狼煙
妖星界全体を纏める役所の機能を持つこの屋敷は
"鬼館"と呼ばれ、三交代制で常に稼働している。
赤紫の太陽が地を照らす夕方は、丁度入れ替わりの時間だ。
誰がどの時間に誰と替わるかは、李月が把握している。
持ち前の純粋さと話術で
とくに疑われることなく鬼館の情報を抜いて来た
李月に、万優は密かに感心しているが、
李月がそれを知ることはないだろう。
そして、万優の仕事は味方を増やすこと。
若くして強大な力を誇る
紅華に惹かれる若者は多く、
とりわけ熱心な信者に声をかけ、
それなりの数を集めていた。
数も練度もそこそこの寄せ集めで
鬼館にいる守備隊と戦っても勝てるかは怪しいが、
奇襲を仕掛けるなら十分だ。
紅華は事前に根回しをしている。
妖星界各地に散らばる有力者たちに声をかけている。
基本的に絶大な支持を誇る棟梁だが、
毎年この時期はそれも少し揺らぐ。
人間界の夏に行われる、百鬼夜行だ。
百鬼夜行とは、妖怪たちが
彼らの力の源である妖力を蓄えるために
人間界を練り歩く、歴史ある行事だ。
本来の百鬼夜行では人間の街を襲い
人を殺めることもできた。
生き物の、特に人間の魂は
鬼や妖怪達がより強くなるための
良質なエネルギーになるからだ。
今までは年に一度の百鬼夜行でそれを得ていたが、
現在、棟梁が定めた掟によって人殺しは禁止され、
妖星界や人間界の動物を殺すなどして補うしかなくなった。
紅華たちはその不満につけ込んで徐々に仲間を増やし、
計画に否定的な者を拉致、幽閉しながら
準備を進めていた。
これにより、紅華が族長の座に就けば
それに従うという、中立の約束を
多くの有力者と交わすことができ、
同時に邪魔な存在を潰すことにも成功した。
その裏には"協力者"の姿もあったが、
気づくものは少なかった………
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
棟梁「それで、現在の行方不明者は?」
兵士「そ、それが24人にもなるかと…」
棟梁「どいつもこいつも、
地方の有力者ばかりじゃねえか…
全域で同じことが起きてやがる」
大臣「やはり何者かが
良からぬことを企んでいるのでは?」
棟梁「にしたってなぁ…
妖星界を潰したいなら、
もっとやることがあるだろうよ」
将軍「ひとまずは紅華様の推薦した若者によって
領地は問題なく回っているようですが…
このままではどうなることやら…」
棟梁「…あぁ」
若干のきな臭さを感じながらも、
それを頭の隅に追いやる棟梁。
そうこうしているうちに、
彼らの就寝の時間が回って来た。
それぞれが次の担当を起しにかかる。
仕事が終わり、ひとまず眠れると思うと
彼らの気は少し緩んだ。
その瞬間、万優の声が響く。
万優「突入!作戦開始だ!」
反乱軍「おおおおっ!!!」
一瞬で門が破られ、
瞬く間に館全域が制圧される。
そして。
紅華「私が今代族長の紅華だ!先代…
いや、紅虎!お前の時代は終わりだ!」
人間界をも巻き込む大事件がいよいよ始まったのだ。
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ミョウ「んぐ……う、うぁがががががggggggggg」
カルロン「あ、起きたね」
市民「おい待ちやがれ!クッソこのやろう!」
市民「町内会に連絡しろ!奴らがまた来やがった!」
気絶していたミョウバンが意識を取り戻すと、
先ほどまでの土の地面より
はるかに痛いアスファルトが擦れる感触と、
善良な一般市民の怒声だった。
慌てて結晶を構成し、楽な姿勢を取るミョウバン。
ミョウ「ちょちょ、何してんの!帰ろうよ!」
カルロン「捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ!」
かいる「飛ばせ飛ばせ!」
ミョウ「ギャアアアアアア」
市民「おいなんか変なの出て来たぞ」
市民「引き摺られてるやつからだ!」
市民「あの状態で生きてんのかよ…怖っ」
ミョウ「そんなに言わなくてもいいじゃん!」
パトカー「「前を走るくるま…違うな、自転車!止まりなさい!」」
騒音に怒った市民の通報により出動した
パトカーがカルロン達を追い始める。
ミョウバンは満身創痍で、
後ろからやってきた車にど突かれたり、
市民に面白半分で石を投げられるせいで、
先ほど取り戻したばかりの意識をもう手放しかけている。
"NWK帝国"などと言ってはいるが、
この帝国は国でもなんでもなく、ただの狂った集団だ。
容赦なく人を殺め、人に迷惑をかける。
そんな危険な集団と警察が、焼肉教の一件で協力していたのは、
"国から法を犯すことを許されているから"だ。
人外も平然と暮らすこの世界の法律はあまりにも甘い。
カルロン「俺たち治外法権持ちなんだよなー!」
パトカー「「確かに!
