夏の章 p.1
《八月八日 金曜日 雷雨》
「あ~、もう! 暑~い!! 蒸し蒸しする~」
花壇の前でしゃがみこみながら、恨みがましく、空に向かってそう叫んだからといって、涼しくならないことくらい分かっている。
それでも、つい口をついて出てしまうほど、下界の夏は暑い。
庭園から眺めた下界の夏は、キラキラとして青や緑の色が映える、過ごしやすそうなイメージだったのに、実際は全然違った。
毎日毎日、蒸し暑いし、時には息苦しい日さえある。もちろん清々しい日もあるけれど、今日の天気は最悪だ。
見上げた空は黒に近い灰色で、いかにも重たそうな雲が、どんよりと空一面を覆っている。遠くの方から、ゴロゴロと雷鳴が聞こえてくるから、もうじきこの辺りにもひと雨来るかも知れない。
雨が降って来たら、花壇の土が流れ出てしまう。そうならないように、急いで花壇のしきりであるレンガを並べ直しておかなくては。
私は、止めていた作業を再開した。そんな私の後ろで、フリューゲルがつぶやいた。
「ひどいね」
「ホントにね。花壇が勝手に壊れるなんてことないだろうから、誰かがやったんだろうけど……。こんなことして、何が楽しいのかしら」
蒸し暑い夏休みの午後、私は、学校の花壇の修復作業に追われている。
なぜかと言えば、それは私が園芸部に所属しているからだ。「部」と言っても、実際には、部員は私一人だけなのだが。長年休部状態だったこの部活に、私は入部した。
入部のきっかけは、友人である青島くんとの出会いにある。
春に怪我をしたとき以来、私たちは良き友人として交流している。私の怪我が完治するとすぐに、彼は約束通り、おじいさんを紹介してくれた。
青島くんのおじいさん、青島大樹さんは、以前は名の知れた園芸家だったそうだ。
園芸家には、果樹、野菜、花卉などの生産や研究、開発をする人、植物を素材とした芸術作品を造る人、庭園などの手入れをする庭師など、植物の仕事に関わる多くの人が含まれる。
大樹さんは、造園業が主な仕事だったようで、どこかの有名ホテルの空中庭園を手掛けたのが最後の仕事だったらしい。
今は一線を退き、悠々自適に趣味を楽しんでいる。趣味は、もちろん園芸。その趣味の中に、私たちの学校の緑化整備という作業も含まれていた。
多大な労力を要する作業であるにも関わらず、無償のボランティアであること、校長とは旧知の仲であり、その縁で、学校の緑化整備を手伝っていることなどは、最近知ったばかりだ。




