳴ったシルヴィアは、真っ赤な顔でふんっ、とそっぽを向いた。


「冗談だって……。美味いよ、シルヴィア」


「今更……」


「本当に。砂糖やミルク入れんの勿体ないくらいだ」


そう言った格は更に一口、ストレートの紅茶を口に含む。そしてその隣では砂糖とミルクを大量投入していた恵夢が、気まずそうに肩を竦めた。


「あー……めぐは、甘党なんだよな?」


「うぅ……ごめんね、シルヴィアちゃん……」


「い、いいの! 全然! 好きに飲んでね」


慌てて取り繕う三者三様の様子を、鹿瀬は微笑ましげに傍観する。


「そ、そう言えばさ、商会長。俺に話があるって、言ってたよな……?」


話題を変えようと格は、今回商会を訪れた本題に触れた。


「ええ。今回格をここに呼んだ理由は……」


格を含む三人が、鹿瀬に目を向ける。


「あなたに、この商会で働いてもらえないかと思って」


「…………?」


……はい?


格は頭上のはてなを拭えないまま、呆然と鹿瀬を見つめた。


「知っての通り、この商会は魔法を使って運営していてね。つまりここの業務の遂行には、それを行う魔法使いが必要って訳なんだけど……」


「……まさか……」


心当たりがあるような気がして、格は息を呑んだ。


「そのまさかだよ、格。魔法使いなんてどこにでもいる訳じゃない。現にここには私だけだし、君に出会えた事だってどれだけ奇跡的な事か分からない」


予想だにしない事実に戦慄く格を、恵夢が心配そうに見つめている。


「無理にとは言わないけど、でも出来るだけ前向きに検討して欲しい。人材確保は経営上の重要項目だからね。私はこの機会を逃したくないんだ」


鹿瀬の真剣な眼差しを思えば茶化す訳にもいかず、格は思考を巡らせた。


「俺……魔法が使えるって、事?」


一先ず、にわかには信じられない内容の真偽を確かめる。


「実際、使っていたよ? もう気付いていると思うけど、格に渡した魔法石……あれは自身に魔力がなければ使えないものだからね」


鹿瀬の指摘通り、宝石の力を使う度に自身の中の気の流れを強く感じていた。


「勿論まだまだ修練を積まないと自在に使いこなせるようにはならないけど、魔法使いの素質は充分、それと他者を慈しみ助ける心も持ち合わせている。格はこの商会に必要な人材なんだ」


「でも俺……まだ小学生だぞ……?」


「その頃から訓練しないと、大人になるまでに魔法を使える様にはならないよ? 格にはまず、この商会の見習い請負人として働きながら魔法使いの修行をしてもらって……将来的にはこの商会で正式に働いて貰いたいと思ってる」


「……給与ってあるの……?」


意地汚かろうがなんだろうが働くとなれば確める必要があるだろうと、格は訊ねる。


「勿論。働きに応じて相応の支払いを約束するよ。それに、魔法の訓練は無料で施すつもりだし……破格の条件じゃない? 魔法を学びつつ将来の働き口まで保証されているなんて」


「青田買いって訳だね、(とばり)


