秋の章 p.16
お母さんの声が弾みだした気がする。良かった。私には話を聞くことくらいしかできないけれど、お母さんが元気になってくれたのなら嬉しい。お母さんの見せる笑顔に心がほっこりとした。
「さぁてと。そろそろお夕飯の準備しなくちゃね。随分と遅くなっちゃったわ」
「手伝おうか?」
「あら? 嬉しい。でも、大丈夫よ。あなたは着替えてらっしゃい。まだ制服のままじゃない」
「ああ。そっか。うん。そうする」
お母さんに促されて、私は足元にあった鞄を手に席を立つ。
「つばさ!」
「何?」
「生まれてきてくれてありがとうね。あの子の分まで、精一杯今を生きて」
自室へ向かおうとした私を呼び止めたお母さんは、真剣な顔でそう言った。
私は、どう答えていいのか分からなくて、コクンと頷くことしかできなかったが、お母さんは、それだけでも満足したようだった。
自室へ行き、パタリとドアを閉める。
「ねぇ。さっきの話って、何かおかしくない?」
私は、そばにいるであろうフリューゲルに問いかける。家にいる時でも、フリューゲルは、私が一人になれる場所でしか姿を見せないようにしている。そのため、家の中では大体いつも、この自室がフリューゲルとのおしゃべりの場となっていた。
「ねぇ。フリューゲル? いないの?」
なかなか姿を見せてくれないフリューゲルを再度呼んでみる。ようやく姿を現したフリューゲルは、ベッドに腰を下ろし、自分の掌をぼんやりと眺めていた。
「ねぇ。フリューゲルってば? 聞いてる?」
フリューゲルの隣に腰を下ろし、顔を覗き込む。何かを考えているのか、顔に影が落ちている。まるで、大樹の異変を口にした時の司祭様みたいだ。ううん。違う。それよりも、さっきのお母さんの顔に似ているのかな。
フリューゲルがこんな顔をしているところを見たことがない。だって、私たちはNoelだから。ほんの小さな喜び以外を現すことなんてないはずなのに。でも、ここ最近のフリューゲルは、私と一緒で下界の人っぽくもある。笑ったり、怒ったり、焼き芋を食べたがったり。
「ねぇ。何を考えているの?」
再三の呼びかけに、掌を見つめたままのフリューゲルが、ようやく反応を示してくれた。
「アーラ。僕、なんだか、さっきの話を知っている気がするんだ」
「え? どういうこと?」
ぼんやりとそんな事を言うフリューゲルに、私は驚きの声をあげる。
「ねぇ。フリューゲル、どういうことよ?」




