歯車
笑う天使「それでは契約成立、ということでよろしいですね?」
赤い肌の娘「…あぁ、問題ねぇ」
暗く禍々しい赤に染まった空の下、
人ならざる者たちが会談していた。
額に持つ者や、獣の耳を持つ者。
肌は暗い赤色や血の気を感じられない白など、
人型ではあるものの、
一目見れば人間ではないと誰でもわかる姿をしている。
そんな彼女たちと話すのは、
この禍々しい場所に不釣り合いな純白の翼に、
機械的な印象を持たせる笑顔をした、天使の女性だ。
女性が若者たちに手を差し出す。
笑う天使「それでは、よろしくお願い致します。」
赤い肌の娘「………よろしく頼む。」
先頭の、三人のリーダーとみられる少女が
渋々と言った様子で握手に応じる。
少しの間を置いて、傍に控えていた二人が喜び出す。
白い肌の娘「良い選択でしたね、
これですぐに貴女が頂点へ上り詰めるでしょう」
獣耳の娘「次の百鬼夜行が楽しみだぜ!!」
赤い肌の娘「……あぁ」
喜びを示す二人の従者と、
浮かない顔をするその主人。
そして、その近くで笑みを浮かべる女性。
混乱の歯車が回り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カルロン「ミョウバン!破壊じゃ!!起きろ!!!」
ミョウ「うわぁぁぁ!?!?」
ある朝。
すっかり夏になり、学生でもないのに
夏休みモードになっているシェアハウスの一室で
大きな声が響いた。
ミョウ「なに、なに、どうしたの」
カルロン「破壊だ!いいからこい!」
カルロンにベットから引き摺り下ろされ、
そのまま引っ張られていくミョウバン。
ミョウ「眠…痛…何…え…」
相当眠かったのだろうか。
酷い態勢で引っ張られながらも
瞼を重たそうにしている。
カルロンは毎度の如く蹴破られた、このシェアハウス内で
ミョウバンの次に被害にあっている可能性があるドアを足でどかした。
そのままミョウバンを廊下に放り投げると、
衝撃のせいか、元からの眠気のせいか、
ミョウバンはそのまま目を瞑ってしまった。
かいる「お、カルちゃん、どうしたの?」
声をかけたのは、ミョウバンが
叩きつけられる音に反応して部屋から出てきたかいるだ。
現在時刻は午前7時。
夏休みの間、いつにも増して
夜遊びを繰り返す帝国民に、
この時間起きているものは少ない。
カルロン「あ、かいる、破壊行く?」
かいる「なにそれ行きます」
戦闘が娯楽である帝国民にとって、
『破壊』『殺戮』なんて言葉は好奇心をくすぐるスパイスだ。
RPGのようにかいるを引き連れながらミョウバンを引きずり、
三階から離れへと向かうカルロン。
かいる「破壊ってどんな?」
ミョウ「一体何を…」
渡り廊下を歩くカルロンに、
期待のまなざしを向けるかいると
階段を引きずられた衝撃で目覚めたミョウバンが問いかける。
カルロン「ん?サイクリング」
ミョウ「さいくりんぐ」
『破壊』という言葉とはかなりかけ離れた
一般的な休日の予定が返ってきたせいで
拍子抜けしたミョウバンはポカンとして繰り返す。
かいる「それの…どこに破壊要素が…?」
カルロン「早朝町内爆走サイクリング」
かいる「おー」
ミョウバン「ちょうないばくそう」
少し不安げだったかいるの顔は晴れ、
ミョウバンは絶望して再びオウムのように繰り返す。
カルロン「とりまかいるは自分の自転車あるでしょ?」
かいる「あーあるね
だから離れに向かってたのか」
ミョウ「僕持ってないからぱs」
カルロン「荷台に括り付けてあげるよ」
ミョウ「イヤアアアアアア!!!!!」
離れにあるガレージに到着する三人。
そこには大きく、いかにも危険そうなトラックと
魔改造され、帝国民が扱えばバイクよりも速度が出る
