第3話 元凶の演奏ホール
演奏ホールは貴族達によって造られた貴族の娯楽施設。
内装は綺麗な木造建築が味を出しており、通路の階段にはダークレッドのカーペットが敷き詰められている。
ざっと1000人くらいは入る規模だな。
ホール内の席の位置は入口付近からステージ付近にかけて 低くなり 階段を降る必要がある。
席は列によって身分層が分かれていて、エリーさん、ロイドさんの席は中列。ドンの指定席は最前列だった。
「さて、ここが俺の席かぁ・・・」
階段を降り、ふと目を追いやると俺の横の席に薄い水色の長髪をし白いドレスで着飾った女性が座っていた。
その女性は下を向き、ただ静かに座っている。
表情こそよく見えないが、きっと辛い表情をしてると思う。
この人がドンのデートの相手・・・将来の奥さんか・・・。
俺が席に着くと女性は更に顔を下に向け、ただじっとしている。
多分だけど親同士で勝手に決められて本人は絶対に望んで居ないと思う。
なにせ、将来の旦那になる奴が、そこまで来ていると言うのに見向きもしないのが、紛れもない証拠だ。
本来なら気にせずエリーさんの護衛に専念したいが、どうしても気になってしまう。
どうしたら元気になってくれるかな・・・。
「あれっ、いけないっ!俺の席ここじゃないじゃん、さっきぶつかった時にチケットを取り違えちゃったのかなーーっ!」
俺はわざと聞こえる声で嘘を着いた。
すると視線が俺の方に向いた。
彼女は俺がドンじゃないと気付いたのか、貴族らしく優雅に対応してくれた。
「もうじき演奏が始まると思います、私は構わないので、貴方さえ良ければその席に座って下さい」
彼女はにっこりと笑顔を見せてくれた。その肌は透き通るように白く美しく、青く輝く瞳が麗しい女性だった。
さっきまでの暗い感じをみじんも感じさせない優しい笑顔だった。
「そうですか、ありがとうございます!実は俺・・・チケットの持ち主とぶつかった時に服を汚れさせてしまって、家に帰られてしまったんですよ、だから謝りたいのでお名前を教えて頂けませんか?後日伺います!」
俺が尋ねると一瞬顔をそらし、ぼそっと「怒られる」
と声を漏らした。
「どうしたんですか?」
「いえっ、何でもないです・・・私の名前はセレナです、貴方が謝りに行く必要はありませんよ・・・」
「そうですか・・・もしかしたら近いうちにきっと、会うかもしれません」
きっと親がより地位の高い貴族との関係を築く為の駒として無理やり婚約を決められたのだろう・・・だから 怒られるなんて言葉が出るんだ。
俺のせいで彼女が怒られるのは嫌だし、どうにか改変しなくては。
「そろそろ演奏が始まると思いますので静かに待ちましょう・・・」
「はい・・・」
セレナの言う通り 間もなくして幕の垂れた、ステージの前に進行者が現れ、開幕のアナウンスを始めた。
「大変長らくお待たせしました!これより夢見の心地の美しき演奏を堪能していって下さいませ」
進行者の合図によって幕は上げられた。ステージにはヴァイオリンやピアノを演奏をする男女の姿があった。
さっきまでうるさかったホール内には美しい音色が鳴り響く。
音楽素人の俺でさえ演奏のレベルの高さが分かるほどで 誰もが演奏に夢中になり 聴き入っている。
でも俺の目的はデートでも音楽鑑賞でもなんでもない・・・さて、さっそく始めるか。
「«魔力探知»」
これは 一定範囲内に発生した魔力放出や魔素を感知し、属性までも解析出来るスキルで索敵にもってこいだ。
スキルは言葉にしなくても念じるだけでも発動出来るから 周囲の目を気にする必要はない。
「・・・感じる。ステージ横から特に」
一つ一つの魔素量は微弱だが、かなりの数を感知した。
これくらいの魔素量なら武装した一般人でも倒せそうだが油断はできない、直ちに処理しないと。
「何処へ?まだ始まったばかりですよ」
「俺に構わず演奏を楽しんで下さい、ちょっとトイレに」
俺はそう言って席を離れた。
一度全体を見渡し、意識が完全に演奏の方に向いた瞬間にステージ脇の扉に入り込む。
鍵はかかっておらず、扉先の部屋には山積みの壊れた楽器だけが置いてあった。
「なんだ、ただのガラクタじゃないか。一つ一つが微弱なのも納得だな」
感知した魔素の正体は壊れた目の前にある楽器達(魔道具)だった。
魔道具はかなり高価な代物だが、壊れてしまえば価値なんてない。
何故処分しないのかは疑問に思ったが、他にめぼしいものはなく部屋を後にした。
他の部屋にも特にめぼしいものはなかった。
部屋もホール内にも魔物の気配はないし席に戻るか。
「・・・・ん?」
俺は目を疑った。
席を外して一、二分。会場を見渡すとほとんどの人が眠っている。
おかしな感じだ。なんだか俺まで眠くなる、頬を叩くがおさまらない。
「なんだ?こんなの記憶にないぞ、まさか!」
眠らされてる、そう思った時には意識は朦朧とし始めていた。
ここの楽器が魔道具であるからには奏でられた音色には微弱ながらも魔力が込められているはず。
それに気付いた時点で聴覚を保護するべきだったが、ガラクタに意識がいっていたのと、高レベルの演奏テクニックで魔力が隠れて分からなかった。
──くそっ!なんて失態だ。
舌を噛み、なんとか耐えようと試みる。が、
「〜〜眠れ〜〜」
と、謎の囁きを聞いた瞬間、俺の意識はあっさり途切れ、視界は暗転するのだった。