でも度が過ぎれば罰を与える権利もこちらにはある!
それと後ろに引き摺っている…もの…?
それの説明を求めまs…求める!」」
カルロン「やなこった!捕まえてみやがれ!」
さらに速度を上げ、
パトカーを引き離そうとするカルロン。
あまりの速度にアスファルトからは煙が上がり、
道路には跡がついてしまうほどだ。
パトカーも本気で速度を出し始め、
街中で白熱したカーフェイスが展開されることになった。
異様な速度を出す自転車と、それに引っ張られる"ナニカ"。
そして本気で追いかけるパトカー達。
夏休みに入り暇なお茶の間でそれが放映され、
街の道はレース観戦のように大量の野次馬で溢れた。
拡散された動画に我らが母が気づき、
やらかした三人が処刑されるのはまた後の話だ。
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黒みつ「おい愚味愚臭」
無無「んだこら」
カルロン達が町内爆走サイクリングをしに
出かけてから四時間後の、午前11時。
残されていたメンバーは目覚め、
ほとんどが活動を始めていた。
ゲーム、お絵かき、おしゃべり、二度寝。
各々やりたいことをする土曜日。
何もない休日をのんびりと過ごす彼ら。
ふらくたるのために作った回路が
ふらくたるによって壊されていたことに気づき、
ゲーム機を投げ出した黒みつは
遊びに来ていた無味無臭に話しかける。
黒みつ「今夜全員で遊びに出かけるんだけど
お前暇だろ、ついて来るか?」
無味無臭「どこ行くん?」
黒みつ「あー…ショッピングモール」
これは嘘である。
ショッピングモールに行くのも
良い休日の過ごし方として楽しめるだろうが、
今回は行く気は全くない。
無味無臭「え、珍しっ
何、荷物持ち要員?
僕も色々買ってくぞ?」
無味無臭はそこそこの頻度でショッピングに行く。
そして愚味愚臭のあだ名がつくほどの愚かさ。
黒みつの嘘に気づくのは、
取り返しがつかなくなってからだろう。
ふら「ショッピングモール三銃士を連れてきたよ。」
A「ショッピングモール三銃士?」
ふら「いゆ~りを連れ歩くサソリ」
サソリ「茶番に巻き込まれている…」
ふら「連行されるいゆ~り」
いゆ~り「がんばりま…説明おかしくない?」
ふら「荷物持ちとして呼んだのに
むしろこっちより楽しんでる無味無臭」
無無「悪いか」
こんな茶番を淡々と進めているが、
無味無臭を除くメンバーは心の中で歓声をあげている。
その理由は少し前まで遡る。
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夏が近づいてきたある日。
シェアハウスでは、
家に住んでいないメンバーに知らされない
打ち合わせが行われていた。
黒みつ「今月中、愚愚愚愚を
肝試し連れて行くから協力しろ」
無味無臭は帝国の中でも怖がりだ。
怖がらせるといい反応をすることが
ふらくたるによって密告されており、
黒みつは夜の森へ彼を拉致し、
強制参加肝試しを開催しようと提案したのだ。
その案はほとんど賛成の声で埋め尽くされ、
そうでない者も反対はしなかった。
これが、NWK帝国だ。
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無味無臭が乗り気であることを確認し、
ひとまず安心といった様子で
スマホを閉じようとしたその瞬間、
黒みつの目に飛び込んで情報があった。
新着のネットニュースだ。
『XX街で変わった暴走族?
