第1話 始まったシナリオ
俺は消滅したイーガンを出発した後、隣国の武装国家、エルガドに足を運んでいた。
ここら一体は、イーガンを襲った超巨大生物の話題でもちきりだった。
それもそのはず、イーガンは大陸の中では小規模ではあるが、数々の勇者、魔女等の英雄を排出した名国。
その実績は大陸でトップクラスで、年に1度だけ大陸中からならざる猛者が集う武闘会では常に表彰台。
だからあのイーガンが消滅したというのは今にも信じ難い話しであった。
「さて、情報を収集しなければ」
やるべき事はあるが、それに辿り着くためには情報が必要となる。
俺が観測者に与えられたスキルの能力は2つ。
それは──生者であれば、【魂】死者であれば、【遺体・遺品】に触れることで対象者の記憶を入手し、【未来・過去】にタイムワープする力。
そして──過去・未来に起こる数多な事象を再現する力だ。
邪神復活の犠牲者となった者を救うには、そのものの何かに触れなければ始まらない。
ここエルガドの現在は冒険者が主な職業となり、それに合わせ武具屋や雑貨屋といった冒険者に必要な装備のある店は盛んに買い取りされている。
今日は事件後でとくに冒険者が多いから尋ねてみるとしよう。
俺は近くにあった武具屋を訪れた。
装備品は冒険者の目に止まるように外に並べてある。が、その近くで揉めている人がいた。
「何やってるんだ?」
よく見てみるとボロボロの少女が冒険者の足元にすがりついて何かを頼み込んでいる。
「離れろクソ ガキ!訳のわからない依頼しやがって・・・依頼したきゃな他をあたれやっ!まぁ、受けてくれるような物好きはいないと思うがな」
冒険者は足で少女を蹴り飛ばし、そのまま冒険者は仲間を連れ場を去ってしまう。
その場には不甲斐なさそうに涙する少女の哀れな姿だけが残り、どこの国でもある貧富の差、差別が痛々しく伝わってくる。
どうやらあの怪我の感じだと、さっきの冒険者以外にもやられてそうだな。
「大丈夫か、痛いところはないか?」
俺は駆け寄り、アザだらけの体に母から教わった回復魔法を施した。
魔法の効果は白魔術師の母に教えてもらったかいあって、お手の物だ。
「わ、私は大丈夫・・・それより、貴方は冒険者なの?」
冒険者ではないが少女の問に頷いて見せる。
「ほんとっ!それならお願いがあるの!どうか私の願いを聞き入れてほしい」
「願い?俺でどうにかなるかは知らないが、教えてくれるか?」
「私の母を病から救って欲しい・・・」
病だって?病と言うなら医者に依頼するのが普通だ。
「それなら医者に・・・」
俺がそう言いかけると少女は遮り、手を掴んで答えた。
「違うの、これは魔物が原因の病気なの!」
「何っ!?」
涙を流しながら強く訴えてきた。俺には少女が嘘を言ってる様には感じられない。
それが本当なら一刻も早く確かめる必要がある。
「なら、そのお母さんさんに会わせてくれ。容態を見てみよう」
俺は少女の案内で商店街を抜け、貧民街にあるという家を訪れた。
「ここの奥で母が寝ています・・・」
俺は少女こと レイの家にお邪魔し、お母さんのエリーさんの容態を確認した。
「まじか・・・」
思わず声が漏れた。
俺のすぐ真横にはレイの父親であるロイドさんも同席している。
ロイドさんの年齢は30代前半に見えるが、その奥さんは同い年なのに明らかに10代後半容姿をしているのだ。
「妻はレイを産んで、かれこれ12年以上も寝たきりなんです。なのに一切歳を取ってないた為、他人からは妻だなんて馬鹿な事言うなと信じてくれる人が居ないのです・・・」
確かに、そんな馬鹿なって思うのは当然の反応だ。しかし、魔物が原因となると話は別だ。
魔物と言うのは力を持てば持つほど人の容姿に近き、または精神的に寄生し、人間を依り代として正体を潜めるものいると教えられた・・・。
この異様な状態からして魔物が関与していることは間違いない。
「エリーさんの寝たきりになる以前の様子を教えてください」
「あれは12年以上前の日のこと、結婚一年目を祝して妻と一緒にネアトゥルフの演奏ホールに行ったのが最後です、その翌日から妻は今に至るまで寝たきりなのです・・・」
翌日から寝たきりってことは、レイは母親と会話する以前にちゃんと顔を見合わせたことすらないんじゃないか。
「なるほど・・・ネアトゥルフの演奏ホールか」
ネアトゥルフとは貿易国家として有名で交易の盛んな国だ。
そこはイーガンからさほど遠くなく、今から向かえば昼過ぎ頃には着くだろう・・・。
「確か 、ネアトゥルフの演奏ホールと言えば貴族の娯楽の施設ですよね?」
ロイドさんは顔をしかめながら小さく答えた。
「随分と昔のことですが私は元々有名な貴族だったのです、しかし妻がこの状態になって以降、治療費に資産を費やしてきましたが治ることなく、今の貧民生活を虐げられてる理由です・・・」
「そうだったんですね、奥さんの為にそこまでして・・・」
「妻とは永遠を誓った中です、妻が目を覚ましてくれのなら何でもやります、どうか妻を・・・妻を助けてください」
「私からもお願いします。どうかお母さんを助けてください」
ロイドさんとレイは俺の足元にすがりつき涙をこぼした。当然、俺の答えは決まっている。
「分かりました。その依頼任せてください。もちろんこれは気持ちなので報酬はいりません」
「そんな、申し訳ありません!本当にありがとうございます!」
ロイドさんは深々と頭を下げるが、俺が過去を変えれば、何の問題もない。
「いいですよ。ではさっそく取り掛かるのでこの部屋から出ていってください」
改変者のスキルは生者の場合、対象の『魂』に触れることで過去へ行くことができる。
初めての使用だが緊張はしてない。
「さっそく、行くとしようか・・・」
〈〈〈〈タイムワープ〉〉〉〉
そう強く念じると空間はグニャリとねじ曲がる。
意識は螺旋状にクルクルと駆け回り、誰かの意識と結合して初めて、それが俺の魂であることを認識した。
気付いた時にはあるはずの記憶を保持して、異なる景観が広がる場所にポツンと立っていたのだった。