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14話 水棲特性と釣り上げ特性について もしくはたまにはのんびり釣りも良いよねと言う話

 怪鳥討伐から一晩明けて、私たちは山並みから顔をのぞかせた太陽に照らされて朝食をとっていた。


「………………」

「………………」


 ジュリオさん改めジュリエッタさんと私はお互い無言。

 どことなく視線を外しながらも時折チラリと様子をうかがっては、そのたびに視線が合って慌ててそらすという状況も併せ、何とも気まずい。

 正直に言って、本当に悪いことをしてしまった。


 昨夜使用した広域浄化は、ジュリエッタさんが学生の頃からずっとかけられたままだったという偽装の魔術まで勢い余って解除してしまった。

 ほんの数瞬前まで如何にも前生の創作物で言うエルフの大英雄と言った姿が、一転今度はエルフの姫君と言った姿に変わったのだ。

 解除した私がまず慌ててパニックになり、次いで私の様子のおかしさと急に変わった視界に気付いたジュリエッタさんも混乱した。

 凄いね偽装魔法。ご丁寧にも体格まで変化させていたよ…などと後になって考えられるようになったが、そこからはお互い必死だ。

 大急ぎで母上に連絡を取り状況説明と対策を懇願したが、急にはどうにもできないとあしらわれたのは痛恨であった。

 というか母上は完全に楽しんでたし、多分こうなることも想定内だったのではないかと思う。

 それはとにかく混乱した同士では話は進まないと、とりあえずお互い落ち着く為に一晩時間を置くことにしたのである。

 結果こうして何とも言い難いお見合い状態なのだが…いつまでもこうしていても仕方ないか。


「ジュリエッタさん」

「は、はいぃ!? な、なんでしょうか」


 私の声にすっごい声を裏返らせながら硬直するジュリエッタさん。

 大丈夫だろうか、この人。昨日初めて会ってからわりと困惑する姿は多かったけれど、概ね英雄と言われるのに納得できるような自信も持っていたと思うのだけれど…

 気にはなるが、とにかくここは先に謝罪だろう。


「改めて、ごめんなさい。昨夜は注意が足らずに貴女の魔術を解除してしまいました」

「あ…ええ、それはもう良いのです。あの姿に慣れきっていましたが、あくまで仮のモノですから」

「仮のモノと言っても、なんというか幻とは到底思えませんでしたが」

「それはそうです。あの魔術は恐らく神子様でしか成しえぬ奇跡に近いものですから」


 どうやら許しては貰えそうだ。

 しかし凄いな、偽装魔術。声とか姿とか体格とか口調とかいろいろ違うのに、認識が確かに昨日から一緒にいる大妖精のジュリオさんはこのヒトだという確信がある。

 どういうものかと疑問に思って訊ねてみると、快く答えてくれた。


 ジュリエッタさんが言うには、あの偽装魔術は概念に干渉してまで徹底的に元の姿を隠す無駄に高度で洗練されたものだったらしい。

 それと言うのも偽装してはいる場所が、世界最高峰の帝国魔術学院の学生寮だったからだ。

 寮則として異性の侵入を禁じるこの場所は、徹底的な探知と警備魔術が張り巡らされている。

 学生と言う『やらかす』時期に異性を自室に招きたい者は多くまた最高学府に通う学生が故に、寮則を破らんとするあの手この手はむやみやたらに高度となった。

 結果は魔術の神の側面2柱をして『えげつないのう』『愉快な馬鹿ね』と称賛されるに至る絶対異性防御壁が出来上がっていたのだ。

 それらをすべてスルーする偽装となると生半可な事ではなく、再度かけるのに時間と手間がかかるのも必然なのだろう。

 なるほど、納得だ。そういう事なら昨夜母上が言っていた通り、このまま討伐の旅を進めよう。

 帰るころには術の準備と触媒も揃っているだろうし。

 問題が無い訳ではないけれど、本人曰はくこれは慣れと言う事らしいし…


「150年以上ずっと男性をしてきたので違和感がまだぬぐえませんですね…」


 つまるところ、ジュリエッタさんはその偽装の魔術で長らく男性を演じ続けていたせいで、素の女性としての自分が表に出ていることに困惑しているのだ。

 前生の役者に関する創作をちらりと見たことがあるが、役に入れ込むあまりになり切ってしまって本来の自分を忘れているような状態だったようだ。

 概念に干渉するような魔術ではそういう事も起こりえるのだろう。

 思えばどこかジュリオさんの頃の口調は古風な言い回しを意図的に演じていたように思う。

 それが今はごく普通の女性のように話している。

 不思議な感覚だった。

 ともあれ、本人が問題ないと言っているのでここはスルーしよう。

 …スルー出来ないと困るのだ。主に私自身が。

 男性の時点で美形っぷりに圧倒されたのに、今度は女性の姿で愛らしさに射抜かれるとか、これは新手の試練か何かだろうか?

