起床
とある地方の町外れに、一つの豪邸があった。
のどかな街並みが続く中で異質な光を放つその場所には、
余程の物好きか、命知らずでなければ近づこうとは思わない。
頑丈な壁に覆われていて、外からわかる情報はただ一つ。
玄関先に掲げられた、
「NWK帝国」と書かれた表札だけだーーー
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ピピピピピピピピ
枕元で鳴り響くスマホのアラームを止めてから
しばらくかけて起き上がり、大きく伸びをすると
「んぁ…行くか……」
と呟いて、観念したようにベットから出てくる。
寝起きでも鋭いその目つきを隠すかのように
机の上にあるティッシュ箱のようなものから一枚の
正方形の紙を引き抜き、それを自分の顔に貼りつけた。
紙に描かれた頭の悪そうな笑顔の下に素顔を隠し、
ナニイッテルカワカリマセン帝国の女帝である
『黒糖黒みつ』が新しい一日を始め、動き出す。
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コンコン
黒みつ「おーい、起きてるかーー」
扉を軽くノックすると、返事というには
言語として成り立っていない呻き声が聞こえてくる。
黒みつ「はぁ…入るぞー」
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開くと…
足場も見えないほどに、ゴミ、ゴミ、ゴミ。
ひたすらにゴミが広がっている。
黒みつ「う゛っっっっっっっわ!!!!!!!!!!!
片付けろって昨日も言っただろ!!!!
ふざけてる!?!?!?」
「いや…もう手に負えなくて…」
汚部屋の住民は黒みつの悲鳴に反応して
のそのそと汚い布団から這い出てくる。
黒みつ「うわ…お前よくそんなとこで寝られるな…」
「慣れれば案外」
黒みつ「慣れるな、起きるぞ」
「いや…二度寝する…」
黒みつ「嘘だろこの部屋で二度寝するつもりか!?却下
あとお前今日食事当番だろうが」
「あっ…」
そう指摘され、仕方なく着替え始めたのは
眼帯で右目を隠した猫耳の少女、『八重樫 海流』だ。
かいる「はぁ…二度寝したい…」
黒みつ「二度寝するなら飯作って部屋をどうにかしてからな」
かいる「うげ…今日の二度寝は諦めるか…」
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黒みつ「よし、次はー…まぁあいつはすぐ起きるな」
もう一人の食事当番の部屋は
黒みつやかいると同じ階、すぐそこだ。
その部屋の前に到着すると、黒みつは少し助走をつけて
扉を蹴り開けながら言い放った。
黒みつ「おい!ミョウバン!起きろ!!!」
「うわぁぁぁぁ!はい!起きます!起きます!!!!」
それまでベットの上で気持ちよく眠っていたというのに、
アグレッシブかつ物騒な目覚ましで慌てて起きたのは
特に意味もなく虐げられる哀れな人物、『黒いミョウバン』だ。
ミョウ「も、もっと優しく起こしてくれても…」
黒みつ「なんだよ、なんか文句あんの?」
ミョウ「あ…な、ないです…」
黒みつ「よし。じゃ、今日朝飯当番だろ?さっさといきな」
ミョウ「はい…」
こんな起こされ方をして動き出しているが、
ミョウバンは朝に強いわけではなく、
本音ではめっちゃ眠いしまだ寝たい。
だが、黒みつの声には逆らえなくなってしまっている。
他の国民と比べて弱いというわけでもなく、
戦おうとすれば十分に渡り合えるような人物なのだが…。
凄まじく残念な人である。
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黒みつ「よし…これで最低ラインはなんとかなったな」
今日の食事当番二人を無事?起こした黒みつは、
朝食を食べにリビングに向かってもいいところだが…。
黒みつ「百人一首百枚切りやりてぇし他も起こすか」
「もう起きたから起こさなくていいし百人一首は勘弁してください」
黒みつが呟いた瞬間に、
驚くほどの早口で見逃してくださいと現れる住民がいた。
このシェアハウスに住む唯一の男でありケモノである、『サソリ』だ。
黒みつ「大丈夫大丈夫、
ミョウバンと違って普通に起こすつもりだったから。
百人一首はやるけど」
サソリ「オーーーーーーーーーーーーーーン」
サソリは朝に弱い。
もしミョウバンのような起こされ方をされたなら、
もし百人一首百枚切りに付き合わされたなら。
どちらもたまったものじゃないと許しを願ったのに
無駄な足掻きだったというわけだ。
サソリ「眠らせてください…」
黒みつ「許すとでも?」
サソリ「オーーーーーーーーーーーーーーン」
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三階に住む住民が全員起きたところで、
二階に降りて残りのメンバーも起こしにかかる。
黒みつ「うーん、朝弱い奴も多いし、
いちいちドア開けて起こすのは面倒だな…」
サソリ「俺も手伝おうか?」
黒みつ「よし。サソリ、離れから“アレ”持って来い。」
サソリ「え、わざわざ離れまで???