とんでもない自転車が並んでいる。
カルロン「うへぇ~やっぱこのトラックやべぇわ
でも今回はこっちね」
二台の自転車をガレージから出して、
荷台に積めるように
ミョウバンをロープで拘束するカルロン。
ミョウ「ち、ちょっと考え直s」
カルロン「だああああ荷台に括り付けるの
めんどくせえええ、いいやこんなんで」
しばらく苦闘していたカルロンは、
ミョウバン本体は抜け出せないように
しっかりと結びつけるだけ結び付け、
荷台への固定には飽きてしまった。
そのため、ミョウバンは身動きできない状態で
引きずられるだけになってしまったのだ。
ミョウ「カルロン!これ絶対違う!違うよ!」
カルロン「めんどいんだもん」
かいる「行こう行こう」
ミョウ「いやああああああああ!!!」
かいるとカルロンは自転車に足をかけ、
ゆっくりと漕ぎだした。
この魔改造自転車には強力なチェーンが使われていて
本気で漕ぐとそれだけで凄まじい速度が出てしまうのだ。
勿論、家から出るために少し自制しただけであり、
街中で躊躇うつもりはないのだが。
NWK帝国は町外れの丘の上にあり、
その道はそのまま進めば街の大通りに出る。
どうなるかは、もうわかりきっているだろう。
カルロン「かいる、準備できてる?飛ばすよ!」
かいる「OK!」
ミョウ「シニタクナイ…シニタクナイ…」
二人が漕ぎ始めようと力むのを見て、
ミョウバンは少しでも何かに引っ掛かろうと身を捩らせる。
しかしそれが仇となった。
「ひゃっっっほうううぅぅぅぅぅ」
予測動作なしに一気に踏み込んだ二人。
加速するタイミングを見誤ったミョウバン。
条件がそろい、姿勢が最悪のタイミングで出発した。
ミョウ「うびあええっどあげびょぼばばべばぎあああああ!!!!!」
コンクリートに何度も熱いキスしたミョウバンは、
そのまま芋虫の状態で引き摺られていく。
カルロン「んんー、いい悲鳴だ」
かいる「そしていい風だねー」
ミョウバンにとっては地獄だが、
自転車を漕ぐ二人にとっては良いBGMだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シェアハウスから魔改造されて
普通の車より早い自転車で10分。
遠回りをしたため少し時間はかかったが
街の入口が見えてくる位置になってきた。
土と傷だらけになり酷い有様のミョウバンは
息も絶え絶えにそのことを指摘する。
ミョウ「ちょっtぶがぅぉげっ、もうすgぅぎがぁぇぇぁ、まちnぃぎっががごが」
カルロン「あ、ほんとだもうすぐ街か」
かいる「よく聞き取れんね…」
カルロン「あ、ミョウバン、
紐外したら拷問するけど、
そうじゃなかったら能力使っていいよ?」
思い出したかのようにそう言い放つカルロン。
埋まった岩に頭をぶつけながらも
ミョウバンは希望を見出したような表情をし、能力を発動させる。
ミョウ「はぁ…はぁ…も、もっと早く…言ってよ…」
カルロン「お、いけたか」
結晶をとめどなく生み出し、
滑り台のようにすることに成功したミョウバン。
まだ摩擦はあるが、先ほどよりかなりマシになり
まともに会話ができるほどまでになった。
しかしその姿は凄まじく、顔は土と血がたっぷり。
ロープで縛られていない箇所は
ところどころ服が破けてしまっている。
脚に関しては一般人なら命に関わりそうなほど惨状だが、
どの傷もミョウバンの特性によってみるみる回復している。
ミョウバンも帝国の人外の一人であり、
その自己再生能力は凄まじい。
腕を失ったとしても回復するうえに、1本につき30分もかからず再生する。
要するに、サイコパスタの的である。
ミョウ「て、てか本当に街まで行くの?