 そう思うほどに女性の姿のジュリエッタさんが、本当に可憐で愛らしいのだ。

 これで英雄としての姿で得意としていた弓矢の技量は全く変わらないというのだから恐れ入る。

 そして同時に頼もしい。

 今日もこれから移動して、二番目の討伐相手を狙いに行くのだから。


「それで、次の討伐すべき相手と言うのは、どの様な魔物なのでしょうか?」

「はい。ローウェイン様が打倒すべきは、ここポルクの山峰より東に進んだ先の大湿原、その中央ノイミリア湖に住まう多頭の大蛇になりますです」


 ノイミリアの多頭蛇というのは、私も吟遊詩人の歌で聞いたことがある。

 何でも数多の英雄に何度も打倒されながらも、復活を続けた恐るべき妖異なのだと。

 たしか、ジュリオさんも戦って打倒したことがあるはずだ。


「ええ、多頭蛇の肝は貴重なのに加え、魔術の触媒にも使用されるものです。ウェドネス様がとある魔術の触媒にと求められ、私が討伐し献上致しましたのです」


 おお、はやり吟遊詩人の歌の通りだった!

 詳しく話を聞くと、ノイミリアの多頭の大蛇は高い再生能力を持ち、また獲物を襲う時にしか姿を身せず、無数の頭が一度に襲い掛かってくるため、討伐が非常に困難なのだという。

