プロローグ p.2
「アーラ、ここに居たんだね」
不意に呼びかけられて、声がしたほうを見ると、フリューゲルが近づいてきていた。
「また下界を見ていたんだね。そんなに下界が気になるの?」
「そんなつもりじゃ……」
フリューゲルに指摘されるまで気がつかなかったけれど、また、私は下界を見ていたようだ。
別に、下界を見ることがいけないと言うわけではない。ただ、Noelたちは、そんなに頻繁に下界を見たりしないってだけ。
それでも、私は指摘されたことがなんだか気恥ずかしくて、思わずぶっきらぼうに話を逸らした。
「それで? 何? 用事?」
「あぁ、そうだった。もうすぐ開花の時間だよ。早くお祝いに行こうよ」
「そっか。もう、そんな時間なのね」
庭園に唯一聳え立つ大樹、『リン・カ・ネーション』。
大樹は一年中蕾をつけていて、一日に一つ、ベルの形に似た白い大きな花を咲かせる。Noelは、このベルの花から生まれてくる。
そして、今日も、開花の時間を迎えた。
今日生まれたのは、少女だった。下界の歳でいえば、十代くらいだろうか。
ベルの花から生まれるNoelの大きさは、決まっていない。下界の人のように、みんなが赤ん坊の経験をするわけではなく、赤ん坊であったり、子どもであったり、成人であったり、老人であったり。生まれ落ちるときの姿は様々。
Noelの中には、その後、下界の人と同じように体が成長し、歳を重ねていく者もいる。同じNoelとして生まれても、私たちには規格というものがない。
だからなのか、Noelたちはお互いに意識し合ったり、干渉し合うことがほとんどない。そんな淡白な私たちだが、新たな仲間を迎え入れる時には、唯一、静かで穏やかな喜びを感じている。
開花の時間は、いつでも静かで穏やかな喜びが大樹の周りを包んでいる。けれど、私の開花のときは、少し違ったようだ。
なぜなら、一日に一つだけ花を咲かせるはずの大樹に、二つの花が咲いたのだ。
そして生まれたのが、赤ん坊の私とフリューゲルだった。私たちは、いわば双子Noel。
同じ日に二人以上のNoelが生まれることはあまり無い。さらに赤ん坊の姿で誕生することはすごく稀なケースのため、開花を見守っていた先輩Noelたちも、その時ばかりは珍しく騒めいたと、聞かされたことがある。
そんな、私たちも誕生以降、周りを騒然とさせる様な、白と青の世界に変化を起こすようなことは何も無く、日々穏やかに過ごしている。