シルヴィアが心なしかうきうきとして鹿瀬に言う。


「けどさ……」


渋る格に、鹿瀬は更に畳み掛ける。


「見習いとして働いてみて、嫌だと思えば辞めてもいいよ。無理強いをしたくはないからね。だから……ものは試しと思って、まずはとりあえず頷いてくれないかな?」


「アットホームな職場です☆」


「……一番信用出来ない謳い文句言われてもな……」


無理強いしないと言いつつ強めの圧力をかける鹿瀬と、何故か浮き足立っているシルヴィアを矯めつ眇めつ、格は冷静に熟思した。


強い物言いに屈服して安易に頷くのは、一番避けなければならない決断方法だ。


だが普段あまり考える事をしない格には結局何も浮かばす、手中のカップの紅茶を飲み干しては隣を見た。


「……めぐは、どう思う?」


「……僕?」


意外にも、恵夢は意見を求められた事に取り乱さなかった。


「僕は……無責任だと思わないで欲しいんだけど、やってみるべきかなって思うよ」


「理由ももらえる?」


「うん。魔法って……使えたら便利じゃない? 僕なら使えるようになりたいなって思うし、それに……」


恵夢は目を伏せ、記憶を辿る。


「格は……この仕事に向いてると思う」


「どの辺りが……?」


理解に苦しむ……といった表情を浮かべる格に、恵夢は困ったように微笑を返した。


「……優しいから」


「正気か……?」


「シルヴィアちゃんも、そう思うよね?」


一人では打ち勝てないと思ったのか、恵夢はシルヴィアに同意を求める。


「うん、格は優しいし、責任感もあるし、正義感も根性も申し分ないわ。最初は学業に影響を及ぼさないように配慮もするし……お願いよ、格」


懇願するシルヴィアに、格は天を扇いで腕を組み、目を閉じた。


自分が魔法使いになる未来……商会で請負人をする未来……そこに基盤を築く生活……。


簡単に同意はできないものの、今のところ悪い条件はないように思えた。


「もう一押しさせてもらうと……」


鹿瀬が膝上で手を組み合わせながら、口を開く。


「魔法を使う訓練をするとなると、それに伴う誓約をする事になるんだ」


「誓約……?」


格の声に鹿瀬は頷いた。


「前回格は、魔法石の補助によって簡単な魔法を使えたよね?」


今度は格が鹿瀬に頷いて答える。


「魔法の訓練は、魔法石の補助なしでも魔法を操れるようにする訓練なんだけど……考えてみて欲しいんだ。もし、自由に魔法が使えてしまったら、どんな事態が起きるか」


鹿瀬の問いに、格は言葉を呑んだ。

私利私欲にはしる事も出来るだろうし、人道的な道義を逸脱する行為だって可能になる。


「秩序と安寧を守るために、私達には誓約が必要なんだよ」


格は神妙な面持ちでその言葉に頷いた。


「それは……具体的には、どうやるんだ?」


引き返せなくなりそうな予感を感じながらも、鹿瀬に言葉の先を促す。


「パートナーと契約するんだ。もしもの時に自分の歯止めになる存在として。魔力を分け合い、万が一の事態には魔力を吸収し合って危難を回避出来るように」


鹿瀬はシルヴィアに視線を送り、シルヴィアもにっこり微笑んだ。


「……商会長にとってそれは、シルヴィアなんだな?」


「ええ。そして格、あなたにはそれが恵夢なんです」


「……は?」


さすがの格も、その言葉には目を丸くするしかなかった。


格の隣では、恵夢が何とも言えない表情で笑っている。


「……めぐ……っ、まさか、全部知って……!?」


「ごめん、鹿瀬さんに内緒って言われて……」


どうりであの恵夢が平然としている訳だと、格は頭を抱えた。


格を懐柔する手始めに恵夢を巻き込むとは……なかなかどうして効果は絶大だ。商会長の思惑に、格はまんまと嵌まっている。


「まじか……俺、また商会長にしてやられたってのか……?」


気付けば回りは敵だらけ。そして格の前に示されたのは、恵夢とのパートナー契約という甘い罠……。


これにノーを突きつけられる者がいるなら出てこいと、格は自身に投げ掛ける。


「さぁ。では、返事を頂きましょうか……格?」


鹿瀬の言葉に、格はわなわなと身体を震わせた。

分かってるって顔だ。断れる訳ないと……。


思惑通りになどなりたくはない。だが、やってもみないで無理だと決める事もしたくない。


隣を見ると、恵夢は微笑しながら「頑張ってみよう? 一緒に」と小さく呟いてきた。


そう恵夢にそう言われたら、格にはもう拒否できない。


成るようになりやがれと腹を決め、ぐっと両手に力を込めた。


「……わ、分かったよ。見習いとして……働かせてもらいたい……」


「そう言ってくれると信じてたよ、格」


満面の笑みで返した鹿瀬に、格ははぁ……と深いため息を吐いた。


恵夢とシルヴィアはいつの間にそんなに仲良くなったのか、ハイタッチをしながら喜びあう始末で、格はここにいる全員が仕掛人のドッキリ企画に嵌まった心地になる。


「なんだよー……俺を貶めるのがそんな楽しいのかよぉ」


格の呟きに、恵夢が苦笑しながら頭を振った。


「ごめんね。でも、別に今後方針を変えられないって訳じゃないでしょ? やって駄目なら辞めたらいいし……。でも僕は、格のパートナーにならないかって鹿瀬さんから提案された時は、嬉しかったけどな」


「めぐ……お前は本当にいいのか?」


「うん。だって僕は、君に恩返ししたいって、あれからずっと思ってたからね。格は、僕がパートナーなのは嫌なの?」


「……そんな訳ないだろ」


「だよね」


もはや恵夢の手のひらの上で転がされつつある格は、こうして『切望の藁商会』の請負人見習いになった。


「そうだ、格。これから私の事は師匠と呼んでね」


「……は?」


「私も弟子を取るのは初めてだけど、格なら優秀な魔法使いになれると信じてるから、頑張って指導させてもらうよ」


にこにこと微笑む鹿瀬の笑顔に、格は震え上がった。

二度も欺かれた今では、笑顔さえも正直怖いとしか思えない。


「えっと、あー……よ、よろしくお願いします……師匠」


この人に逆らったら地獄を見るのだろう。格はしかと肝に銘じ、鹿瀬の言葉に素直に従った。


「これから頻繁に格と恵夢に会えるなんて、本当に楽しみ! もっと美味しいお茶を淹れられるように私も頑張るから、二人も見習いと修行、両方しっかり頑張ってね!!」


「ああ。まぁ、とりあえず、頑張るわ……」


「うん、ありがとうシルヴィアちゃん」



『切望の藁商会』

この不思議な店で始まる二人の物語は、また、別の機会に……。


最後までお読み頂きありがとうございました!

このお話で完結です。

主人公二人は勿論ですが、シルヴィアや、幸都と佳珠奈も可愛いくて、とても楽しく書けました!

お読み下さった方々に、少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。

ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 格、いい子! 楽しく読ませていただきましたー。
2023/04/23 17:42 退会済み
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