 とはいえジュリエッタさんの場合は問題なかったそうだ。

 放つ矢は水中にもやすやすと届き、またその矢の一切はえげつないことに追尾属性持ちという、中々に反則じみた弓の腕を持つジュリエッタさんである。

 瞬く間に多頭蛇の全身を矢で出来た毛虫のようにし、息絶えたところを腹を裂いて肝を抉ったのだという。

 私では天弓と言われるような真似は出来ないが、今の話には聞くべきところは多い。

 頭が多いとはいえ昨日倒した怪巨鳥の数ほどには足らないであろうし、再生や水棲の特性にも対処方法はある。

 倒せない敵だとも思えず、またこの先の事を考えるとジュリエッタさんにも私の手の内の事をよく理解してもらっておいた方がいいだろう。

 ならばと思い。私は今聞き及んだ多頭蛇の特徴に対する対抗策となる魔符を並べ、ジュリエッタさんの前で広げて見せた。


「水辺に潜むと言うのなら、この魔符が効くはずです」


 そのカードには、見事な釣り竿が描かれていた。



 水棲特性と言うのは、主に水マナを要求する魔符から召喚されるモンスターが持つことの多い特性だ。

 その効果は、ある特性を持たない攻撃側モンスターは水棲モンスターを攻撃できず、水棲特性持ちも通常のモンスターには攻撃できないという事。

 要は地上と水中で棲み処が違うためにお互い攻撃できないのだ。

 ただし、儀式魔術などで場を水場に変えられるとこれが一変し、水棲特性持ちだけが相手へ攻撃できるようになる。

 場を整えることで活きる特性だと言えるだろう。

 ついでに言うと飛行特性に対空特性と言う天敵がいたように、水棲特性にも致命的な相性の特性がある。

 それが…


名称:群島の漁師

マナ数:水

区分:召喚魔術

属性:漁師

攻撃:100

防御:0

生命:100

効果:釣り上げ特性

「潮の境目、かの群島に住む漁師はあらゆる魚を釣り上げた」


 釣り上げ属性だ。

 つまるところ、水の中に居るのなら釣り上げて陸に挙げてしまえば、後はいくらでも料理可能と言う事。

 釣り上げ特性は水棲特性持ちの水棲特性を奪い、生命へ半分のダメージを与え、次ターンまで行動不能にするのだ。

 私はジュリエッタさんに一通り戦略を説明した後、午前の間を飛翔での空路にあて、昼頃には目的地に着いていた。

 そしてさっそく多頭蛇の討伐を開始したのだ。

 今私の目の前では、湖岸に立って釣り糸を垂らし、獲物を待ち受ける漁師の姿がある。

 群島の漁師はその名の通り釣りのエキスパートだ。

 ありとあらゆる魚を釣り上げるというからには、水棲のモンスターなど容易く釣り上げてくれるだろう。

 私は何時でも多頭蛇が釣り上げられても良いように、次々と追加の魔符を発動し…そして、小一時間が経過した。



 ジュリエッタさんと私が見守り続ける中、今の所釣果は散々だった。

 標的をおびき寄せるために、今回も芳醇なる晩餐を付与しているのだが、まるで釣れる様子はないのだ。

 困ったことに、普通の水棲の魚などは無暗やたらと釣れるのだが、目的の多頭蛇は影すら見せない。

 大分日も傾いてきている。

 この地は湿地である為に野宿には向かない。

 経験豊富なジュリエッタさんはそのことを十分承知のようで、私に進言してきた。


「…ローウェイン様、今日は一度諦めた方が良いのではないですか? 宿をとるならそろそろ移動した方が良いですから」

「もう少しの所だと思うのですけど、何が問題なんでしょう?」

「私には分かりかねますです。もし今すぐに多頭蛇を釣り上げられたとしても、仕留めるのには時間がかかるとお聞きしましたです」

「ええ、道連れの入水ですぐさま撃破とはいきませんからね…」


 ポルクの山並みの主を、そしてかつて私が呼び出した地王獣を共に一瞬で屠った即時魔術の道連れの入水だが、実は討伐の旅の前の1か月の準備期間に露呈した弱点として、効果を発揮しないモンスターが居ることが判明していた。

 それが、呼吸をしないモンスターだ。

 道連れの入水とは、水マナを元とした即死魔術であるが、その本質は溺死にある。

 つまり溺れない存在には効果を成さないのだ。

 今回で言えば水棲モンスターなどはまさしくそれ。

 魚を溺死させるというのは少々苦労する行いだろう。

 また、そもそも死んでいる不死者なども該当する。

 ゴーレムのような魔術人形もそうであるし、私も使った地の壁のような壁属性のモンスターも呼吸しないものが多く、道連れの入水の効果を受けなかった。

 自分が召喚しコストとして捧げた側のモンスターは、呼吸の有無にかかわらず犠牲となるので、奇妙と言えば奇妙だが、そういうものなのだろう。

 それはさておき、道連れの入水が効果が無い以上、大型のモンスターを倒す手段はあるにしても再生まで持ち合わせる多頭蛇を倒すには、確かに時間がかかると予想できた。

 ここは、大人しく忠告を聞くべきだろう。

 幸い討伐の期限は特に定まっていないわけだし、じっくり腰を据えて取り掛かっても良いのだから。

 そう私が考えていると、ジュリエッタさんは一つの可能性を提示してきた。


「…逆に言えば、多頭蛇の動向に何かあったのかもしれません。それも含め、近くの町で宿をとるべきかと。ここからなら、アルトミリアの町が最寄りです」

「…ああ、なわばりの移動などはあるかもしれませんね。わかりました。少し作戦を見なおすのも含めて、一時撤退ですね…それに、野宿は余り続けたくないものですから」


 正直なところ、9歳の身体に野宿は辛かった。

 ジュリエッタさんが用意してくれたテントはしっかりとしたものだったが、そもそもかつて押し寄せた魔術師の多くが高山病に悩まされたほどの高地でのことだ。

 朝目覚めた直後には頭痛に苦しみ治癒魔術を行使した程だったのだ。

 つまり今夜は宿を使えるなら使いたい。

 そうと決まれば話は早く、私は一旦展開した戦力を初期化で消すと、飛翔でアルトミリアの町へと向かうのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

作中カード紹介

名称:群島の漁師

マナ数:水

区分:召喚魔術

属性:漁師

攻撃:100

防御:0

生命:100

効果:釣り上げ特性

「潮の境目、かの群島に住む漁師はあらゆる魚を釣り上げた」


解説:作中にて触れられている釣り上げ特性だが、その生まれた切っ掛けは、ヘカティアが活きのいい川魚を食べたかったからである。

何とか更新出来た…

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