ていうか階段上り下りするのめんどくさいじゃん、
普通に起こしたほうが楽じゃ…」
黒みつ「黙って持ってこい。」
サソリ「オーーーーーーーーーーーーーーン」
しばらくして、息を切らしながら現れたサソリは、
一階の階段から大きなものを運んできた。
黒みつ「12分か、まぁまぁだな。
褒美はミョウバンの手首だ」
サソリ「い…いら…ねぇ…」
ミョウバンの時と同じように扉を突き破ればいいものを、
わざわざ時間をかけてサソリに持ってこさせたもの。
それは、離れの音楽室にある大きなドラだった。
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「ふ…ふざけるなよ黒みつ…」
「よくもやってくれたな…」
「なんで皆口パクしてるんですかね(すっとぼけ)」
大音量で起こされて、犯人である黒みつにブーイングをするのは
黒みつの相棒という頭のおかしそうな肩書きを持つ『A』、
7月の人という怨念の存在の『いゆ~り』、
人幻であり狂人の『カルロン』 の三人だ。
黒みつ「あーーーー笑った笑った!!!!!」
A「人の最悪の目覚めという不幸を娯楽にするな」
サソリ「脅されて…っ!やるしかなくて…っ!
命懸けデェェェヘッヘハァァァァァァ↑↑↑↑」
いゆ~り「ちょっと男子ぃ~!
サソリ泣かせるなんてサイテー!」
カルロン「いやここにいる男子サソリだけなんよ」
サソリ「ちょっと女子ぃ~!
俺を泣かせるなんてサイテー!」
ミョウ「いやいつまで騒いでるのーーー!!
もう朝食できてるよーー!!」
一階にいるミョウバンの呼びかけを合図に、もうそんな時間か、と
二階にいた住民たちはぞろぞろとリビングへ向かった。
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一階に到着した彼女たちは各々の席に着き、
人数分作られた目玉焼きとトーストを口に運んでいた。
黒みつ「それにしても…
あれだけの音量でもアイツは起きないんだな」
いゆ~り「いくら朝弱くてもドラ鳴らされたら起きちゃうでしょ…」
いゆ~りも朝に弱い。
それでも黒みつの悪巧みで鳴らされたドラの音に叩き起こされているのだが
そんないゆ~りと同じ階、隣の部屋であるというのに
未だに眠っている住民がいる。
かいる「あの音、一階にも聞こえてきたよー、
それもかなりの大音量で」
黒みつ「まぁどうせ昼まで起きてこないだろ
あー笑いつかれた」
A「二度とやらないでよ」
黒みつ「努力はしよう」
サソリ「ていうかこのドラ誰が戻しに行くの、俺もう行かないぞ」
黒みつ「ミョウバン」
ミョウ「えっ」
カルロン「どんまーい」
いつものように朝食の時間が進み、
そろそろ食べ終わる者もでてくる頃。
黒みつ「…っふら!?!?!?!?」
一同「えっっっっっっっ」
全員が驚いて階段の方を見ると、そこには
ひきこもりの天使、『ふらくたる(仮)』が立っていた。
ふら「なんか起きた…」
A「ほらドラなんて鳴らすから!!」
カルロン「今日は何が起こるんだ…」
かいる「のんびりしてたかった!!」
黒みつ「百人一首は中止だな…クソ…やらかした……」
起きてきただけでこんなにも驚かれているふらくたる。
彼女は普段、誰に何をされようと昼までは起きてこない。
だが、稀にこのように皆と同じ時間帯に起きてくることがある。
そういうときは決まって何か悪いことが起こるのだ。
NWK帝国の非日常が、また始まる。
ふら「ところでドラって何?」