僕この姿晒したくないんだけど」
カルロン「今日土曜日なんだぜ」
ミョウ「クソがあああああ」
かいる「あ、あっち通行止めじゃん」
進行方向には街へ続く道があるが
現在は通行止めのようだ。
ミョウ「あ、諦めて帰r」
カルロン「森突っ切るか」
かいる「せやな」
ミョウ「アアアアアアアアア!!!!」
速度が出ている中の急な回転にも
魔改造自転車はついてくる。
だがミョウバンの結晶は
急回転についていけずに途切れてしまう。
勢いよく曲がった反動で大きく飛ばされたミョウバンは、
そのままの勢いで気にぶつかり、
無駄に頑丈すぎるロープと馬力が高すぎる自転車によって
木を粉砕しながら進む。
強い衝撃を受けたミョウバンはそのまま気絶してしまった。
何も整備されていない森の中を
突っ切ったというのに速度を落とさない
二つの自転車と引きずられるミョウバンは街に到着した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
延々と続く赤紫の空の下。
二人の従者を連れた主人がどこか不安げに歩いている。
真っ赤な額には、鬼の象徴とも言える角が一本、白く輝いている。
彼女の名前は『紅華』。
NWK帝国があるこの世界と繋がる異界の一つ、
妖星界を統べている
鬼人の族長の一人娘だ。
彼女は、父親から鬼人の族長と
妖星界の棟梁の座を継ぐだろうと噂されているが、
彼女は自分の父親が娘を任命してもいいものかと
迷っていることを知っている。
獣耳の娘「これで次期棟梁って言ってもらえるだろ!」
紅華「誰がいるかもわからない場所で
そういうことを言うんじゃない」
紅華に後ろから話しかけたのは
人間に虎の耳と下半身をつけたような妖、
獣人の『李月』だ。
彼女も獣人の族長の娘であり、
紅華の従者として送られている。
彼女には兄がいるおかげで跡継ぎの心配はない。
今後も紅華の部下として働くのだろう。
難しいことを考えるのは苦手だが、裏表のない性格から顔が広く、
ひょっとすると紅華以上に周囲からの信頼を得ているのかもしれない。
白い肌の娘「やはり李月は馬鹿ですね。
話を理解していないのに喋るのはやめなさい」
李月の隣からそう言ったのは
紅華の従順な部下である『万優』だ。
李月「なんだよ万優!
馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞ」
万優「いいですか、この計画が成功すれば紅華様は
"次期棟梁"ではなく、"棟梁"の座を奪うのです。
偉業を成し遂げることになる棟梁になることでしょう」
紅華の未来を想像してうっとりする万優。
そんな彼女は妖星界のうまれではない。
迷い込んだ母が妖星界で襲われてしまい、
逃げ出した母は一人で彼女を産み、育てた。
その母がこの世を去ったため、妖星界へ一人でやってきたのだという。
彼女の父親が"棟梁の右腕"であることが判明してから、
孤立しているのを見兼ねた"棟梁"によって
紅華の従者に指名され、忠誠を誓うようになった。
良く言えば純粋な…悪く言えば馬鹿な李月の代わりに
紅華の右腕としてよく働く、優秀な部下だ。
そして、いつまで経っても紅華を次期棟梁に指名しない"棟梁"に
我慢ならなくなった万優の企みで
今、恐ろしい計画が進められているのだった。
万優「もてはやされるだけの
無能なんていりません。
紅華様の素晴らしいお力、
奴らに見せつけてやりましょう」
李月「紅華が偉くなるようにと
父上に言われたからな!全力で手伝うぜ!」
紅華「……ああ。そうだな。
あのクソ親父にはもううんざりだ。
…私が長になって妖星界を立て直してやる。
この時期に重なってよかった。
初仕事で老害どもを黙らせてやる」
躊躇いつつも覚悟を決める紅華。
どこまでも真っ直ぐに従う李月。
そして怪しい笑みを浮かべ、追従する万優…。
後に"鬼館の乱"と呼ばれることになる事件が始まろうとしていた。