車より早い自転車二台が街を爆走中』
帝国の丘の傍にある、
よくちょっかいの的になっている街だ。
貼られていた写真には、
激しくぶれていてもわかるどぎついピンク髪と
暗い赤の猫耳と、引きずられる紺。
この特徴的な姿には見覚えがありすぎる。
黒みつ「…おい…お前ら…
今日カルロン見たか?」
サソリ「NO」
いゆ~り「部屋じゃないの?」
黒みつ「いつもなら降りてきてる頃だろ…」
A「確認しようか」
カルロンたちの部屋と、
離れのガレージを確認すれば
どちらもあるべきものたちがそこにない。
思わず頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる黒みつ。
やがて、ここ一番の大きな溜め息をつくと
警察に連絡する。
黒みつ「…もしもし?」
警官[お、女帝さん?じゃないっすか、
ようやく気づいたんすね]
黒みつ「クソ…」
警官[今仲間が追っかけにいってるんすけど、
多分こっちじゃ捕まえらんないっすねー]
黒みつ「そうか…あいっつ…」
警官[そっちが動けばなんとかなるとは思うっす
てなわけでおなしゃっす、じゃ]
黒みつは電話を切るや否やソファに倒れ込む。
黒みつ「あの馬鹿ども、馬鹿なことしやがって
馬鹿だな、馬鹿。馬鹿愚臭より馬鹿」
警察より恐ろしいOKANが今、出撃しようとしていた。
無無「…は?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
妖星界の中央にある鬼館。
その地下にある牢屋に棟梁であり、
紅華の父である紅虎は座っていた。
表情こそ暗いものの、
その佇まいは堂々としており、
地下牢に囚われているとは思えない。
現在鬼館は紅華の手勢によって完全に制圧され、
妖星界の各地を治める者たちも
紅華に従う者ばかりだ。
紅虎(してやられたな…だが手口が鮮やかすぎる。
こりゃあ紅華の仕業じゃねぇ。
あの李月にできるはずもない。
万優ならあり得るが…
もっと別の何かに絡まれてる気もするな…)
決して無能などではない紅虎は
地下牢に入れられていても冷静で、
今、妖星界のために、何をすべきかを考えていた。
しかし、状況は考えられる中でも
最も悪いと言えるものであり、
紅華の計画、『人間界との戦争』は
避けられそうにないことがわかる。
紅虎(なんだってわざわざ人間界に…
自分が人間の血ィ引いてるってぇのに、
そんなことも忘れてんのか?
それともそれも誰かの入れ知恵か…?)
紅虎は昔のことを思い出していた…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
妖星界は種族ごとに長がいる。
その長の中で最も強い長が妖星界を統べる。
長い間、鬼人族長が治めていたため、
誰がそう言ったわけでもないが
余程強い妖怪が他の種族でうまれなければ
これからも鬼人族長の子供が後を継ぐのだろうと
妖星界全体が思っていた。
紅虎は鬼人族長の息子としてうまれ、
兄弟もいなければライバルとなるような者も居なかった彼は、
時期棟梁がほとんど確定し者として
持ち上げられながら育っていた。
誰にも否定されないのをいいことに
彼の態度は日に日に大きくなっていった。
野心家でもあった彼は、
自らの手勢を率いて人間界へちょっかいを出し、
少しずつ自らの自由が効く領域を
人間界にまでも増やそうとしていた。
人間界での領土は着実に広がり、
順調に妖怪達の支配下地域はできていた。
しかしあるとき、
いつも通り人間の村を襲撃し、
みかじめ料を取り立てていたところへ
妖怪専門の殺し屋、
陰陽師の女がいたのである。
来年もよろしくおねがいします。