春の章 p.2
「なんだか、とても忙しそうだね」
「そう。私、今から学校なの。またあとでね。フリューゲル」
「そっか。じゃあ、またあとにするよ」
あれ?
今、私、フリューゲルって言った?
自分の口から出た言葉に驚き、思わず足を止めて振り返る。するとそこには、庭園にいるはずのフリューゲルが本当にいた。
「……えっ? フリューゲル?」
「やあ、久しぶり。アーラ。……じゃなかった。つばさ」
そう言って右手を挙げたフリューゲルは、ごく自然にそこに立っていた。
「あなた、どうしてここにいるのよ? こんなところで何してるの? っていうか、誰かに見られたらどうするの?」
「いきなりたくさんの質問だね」
矢継ぎ早の私の質問にも、フリューゲルは、相変わらずの落ち着きぶりだ。
「僕は、司祭様にお許しを頂いて、ここでアーラ……じゃない、つばさを待ってたんだ。ちなみに、僕のことは下界の他の人には見えないよ」
「私を待ってた?」
「そう。家の中で、突然、僕が現れたら、アー……っと、つばさがびっくりしちゃうと思ってね。ところで、急いでいたんじゃないの?」
フリューゲルの言葉で、ハッと腕時計に目をやった。高校の入学祝いにお母さんが買ってくれたものだ。下界のスピードに慣れない私は、この時計を肌身離さず着けている。
時計の針は、七時四十五分を示していた。走ったかいあって、なんとか間に合いそうな時間だ。
「今朝は始業前に補習があるの。でも、まぁいいわ。間に合いそうだから」
私は、学校への道のりを歩き出した。フリューゲルも並んで歩き出す。
一か月ぶりの双子の片割れとの再会は、なんだか、私の足取りを軽くしてくれた気がする。
「それで? 何? 用事?」
「アーラは、相変わらずだね」
フリューゲルは、また私をNoel名で呼んでいる。まぁ、直ぐに変えることは難しいのだろう。私自身、ようやく『白野つばさ』と言う、下界の名前に慣れてきたところなのだから。
「相変わらずって、何が?」
私は、フリューゲルの言葉の意味が分からず、軽く首を傾げた。そんな私の横で、フリューゲルこそ、相変わらずな穏やかな口調で、のんびりと口を開く。
「アーラの口癖だよ。『それで? 何? 用事?』って」
確かにそうだ。庭園にいた頃、フリューゲルが私のところへ来るたびにそうやって聞いていた。たった一カ月しか経っていないのに、庭園での生活がなんだか遠い昔のようだ。
「フリューゲルこそ、相変わらず、私のこと、アーラって呼んでるわよ」